ブレイブの決意

 作業場は静まり返っていた。森を蹂躙し、人々を恐怖に陥れていた鋼鉄の刃と無数の棘が崩れ落ち、消えたのだ。

 死を覚悟して跪いていた奴隷たちは立ち上がり、互いに顔を見合わせる。

「ローズ・マリオネットの怒りが収まったのか?」

「そんな事はないと思うよ」

 奴隷の呟きに答えるように、森から歩いてくる茶髪の少年がいた。白いローブが所々破れて、肌がむき出しになっている。

 ブレイブだ。エリックを肩で担いでいる。

 奴隷たちの間にどよめきが起こる。

「ローズ・マリオネットが倒されたのか!?」

「僕が倒してしまった。建物に入って治療したいんだけど、いいかな?」

 ブレイブが尋ねると、奴隷たちは嗚咽を漏らした。


「彼は絶対的な神ではなかったのか」


「俺たちはどれほど苦しめられたか……やり返さないと気がすまない」


 エリックに非難と憎悪の視線が集中する。メリッサは、自分に向けられたものではない視線に恐れおののいて、アリアの背中に隠れる。

 アリアは当然のごとくに頷いた。


「この男の過ちを見過ごす事はできない」


「ダメだ。彼は僕が治療する」


 ブレイブがきっぱりと言い放った。

 奴隷たちが一斉に声を荒立てる。

「何を言っているんだ!?」

「おまえは理不尽に鞭打たれて目の前で人が殺されるのを見ていないからな! 俺たちの気持ちが分からないだろ!?」

 怒号が響く。空気がどことなく熱を帯びていた。

 しかし、ブレイブは冷静だった。

「僕だって彼が憎いよ。父さんが殺されているんだ」

「国王陛下を殺したんだろ!? 治療するなんてどうかしている!」

 奴隷たちが憤慨している。今にも殴りかかってきそうだ。

 アリアがブレイブに耳打ちする。

「ここはお任せください。エリックを置いてお逃げください」

 ブレイブは首を横に振った。アリアの言う通りにしたら、エリックは殺されるだろう。

「それは解決にならないんだ」

 ブレイブは声を大にする。


「僕は世界中の理不尽を打ち倒したいんだ! ようやく力をつけて、この国を、この世界を癒す決意をしたんだ!」


 ブレイブはただ逃げたわけではない。祖国が滅ぶ瞬間は泣きながら叫んだ。

 この傷だらけの世界を治してやると。

 勢い任せの言葉は続く。


「きっと手段はあるはずだよ。どうか諦めないで。君たちの未来はきっと来る!」


 現実的な方策は何一つ示せない。

 しかし、ブレイブの瞳に迷いはない。温かなオーラをまとっている。

 奴隷たちの瞳に光が浮かぶ。

「俺たちを救うためなのか?」

「そうだよ。君たちの心も癒したいんだ。長い間理不尽に奴隷にされて、辛かっただろう。癒しようのない傷を負っただろう。だからこそ、君たちの明るい未来を引き寄せたいんだ」

 ブレイブはさらに声を大にする。


「君たちはもう奴隷じゃない! 自由に生きる権利がある事を、ブレイブ・サンライトが宣言する!」


 今の今まで奴隷として生きていた人々の目に、涙が浮かぶ。

 青空に向けて両手を突き上げた。

「ブレイブ様、万歳!」

 万歳の大合唱が始まった。辺りは大歓声に包まれた。

 その歓声を直に聞いて、エリックがうめく。

 ブレイブがそっと声を掛ける。

「目が覚めてしまったか」

「……そうだな」

 エリックが力なく頷く。

「俺はあんたに負けた。戦う力が残っていない。好きにしろ」

「僕は君をどうするつもりもないよ。ただ、一つだけお願いをしたい。自分を殺すのはやめてくれ。君を大切に想う人が傷つくから」

「どうして父親の仇にそんな事を言うんだ? サンライト王国が滅びる要因になったのに」

 エリックは困惑の表情を浮かべていた。

 ブレイブは歯噛みした。瞳を震わせている。

 やがて嗚咽と共に言葉を吐き出す。

「悔しいよ。サンライト王国を守りたかったよ」

 ブレイブの瞳に涙が浮かぶ。

「でも、サンライト王国は滅んだんだ。僕に力が無かったせいで。あんな想いはしたくない。だから、世界を変えたいんだ。癒したいんだ。もう誰も理不尽に傷つかないように」

「……俺はまたあんたを傷つけるかもしれない。ローズ・マリオネットの役割がある。リベリオン帝国の南部地方担当者としてあんたを倒さなければならないだろう」

 エリックがボソリと呟いた。

「負けたから、南部地方担当者と認められないかもしれないけど」

「戦わずにすむといいね」

 ブレイブは目元を拭う。

「今は君を治療したい。歩けるか?」

「支えてもらえれば」

「じゃあ肩を貸したままにするよ。あの建物に入ろう」

 ブレイブはエリックを肩で担いだまま歩く。怪訝な顔つきのアリアと、微笑むメリッサがついてくる。見張りの休憩所となる建物に入った。

 エリックをベッドに横たえる。エリックはすぐに眠るように意識を手放した。

 ブレイブは思わず笑う。


「よほど疲れていたんだな。起きたらたくさんお話をしよう」


「ブレイブ様、気を許してはいけません。彼は闇の眷属です。決して相いれません」


 アリアの忠告に、ブレイブは首を横に振った。

「まだ分からないと思うよ。世界はきっと良くなると思う」

「せめて武器を取り上げましょう。どこに隠し持っているのか分からないので、服ごと取り上げましょう」

 アリアがエリックの黒い服に手を掛ける。服の裏に数多くのナイフを仕込んでいた事、襟元に紫色の薔薇のブローチを付けている事が分かった。

 メリッサは震えあがる。

「危ない子ですね」

「今は戦意喪失しているから大丈夫だと思うよ。彼の服はアイテム・ボックスに入れて、僕の寝間着を貸しておこう」

「ブレイブ様もお着換えくださいね」

「それもそうか」

 ブレイブの白いローブは、所々はだけていた。ブレイブが赤面すると、アリアもメリッサも笑いがこみ上げた。

 窓の外では、自由を手に入れた人々が各々歩き出していた。人々の雰囲気は、久しぶりに明るくなっていた。

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