鋼鉄の森

 ブレイブとアリアが森に入っている頃に。

 メリッサは広大な作業場で声を張り上げていた。

「皆さんを鞭打つ人はいなくなりました。逃げましょう!」

 ブレイブに命じられて、避難を促しているのだ。

 作業場で奴隷にされている人々は、絶望的な表情を浮かべている。作業を止める気配が無い。ツルハシを振るったり、採掘用の鎖を引っ張ったりしていた。

「勝手にこの場を離れたらローズ・マリオネットに殺される」

「俺たちに希望なんてない」

 長い間奴隷にされたせいで心が折れているのだろう。

 そんな彼らにメリッサは微笑み掛ける。


「安心してください。ブレイブ・サンライト様がいます。ローズ・マリオネットを相手に時間を稼いでくださっています」


「ブレイブだと!? サンライト王国が滅んだ時に、逃げたよな!?」


 奴隷たちの両目が吊り上がる。いつ殴りかかってもおかしくない。作業をする手を止めかけている人間もいる。

 思わぬ反応に、メリッサは戸惑って言葉を失う。

 奴隷たちは殺意にも似た怒気を帯びていた。

「上の連中がリベリオン帝国に反抗したせいで俺たちが苦しむ羽目になったんだ!」

「生き方を選ぶ権利はない!」

 怒号の中で、メリッサは泣きそうになった。


「ブレイブ様は、皆さんを救いたくて必死なのに……」


 奴隷たちの怒気が弱まる。

 そんな時に地響きが鳴り、森から轟音が響き渡った。

 膨大な土煙が上がり、大木が恐ろしいほどの勢いで倒れていった。植物の根を思わせる不規則なおうとつのある刃が、天に向かって伸びていた。刃からは枝のように無数の棘が伸びて広がる。

 メリッサの全身が震える。

「森にいたら逃げ場がありませんね……」

 奴隷たちは畏怖を込めた視線で見つめていた。

「ローズ・マリオネットがお怒りだ」

「俺たちは死ぬしかない」

 作業をする手を止めて跪き、両手を合わせる。生き延びるのを諦めているのだ。

 逃げてください! とメリッサは声を張り上げるが誰も作業場を離れない。跪いたまま固く両目を閉じている。

 轟音が鳴り響く。

 そんな中で、ブレイブの叫び声が聞こえた。


「メリッサ、来てくれ! アリアを守ってくれ!」


 メリッサの心臓は飛び出そうになった。

「私に何ができるのでしょうか……?」

 胸の内に恐怖が広がる。嫌な汗や全身の震えが止まらない。残酷な鋼鉄の森に飛び込めば、命の危険に晒されるだろう。

 しかし、メリッサは頼られている。ブレイブだけではどうしようもない状況なのだろう。

 メリッサは大粒の唾を呑み込んだ。


「私だけ生き残ってもどうしようもありませんね」


 一歩、また一歩前へ進む。少しずつ近づくのでは恐怖で心が折れてしまいそうだ。

 意を決して鋼鉄の森へ走る。

 走った先の状況は悲惨であった。

 無慈悲な刃は群れを成し、ブレイブに襲い掛かる。

 時間差を置いた攻撃に、ブレイブは小さな悲鳴をあげながら致命傷を避けるのが精いっぱいであった。

 白いローブと肌に血がにじむ。ヒーリングのおかげで傷はすぐに治るが、ブレイブの表情に焦りが浮かんでいた。傷口が治っても、体力の限界はどうしようもない。何度もヒーリングを使った疲労は蓄積されている。

 対する鋼鉄の森は広がる一方だ。エリックを倒さない限り広がる続けるだろう。

「早くエリックを倒さないといけませんが……」

 メリッサは苦々しい表情で呟いた。何も策が思いつかない。

 ふと、ブレイブがメリッサの方に振り向いた。

 傷口は増えているのに、両目は輝いている。

「メリッサ、来てくれたのか! アリアをアイテム・ボックスに入れて欲しい!」

 メリッサは両目を丸くした。

 メリッサのアイテム・ボックスは一軒家が入る。人間が入るのは容易だ。

 しかし、疑問が生まれる。

「ブレイブ様は入らないのですか!?」

「そんな事をしたら、エリックが君を拷問に掛けると思う! 僕を引きずり出す方法を聞き出そうとするだろう」

 拷問。

 この言葉を聞いてメリッサは震え上がった。耐えられる自信はないし、ナイフを向けられただけでショック死する危険だってある。

「アブソリュート・アシスタンス、アイテム・ボックス」

 うずくまるアリアの傍で空間が歪み、アリアを呑み込む。

 アイテム・ボックスにメリッサ自身は入れない。中身を取り出せる人間がいなくなってしまう。

 ブレイブの笑顔が輝く。

「ありがとう、メリッサ。君も自分の身を守ってほしい」

「は、はい。どうかご無事で!」

 メリッサは作業場に向かって走ろうとする。

 しかし、鋼鉄の刃と棘が行く手を阻む。触れれば簡単に切り刻まれる。メリッサは身動きが取れなくなった。

 エリックは呆れ顔になっていた。


「あんたも従者も逃がすつもりは無い」


「……やはり君を倒さないとダメなのか」


 ブレイブは悲痛な面持ちだ。

 エリックの瞳は冷徹に光る。

「当たり前だ。話し合えばすむ段階なんてとっくに終わっている」

「分かったよ。君を倒す。文句はないよね」

「俺に勝てたらな。ありえないとは思うが」

 木の根の形をした刃や無数の棘が不規則にしなり、ブレイブに襲い掛かる。

 両の膝から足まで大量の血が噴き出しても、まだ進める。スピードは各段に落ちるが、動ける。ブレイブの目は死んでいない。

 ブレイブの脳裏に走馬灯のように思い出が巡る。

 その中に、偉大なる父親の姿もあった。

 勇猛果敢な軍事の国として栄えたサンライト王国を統治した国王だ。太陽のような明るさと力強さを持ち合わせていた。自分も将来は父親みたいな国王になりたいと思ったものだ。

 何事に対しても諦めが悪く、負けず嫌いだった。死んだと聞いても、未だに信じられない。

「僕は絶対に諦めない!」

 ブレイブは吠えて、血だらけの足で走る。

 標的はエリック。静かに溜め息を吐いている。

「あんたの父親も、似たような事を言って死んだ」

 ブレイブの両の太ももに、刃が突き刺さり、そのまま地面に縫い付けられる。

 ブレイブは前へ進めなくなり、地面に倒れる。太ももに灼熱が走り、呼吸がうまくできない。このままではマズいのが分かっているが、身体が思うように動かない。すぐに他の刃が頭や心臓を貫くだろう。

 メリッサの悲鳴が聞こえる。

 ブレイブの胸は悔しさでいっぱいになった。

「こんな事で……!」

 諦めそうな自分がいる。

 身体は無意識に、太ももを貫く刃を殴ろうとするが、頭では無理だと思っている。

 しかし、心のどこかで燃え立つものがある。


「僕は背負うものがあるんだ。王国、父さんの無念……」


 ブレイブの両の拳に鮮烈な光が宿る。


「世界を癒すんだぁぁあああ!」


 絶叫がこだました。

 ブレイブの太ももを貫いていた刃が、砕けた。ブレイブが全力で殴ったのが功を奏したのだ。

 ブレイブは立ち上がり、追撃してくる刃や棘を尽く殴りつける。両の太ももから血を滴らせながら、雄たけびをあげる。

 エリックが両目を見開いた。

「精神が肉体を凌駕した……? いや、それだけではないな」

 数多くの戦士や英雄を葬ってきた経験が断言する。

「もっと恐ろしいもの……ゴッド・バインドか」

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