銀髪の襲撃者
唐突にアリアが長剣を振るう。
金属音が鳴り響く。何者かがナイフでブレイブに襲い掛かっていたのを、アリアが受け止めたのだ。
ブレイブは咄嗟に両腕を顔の前でクロスさせたが、襲撃者の速さにまるで追いついていなかった。アリアが長剣で防いでいなければ、切り刻まれていただろう。アリアの長剣がナイフを弾き飛ばす。
襲撃者は、銀髪の少年だ。黒い長そでと同じ色の長ズボンを身に着けている。細身で端正な顔立ちをしているが、紫色の瞳は冷徹な光を宿している。
アリアが苦々し気な表情を浮かべる。
「不意打ちとは卑怯だ」
「挨拶代わりだ」
少年は淡々と答えて、再びナイフで襲い掛かる。
激しい斬撃戦の幕開けとなった。
アリアの長剣と、少年のナイフがけたたましい金属音を響かせる。少年は相手の表情や動きを窺いながら戦っている。
対するアリアは青息吐息で、険しい表情を浮かべている。いずれは、少年の猛攻を防ぎきれなくなるだろう。
「ブレイブ様、逃げてください!」
アリアは声を張り上げた。ブレイブの状態を確認する余裕はない。とにかくこの場を離れてほしかった。
目の前にいる相手は強すぎる。アリアに勝てる相手ではない。せめてブレイブだけでも生き延びてほしい。
サンライト王国が残した最後の希望が途絶えてほしくない。
しかし、そんなアリアの想いが分かっているのかいないのか。
なんとブレイブは斬撃戦の合間に割って入った。
「それ以上はアリアに手を出さないでくれ!」
銀髪の少年につかみかかり、押し倒そうとする。少年はブレイブの腹を蹴とばして、間合いを取った。
「あんたがブレイブ・サンライトだな」
少年が淡々とした口調で確認する。
ブレイブは腹を両手で押さえつつ、力強く頷いた。
「そうだよ。今は亡きサンライト王国の王子だった」
「女を囮にして逃げると思っていたが、意外と骨があるな。サンライト王国が滅亡した時には逃げたのに」
「痛い所をついてくるね。君はいったい誰なんだ? 襲い掛かる目的は何だ?」
ブレイブが尋ねると、少年は両手のナイフを構えた。
「リベリオン帝国南部地方担当エリック・バイオレット。ローズ・マリオネットの一員だ」
「エリック……アリアが恐れていた子供か」
ブレイブは大粒の唾を呑み込んだ。
エリックは紫色の瞳をぎらつかせる。
「あんたの死はリベリオン帝国の悲願だ。逃しはしない」
「待ってくれ、敵対するつもりはない。話し合おう……!」
ブレイブは説得を試みた。
エリックは答えない。ナイフで襲い掛かるのが、明確な意思表示だ。
血しぶきが飛んだ。
アリアの左胸からだった。ブレイブを庇って、エリックのナイフを受け止めたのだ。
傷口の痛みを顧みずに、アリアはエリックに向けて長剣を振り下ろす。
エリックが舌打ちをして、アリアのみぞうちに蹴りを入れる。長剣の軌道は逸れて、エリックの銀髪をかすめるだけだった。
アリアは血を吐いて倒れる。
ブレイブがアリアにヒーリングを掛けている間に、エリックのナイフがブレイブの首筋に迫っていた。
ブレイブは自分の首にヒーリングを掛けつつ、咄嗟に後ろに跳び、全力で走る。猛烈な痛みは一瞬で引いたが、背筋の寒気が収まらない。
エリックが追ってくる。追撃をするつもりだろう。アリアは起き上がるが、援護が間に合わない。
そんな時に、穏やかな風が吹いた。どことなく翡翠色の風合いを帯びていた。
「アブソリュート・アシスタンス、ブリーズ」
穏やかな声が聞こえた。メリッサがワールド・スピリットを使ったのだ。
次の瞬間、翡翠色の風がエリックの足元で吹き荒れる。
エリックはバランスを崩した。その場で小刻みに足踏みして体勢を整えるが、その間にブレイブは森に姿をくらましていた。
ブレイブの姿は、エリックの視界から完全に消えていた。辺りをグルリと見渡しても、翡翠色の風に枝葉を揺らす木々しか見えない。
「くそっ!」
エリックは悪態を吐きながら気配を探る。
いつの間にかアリアの姿も無い。ブレイブが逃げたのを確認してこの場を離れたのだろう。
ブレイブ・サンライトの死はリベリオン帝国の悲願だ。逃す手はない。
「ワールド・スピリットを使うしかないな」
エリックの両目が見開いた。
森を傷つけるリスクなど考えていられない。
そんな時に、大声が聞こえた。
「聞こえるか? 僕はブレイブだ。君と話がしたい」
声はこだまし、反響を繰り返す。どこから聞こえているのか分からない。
メリッサは風を操る能力を持つ。ブレイブが声を発した後で風を操り、声が聞こえる場所を、別の場所と錯覚させているのだろう。
エリックは怪訝な顔つきになる。
「……何のつもりだ?」
エリックが問いかける。話をするつもりなど毛頭ない。しかし、ブレイブの発言を引き出すほどに、ブレイブの居場所を特定しやすくなると考えたのだ。
そんなエリックの意図を悟っているのかいないのか。ブレイブの真剣な声音が響く。
「君の本心を知りたいんだ。僕の死はリベリオン帝国の悲願だと言っていたけど、君自身はどう考えているのかな?」
エリックの気配が変化する。
静かに獲物を狙う獣の目つきになる。
「ローズ・マリオネットと名乗っている時点で察しろ」
「ローズベルのマリオネットという事だよね。君は自分の意思をローズベルに預けているのかな?」
「ローズベル様の名前を容易く口にするな」
エリックの口調に怒気が含まれる。
しかし、ブレイブが臆した様子はない。
「ローズベルは君にとって、全てを捧げる価値があるんだね」
「全て……まあ、全てか」
ためらいが見て取れる。
エリックの口調がわずかに変化したのを、ブレイブは聞き逃さない。
「本当に全てを捧げたい人間は、他にいるのかな?」
「……黙れ」
エリックが殺意と憎悪をまとう。ガサガサと動く草むらを蹴り飛ばすが、一匹のうさぎが飛び出ただけだった。
ブレイブの畳みかけは止まらない。
「もしもその人物が今の君を見たらどう感じるのかな?」
「余計なお世話だ!」
口に出した後で、エリックは歯噛みする。
完全に相手のペースだ。
このままではブレイブを見つけられないだろう。
ブレイブの感嘆の溜め息が聞こえた。
「イラつかせたのは謝るよ。でも、僕は知る権利があるはずだ」
「……あの人の命を奪ったあんたを許さない」
エリックの声が細くなる。
「いや、あんたらのせいで命を奪われたというべきか」
沈黙がよぎる。
ブレイブは言葉に窮していた。
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