最初の戦い
悲惨な景色
ブレイブの行きついた先は悲惨な有り様だ。
広大な作業場のようだが、重苦しい空気になっている。
多くの人がツルハシを振るい、採掘用の鎖を引っ張る。全身は汗まみれで苦悶の表情を浮かべているにも関わらず、休息を与えられていない。奴隷にされているのだ。
苦しそうにうめく人々を鞭打つ大柄な男たちが数人いる。
「ここはもうリベリオン帝国の南部地方。ローズ・マリオネットが近くにいるかもしれない」
アリアが呟いた。
「奴隷にされている人々には悪いが、ブレイブ様の安全が第一だ。ブレイブ様、まずは近くにローズ・マリオネットがいるか確認しましょう……?」
アリアは周囲を見渡した。ブレイブを見失っていた。
そんな時に、怒号が響く。
「やめろ、何をしているんだ!」
ブレイブが、鞭打つ男のうち最も大柄な人間の腕を掴んでいた。
男たちの視線がブレイブに集中する。
「ああ? てめぇは何だ? いつのまに近づきやがって」
大柄な男たちが怪訝な表情を浮かべる。
ブレイブは男たちに対して順番に視線を向ける。
「僕はこんな病んだ景色を見たくない。みんなで温かな家に入って休もう」
「なんだこの甘ちゃんは? 偉そうに」
男たちの視線がブレイブに集中する。
ブレイブは男から手を放して、ポンと軽く手を叩いた。
「ああ、名乗っていないから警戒されて当然か。僕はブレイブ・サンライト。今は亡きサンライト王国の王子だった」
「ブレイブ様、簡単に名乗らないでください!」
アリアが長剣を構えつつ走りこむ。
男たちは鞭を構えて下卑た笑いを浮かべる。
「おいおい、マジか? ルドルフ皇帝が血眼になって探しているブレイブか?」
「こんなに簡単に見つかるし、虫を殺せそうにない優男なんてな。こりゃローズ・マリオネットの力を借りる必要はなさそうだな」
ローズ・マリオネット。
この言葉を聞いた時に、ブレイブの表情は硬くなった。
「ローズベル率いる殺人集団か……僕の国の人が何人殺されたか……」
「こんな事で泣き顔になるのか!」
男たちは声を大にしてブレイブを嘲笑う。
「やっちまおう!」
「こいつを倒したら、リベリオン帝国の重役になれるかもな!」
男たちが一斉に鞭を振るう。標的はブレイブだ。
ツルハシを振るっていた人や、採掘用の鎖を引いていた人々が絶望の溜め息を吐いた。
「また人が死ぬのか……」
男たちの鞭がしなる。
ブレイブの白いローブがはだけ、血がにじむ。凶悪な鞭を一斉に食らったのだ。倒れても不思議ではない。
しかし、ブレイブは直立不動のままだ。
「気は済んだか?」
傷口はすぐに塞がっていた。
男たちが驚愕した。
「化け物か!?」
「僕が倒れないのはワールド・スピリットのおかげだ。僕自身にヒーリングを掛けたんだ。化け物じゃないよ」
ブレイブが穏やかに微笑むが、男たちの表情は険しい。
「ワールド・スピリット……こんな若造が使えるのか!?」
「ルドルフ皇帝やローズ・マリオネットぐらいだと思っていたのに……」
動揺する男たちのうち、二人の腹に剣の一線が走る。アリアの長剣が抜き放たれていた。目にも留まらない早業であった。
二人の男は血を吐いて倒れる。
他の男たちは悲鳴をあげて、ブレイブたちに背を向けて、全速力で走り出した。
「エリック様を呼べ! あの方に頼るしかない!」
「おい、誰か時間を稼げよ!」
男たちは全員で逃げ出したのだった。森の中へ姿をくらます。
ブレイブは血を吐いて倒れた男たちにヒーリングを掛けた。傷口が塞がったのを確認して、安堵の溜め息を吐く。
「いつか意識を取り戻すだろう」
「悠長に敵を治療している場合ではありません! エリック・バイオレットは恐るべき男です。ローズ・マリオネットの中でも警戒するべき相手です」
「そんなに怖いのか!?」
ブレイブの仰天をよそに、アリアは森に向かって走り出す。
「説明している時間はありません!」
「分かった、走りながら聞くよ」
ブレイブも走る。森の中は太い木の根や枝がはびこっていたが、ものともせずに突き進む。
「エリックはどんな人なの?」
ブレイブが改めて聞くと、アリアは苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「鋼鉄を操る冷酷な男です。数多くの戦士や英雄が無残に切り刻まれました。一見すると銀髪の美しい少年ですが、悪魔と考えるべきです」
「子供なんだ……アリアは見た事があるの?」
ブレイブが尋ねると、アリアの瞳に殺意が宿る。
「サンライト王国が滅んだ要因の一つです。子供も大人も関係ありません」
「気を悪くしたらごめん。アリアをイラつかせるつもりはなかったよ。そういえばメリッサは大丈夫かな?」
メリッサとはブレイブに仕える女魔術師だ。いつも温厚な表情を浮かべる長い茶髪を生やす女だ。日頃は緑色のローブをまとっている。
鞭を振るう男たちが怖いと言って、建物の陰に隠れている。
「放っておきましょう。男たちを倒すのが先決です!」
「エリックは、そんなに危険な子なのか……」
ブレイブの表情に緊張が走る。メリッサには悪いが、エリックを呼ばれないようにする方が優先順位は高いだろう。
しかし、そんなブレイブたちの思惑を裏切るように、木の陰から静かに獲物を狙う銀髪の少年がいた。
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