熱血ヒーラー、世界を癒す旅に出る

今晩葉ミチル

プロローグ

熱血ヒーラーの旅立ち

 小さな村に暴風雨が吹き付ける。嵐が来たのだ。村人たちは家々に閉じこもって難を逃れた。田畑は荒れたが、収穫の大部分が終わっているから、食料は確保できていた。

 翌日に、嵐が過ぎ去る。ボロボロになった屋根から水滴が垂れる家々とぬかるんだ地面が残った。村人たちは田畑を丁寧に耕しながら、明日をどうやって生き延びるかを考えていた。

 そんな小さな村の片隅で、真剣な表情を浮かべる茶髪の少年がいた。中肉中背の少年で、フード付きの白いローブに身を包んでいる。

 彼の両手には衰弱した小鳥が乗っている。昨日の嵐に巻き込まれて、羽が折れている。助かるのは絶望的だろう。

 そんな小鳥を見つめて、少年は呟く。


「このまま何もできなかったらブレイブ・サンライトの名が折れるよね」


 ブレイブはサンライト王国の王子だった。今は亡き祖国を想う度に心が痛む。

 祖国が滅んだ日の事はよく覚えている。

 リベリオン帝国の軍勢に滅ぼされたのだ。冷酷かつ凶悪な猛攻に屈したのだ。王城が漆黒の球体に吞まれる光景は、悪夢としか言い様がなかった。

 恐ろしかった。何もできなかった。

 ブレイブは両目を閉じて、溜め息を吐いた。

 幼い頃から人と世界を癒したいと願ってきた。その想いはまだ報われていない。

 リベリオン帝国が大陸を支配しているが、世界は病んでいると感じている。食料は充分とは言えず、少し離れた区域では致死性の病気が蔓延している。

 祖国の人々は奴隷にされているという噂を聞く。

「早く助けにいかないと」

 しかし、ブレイブには何の力もない。そのおかげでリベリオン帝国の目を逃れたのだろうが、悔しさと悲しさが消える事はない。

 心は深い傷を負っている。

「こんな想いをするのは、もう終わりにしないと」

 力が欲しい。人と世界を癒す力が。病んだ世界を変える力が。

 リベリオン帝国に攻め込まれるずっと前から感じていた。

「こんな事を口にして、十年くらい経ったなぁ……」

 歯がゆさがこみ上げる。

 そう意識した時に、不思議な事が起こった。

 ブレイブの身体が急に火照り、温かな風が渦巻いたのだ。

 ブレイブが思わず両目を開けると、無数の光る粒が温かな風に乗ってブレイブの周囲を回っていた。


「これはまさかワールド・スピリット!?」


 ブレイブは両目を見開いた。

 ワールド・スピリットとは、世界の源を用いた異能の総称だ。様々な超常現象を起こせるという。

 サンライト王国に攻め込んだリベリオン帝国の軍勢にも使う者がいたが、その時に感じたものではない。優しさに満ちている。

 ブレイブは深呼吸をした。落ち着いていれば、きっとワールド・スピリットが味方してくれる。そんな気がした。

 手のひらの小鳥を見つめる。

 今は小鳥を救いたい。


「ヒーリング」


 唱えたのは癒しの言葉だ。

 衰弱していた小鳥は見る間に羽ばたきだした。折れた羽は元に戻り、元気な鳴き声を響かせる。

 やがて小鳥は、朝日に向かって飛び去った。

 ブレイブは歓喜の声をあげた。

「すごい!」

 自分のやった事とは信じられない。しかし、自分のワールド・スピリットが奇跡を起こした。


「この力で、僕は世界を癒すんだ!」


 ブレイブは両目を輝かせて、右の拳を天に向かって突き上げた。

 その後もブレイブはヒーリングを使い、村人の怪我を癒していった。同じ力で、屋根も治す事ができた。

 村人はもちろん、ブレイブの従者であるメリッサも歓喜した。

 メリッサは腰まで伸びた茶髪を生やす、緑色のローブを愛用している女だ。いつも穏やかな笑顔を浮かべている。

「ブレイブ様は優れた人格だけでなく、ワールド・スピリットを身に着けたのですね」

「そうだよ! これで僕は世界を癒すんだ!」

 ブレイブは得意げに胸を張った。

 メリッサは何度も頷く。

「本当に素晴らしい能力です。私のアブソリュート・アシスタンスなんて比べものになりませんね」

「そんな事ないよ! メリッサのワールド・スピリットだってすごいよ。特にアイテム・ボックスはいつも助かっているよ!」

 ブレイブが両目を輝かせると、メリッサは微笑んだ。

 そんな二人に割って入るように、金髪の女が現れた。アリアだ。茶色い革の鎧に身を包む女戦士で、腰に長剣を携えている。

 アリアの青い瞳は冷徹だ。明らかに喜んでいない。

「ブレイブ様、ワールド・スピリットを身につけてしまったのですね」

「そ、そうだよ」

 何か悪い事をしたのだろうか?

 そう尋ねたくなるような剣幕であった。

 アリアは溜め息を吐く。


「リベリオン帝国の連中が牙をむくでしょう。ローズ・マリオネットも動くでしょう。彼らのワールド・スピリットは凶悪です」


 ローズ・マリオネットはリベリオン帝国の精鋭たちだ。ローズベル率いる殺人集団として恐れられている。

「ブレイブ様の命を奪いに来るでしょう。あなたのゴッド・バインドは貴重です」

「ゴッド・バインド……ごく限られた血筋に神様が贈った物だよね」

「そうです。リベリオン帝国の皇帝ルドルフの他には、ブレイブ様しか持っていません。あなたが殺されたら、私たちに生き延びるすべはありません。ルドルフ皇帝たちに一方的に虐殺されるでしょう」

 ゴッド・バインドは強力なワールド・スピリットだ。忠誠や愛情を持った人間の魂を莫大なエネルギーにできる。

 しかし、ブレイブにとって大きな重荷だ。

「大切にしてくれる人が死ぬほどに強力になるんだよね」

「そのとおりです。起死回生のチャンスを与えてくれます。私もいざという時にはあなたのゴッド・バインドに魂を捧げましょう」

「やめてくれ! 僕は誰かに死んでほしいわけじゃないんだ!」

 ブレイブが耳を塞いで声を張り上げる。自分のために誰かが死ぬなんて恐ろしくて想像もしたくない。

 しかし、アリアは首を横に振る。


「可能な限り生きてお役に立つつもりですが、あなた自身がリベリオン帝国に対する最後の希望である事を忘れないでください。世界は残酷で理不尽です」


「アリアさん、ブレイブ様ばかりに負担を強いるのはやめませんか?」


 口を挟んだのはメリッサだった。諭すような口調で続ける。

「リベリオン帝国に対抗するには、みんなの意思統一が必要だと思います。私たちは、ブレイブ様の方針に従うべきだと思います」

「そうだな……ブレイブ様は若すぎる。あまり酷な話をするのは控えよう」

 アリアは深々と礼をした。

「出過ぎたマネを失礼しました」

「いや、いいよ。意見を交換するのは大事な事だ」

 ブレイブは微笑んだ。


「僕はやるよ。世界を癒す旅に出るんだ。まずはサンライト王国の領地だった南部地方へ向かおうと思う。明日にも行くよ」


「分かりました。仰せのままに」


 アリアは決意を込めた瞳で頷いた。

 ブレイブは村人たちと元気に別れを告げた。出発時には、村人たちは別れを惜しんで、ブレイブたちが見えなくなるまで手を振っていた。

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