第5話 決意の行き先 2

俺は、部長からかかってきた電話に出た。

かすかに震える手に力を込める。

頭の中に今日起こった事がフラッシュバックする。

俺は一度深く息を吸った。


「…冴嶋です。」


電話越しの部長から安堵の雰囲気を感じる。


「冴嶋くん!良かった…出てくれたね…」


俺は、持っていた道具を助手席に置き直した。

その時にガササッと音がなってしまった。

部長はその音に反応した。


「…冴嶋くん。……。

…夜遅いけど飲みに行かないかい?いい店があるんだ。なんなら迎えに行く。自宅じゃなくとも別の場所でもいい。待っていてくれるか?君にしかできないことを伝えたいんだ。」


俺は、一瞬断ろうとした。


「…何を言ってるんですか?」


部長は、少し沈黙したあと静かに力のこもった言葉を残し、電話が切れた。


「「…お願いだ。」ってなんなんだよ…」


俺は、はぁ…とため息混じりに息を吐いたあと、

車にエンジンをかけた。

そして、公園を後にした。

マンションに帰った後、メールを送った。


「自宅に着きました。

 すみません…

 自宅まで来て頂けますか?」


部長からすぐに返事が来た。


「了解。マンションの駐車場に来てくれ。」


俺は、マンションの駐車場で待機していると、1台の黒いワゴンが入ってきた。

黒いワゴンが悪い訳では無い。

ただ、威圧感があることは間違いなかった。


黒いワゴンを空きスペースに停めた部長が車から降りてきた。


俺の車に近づく。

運転席の俺と目が合う。

部長は、俺のいる運転席へ近づき、車の窓を2回軽くノックした。

俺は、運転席のドアを開ける。

少し助手席を隠すように立ち上がる。

部長は、俺の後ろに視線を向け一瞬、目を見開いたように見えたが俺に向けた顔は笑顔だった。

俺の中にある緊張がゆっくりと少しずつ高まっていく。

俺は、部長の後についていき、ワゴンの助手席の後ろの席に乗り込んだ。

助手席に乗ったあと、違和感を感じた。

俺の座っている座席と隣の席以外撤去されていた。

その代わりにでかいクーラーボックスと何本かの釣竿が置かれていた。

俺は、運転をしている部長へ声をかけた。


「…部長、釣りとかするんですね…」


部長は、少し間を置いて返事をする。

その様子に少し違和感を感じた。

部長は、話を変えるように話しだした。


「そういえば、あと二人合流する予定だから。」


俺は、一気に不安になった。

誰が来るんだ…やめてくれ…

俺はうつむきながら話を聞いた。

手には冷や汗が溜まっていくのがわかった…


車が静かに止まった。

部長が、俺に語りかける。


「ついたよ。僕の知人がやってるお店なんだ。」


俺は、顔を上げ煌々と光るお店の看板を見た。

イタリアンらしい看板が優しく光っていた。

俺は、返事もそこそこに店へ入った。

レジから恰幅のいい店員がでてきた。

部長の顔を見るなり個室へ案内していた。

この人が知人なのだろうか…


「お先に2名さん個室に通してるから。」


そう言って個室前で店員は、去っていった。

俺は、部長の後を追うように個室へ入った。

中には、女性一人と男性一人。

俺は二人の顔を見比べた。


女性は、俺を見るなり頭を下げてきた。

もはや土下座だった。


「今日…バーカ。きたな。なんて言葉を吐き捨ててしまい、申し訳ありませんでした!

謝っても許されないと分かっています!

ですが、このままでは…」


俺は、女性に駆け寄り


「ちょっと頭を上げてください!」


と声をかけた。

女性はおずおずと顔を上げた。

顔を見るとまさしく俺に暴言を吐いてきた女性だった。


俺は、一瞬で血の気が引いた。

それを見た女性は持っていた仕事用の大きめなカバンからパソコンやらケーブルやらポーチやらを全て出し、頭に被った。

呆気に取られていると


「すみません!今日のところはこれで勘弁してください!顔も見たくないですよね!すみません!」


部長は、俺を男性の隣に座ることを勧め、女性にはカバンを脱ぐように優しく諭していた。


女性がようやくカバンを脱いだところで部長が話し始めた。


「…冴嶋くんには少しだけ伝えていた事をここでしっかり話したいと思う。」


俺は、いろいろと不安を感じながらも部長の言葉を待った。


「冴嶋くん。今の現状を証言してほしいんだ。」


俺は、どういう事か飲み込めずにいた。


「今、ここにいる二人は君を助けたいと言って立ち上がってくれた人たちです。ずっと社員が辞めてしまうことについて私だけで調査や改善を訴えていましたが、調査で得られた情報や訴えを社長に伝えても奥様が強くでてしまい、結局はうやむやに終わる。労基ろうき(労基:労働基準監督署ろうどうきじゅんかんとくしょ)では、証拠や証言が信憑性に欠けるとのことで取り合ってもらえませんでした。そんな事をしている間に冴嶋くんへターゲットが移ってしまった…どうしようか考えていた時、森川 美希もりかわ みきさんと社長秘書の長部 元貴ながべ もときさんが声をかけてくれたんです。

美希さんは、君に暴言を吐いてしまった事を後悔していて…お局様の目を盗んで相談をしてくれたんです。長部さんは、私が何度も社長室を訪れているのを見て話をしてくれたんです…」


俺は、部長以外の2人を交互に見た。

男性は、前から見たことがあった。

奥様の後ろに立ち、社長秘書のはずなのに奥様の言いつけやわがままを聞いて対応していたのを見たことがある。


この女性については初めて見たような気かする。

もしかすると俺が別室で作業を始めてから就職してきたのかもしれない。


いつも、職場で静かな部長の見せない一面を見たような気がした。


部長は何か諦めきれないような複雑な表情で続けた。


「直接伝えた事も何度もありました。

だけど…その場では良くても、裏で大変な目に遭っているのは後輩や、新入社員だと聞いて…どうしようもできなくなって…」


部長は、自分のスーツの首元を強くつかみながら悔しそうに唇を噛んでいた。

俺に対する当たりが強くなったのはこのせいだったんだと気づいた。

誰かが戦ってくれていたんだ…

俺は、ゆっくり口を挟んだ。


「…それで…俺は証言するって何をしたら…お役に立てますか?」


一斉に俺に注目が集まる。

俺の肩が一瞬跳ねた。

部長は、俺の目を見ながら真剣に話を始める。


「君には、明日からしばらく。

 …病院に行ってきてほしい。

 これは君を助ける手段でもある。

 そして通院の証明もしくは、

 …診断書を取ってきてほしい…

 これを証拠として持っていくから

 診断書が取れたら連絡をしてほしい。

 そして、とても酷な事を頼んでしまうが…

 君にされてきた事を箇条書きでいい。

 書いてまとめてほしい…

 そして、出勤するときはボイスレコーダーを仕込んでいてくれ。

 ボイスレコーダーは、こちらで準備しているから安心してほしい。」


部長は、カバンからボイスレコーダーを取り出し、俺の目の前に置いた。


「冴嶋くんがレコーダーを持ち歩く事、少しだけではあるがお休みをすることについては社長にも伝えて承諾を得ている。」


俺は、部長と2人をみる。

部長も2人も目が真剣だった。

俺を落とし入れる様子は見当たらない。

俺は静かにボイスレコーダーを受け取った。


 「君が通院して休職している間。

 僕たちは今までの証言や証拠をまとめて県や弁護士へ話を通しに行く準備をする。

 これはあのグループや奥様にバレてはいけない。

 他言しないでほしい。

 何度も言ってすまない。君を守るためにやるしかないんだ…」


部長は、少し沈黙したあと


 「ここにいる美希さん。

 その他の新入社員。

 …次のターゲットとなりつつある。」


と続けた。

俺は、美希さんに目を向けた。

美希さんは、さっきの真剣な目とは違い、俯いている。

俺は、美希さんに声をかけた。


「…美希さん。これはただの質問です。なんで俺にあんな事言ったんですか?」


美希は俯いていたが、意を決したように

俺に目を向けた。


「…お局様から指示されました…疑われていたみたいです。何も知らない新参者がチクったんじゃないかって。冴嶋さんの事…」


俺は、美希さんの言葉を待った。


「私達と同じグループにいるならできるでしょ?って。

私はグループに入ったつもりはありませんでした…が…

同調圧力に負けたというか…独特の空気に負けて…

それで…冴嶋さんの事を悪く言ってしまいました。」


俺は、少し納得した。

悪口をあまり言い慣れていなかったからこそ小学生みたいなワードになっていたのか…

言わないと何かされるかもしれないという緊張感もあってのことだったんだろう…


これを聞いてお局様の小ずるいところがでているとも感じた。

下っ端に言わせることによって自分の手や口は汚さない手法に出たかと。


俺は、手に力を込めて伝えた。


「…このままだと…死人が出ます…人は。武器を持たずに人を殺すことができます。」


部長と長部さん、美希さん。一人一人に目を合わせた。

そしてさっき書いた両親にあてた人生最後の手紙を机にだした。

3人は、封筒に書かれた単語をみて目を見開いていた。

そして、静かだった空間がさらに静かになったように感じた。

俺は静かに続けた。


「自分がそうでした。」


3人は俺から目を離さず次の言葉を待っている。

美希さんは少し涙目になっている。相当後悔しているようだった。


「次、僕の立場になるのは皆さんかもしれない。」


俺は、何か託すように言葉をつなげた。


「もう。被害者は僕だけで十分です。

 もう。終わりにしましょう。」


3人は深く頷いた。


「必ず終わりにしましょう。」



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