第3話 決意を決めた日 当日

俺はゆっくりと体を起こす。


「…死んで…ねぇや。」


俺は会社へ行く準備をして車に乗り込んだ。

車のエンジンをかけた瞬間、また夜に感じた閉塞感に包まれた。

まずい。今じゃねぇ…いまじゃねぇってぇ!!


俺は気づくと運転席の窓に体を預けて気を失っていた。

まだ、エンジンをかけてサイドブレーキを踏んだり、ギヤチェンジしていたわけでもなかったため大丈夫だった。


時計を見ると急いでも間に合わない時間だった。


俺は意を決して会社に連絡した。

電話に出たのはお局様だった…


「あんたね!仮病もいい加減にしなさいよ!!あんたは!!…」


電話口でやかましくまくし立てるお局様の言葉はどんどんと異国語へと変化していった。


ボーッと俺はその音声を流しておくことしかできなかった。


「もしもし!!電話かわりました!

 部長の大橋おおはしです!大丈夫ですか?」


俺はハッと我に返り、電話で今日遅れる事を伝えた。

部長は、いつも以上の柔らかい口調で


「大丈夫。ゆっくり来なさい。

 12:00までには着けばいい。

 まだ8:00だ。気持ちを落ち着けて来なさい。

 食事を、とっておいで。

 会社につく頃連絡してください。」


と言ってくれた。

俺は、理由は分からないが涙をためながら返事をした。


俺は会社より少し遠いコンビニを選び、中に入った。

むかしよく食べていた鶏とゴボウの炊き込みご飯おにぎりとオレンジジュースを買った。

レシートを見ながら久々のおにぎりを買った事に気づいた。

いつもは腹に入ったらいいと考えていたのもあって、

マトモなものを口にしていなかった。


車に入り、おにぎりを頬張る。

口の中にじわっと唾液が染み出してくるのを感じる。じんわりと広がる感覚に思わず身もだえる。

俺はバクバクと平らげた。

次にパックに入ったオレンジジュースを一気に流し込む。

冷たいジュースが体にしみる…

体からじんわりと汗がにじむ。


飯って…すげーな。


なんて考えながら

俺はエンジンをかけた。

無心で車を走らせる。

考えればまたああなるかもしれない。

窓を開け、新鮮な空気を取り込む。

会社が遠目に見えてきた。

俺は路肩に止めてから部長に連絡をいれる。


「もうすぐ着きます。」


部長は、柔らかい口調で

社長室へ来てほしい事を伝えてくれた。


俺は、駐車場に車を停めた。

車からでて会社のロビーへ向かう。

そこまで大きい会社ではないはずなのにエントランスまで遠く感じる。

ふと視線を感じた。

俺は、顔を動かさず

横目で確認した。


お局様と上司。その取り巻き達が俺を見ている。

表情には出ていないが、なんとも激情をはらんだ目がこちらに向けられていた。


一人俺のそばへやってくる。

カツカツとヒールをならし、威嚇しているようだった。

俺はかすかに上半身を避けるように斜めに構えた。


「ばーか。きたな。」


俺の体はかすかにはねたあと固まってしまった。

無理だ。動けない…

足早に遠のいていく足音に何も言い返せなかった。

俺は何を言われた?俺が何をした?


「冴嶋くーん!!」


俺は声の方をみた。

部長だった。


部長は俺の体越しにお局様御一行を見たあと、俺の背に手を当てて社長室へ連れて行った。


俺は、辞めさせられるかもしれない。

なにか吹き込まれてるかもしれない。

…きついな。


社長は、慎重な面持ちで応接室のソファーに座っていた。

ずっしりとした低音が静かな応接室に響く。


「どうぞ。座ってください。」


俺は、部長に促される形で席に座った。

少しの沈黙のあと社長がゆっくりと話し始めた。


「昨日。倒れたそうだね。

 君はかなり無理をしていたと聞いたよ。」


俺は、咄嗟に昨日の事を謝った。


「自己管理が行き届かず申し訳ありません。次からは…」


そういいかけた瞬間、ドアが開いた。

甲高い声の女性が入ってきた。


「ちょっと。私も話に参加します。」


社長から目線を離し、声の方へ顔をひねった。

社長の奥さんだった。

ツカツカと部屋に入った後、社長の横に座った。

俺を上から下までみた後、一言放った。


「あなた。仕事をする立場として自己管理ができていないってどういう神経されてるのかしら。朝ご飯とかしっかり取ってらっしゃるの?取ってないからそうなるんじゃない。」


俺は再び謝罪した。

社長の奥さんはフンッと鼻を鳴らした後、腕を組んでいた。


社長は、何か話そうとしたが、奥さんが割って入ったため、話すことができなかった。


「だいたい。あなた。尾辻さんと本村さんから聞いたけど、あなたの勤務態度。とっても悪いんですってね。しかも部長さんに無理を言って自分だけ特別扱いなんてっ!聞いててあきれちゃったわ。」


「彼の言葉を聞こう」


社長が奥さんをなだめながら話をしていた。


「誰かが言った話が真実とは限らない…冷静に…」


奥さんは、静かに社長を見た後、俺を見た。


「…いたって平常心よ。それに、私は最初から思ってたのよ…」


そう言った奥さんは、わざとらしく眉間にシワを寄せ困った顔を作ったあと


「この人病気だと思ってたのよ。」


わざと言いにくいような考えているような素振りを見せたあと言ったセリフに…

周りは口に出さずとも呆気に取られているのは容易に想像ができた。

社長の金で買ったであろう指輪を撫でながら言う神経を疑った。

ここで言う 病気 は風邪やインフルそんなのとは違う…

精神疾患…精神病の事だ…


社長は、今は奥さんがいるせいで話が出来ないと考えたのだろう。


「…今日は上りなさい。」


そういって俺と部長を社長室から出した。

扉が閉まる寸前。社長と奥さんの口論が聞こえた。


頭には残さないように心がけた。


俺は部長に体を向けた。


「部長。すいません。帰ります。」


部長は、眉間にシワを寄せながら何かを噛み潰すような顔をしていた。


「今日の22:00電話に出てくれ。」


俺は訳がわからなかったがとりあえず頷いた。


俺はまた、フラッシュバックに苛まれながらマンションの階段を上がる。


震える手で鍵を開ける。

もう無理だ。無理だ。


シャワーもそこそこにベッドへ座った。

足元は、もう足の踏み場もないほどにゴミであふれていた。


俺よりもこのゴミのほうが…価値が上だよな…

…消えたい…


……。


俺はよそ行きの服をだし、身につけた。

いつか友達と遊びに行くときに着るために用意していた服。

まぁ。その約束もおじゃんだったんだけどな…

服を見つめながら思い出にふける。

少ないなけなしの給料で買った一張羅。

有名ブランドには劣るかもしれないが、そこそこいい値段だったシャツとセーター。

ズボンも長持ちするほうがいいからと言っていい奴を買った。


もう何年…何ヶ月…しまいっぱなしだったんだろうな…

ズボンのウエストとシャツ、セーターの首元にゆるさを感じた。


姿見の前で自分の姿を見る。


「…この服。やっぱいいな。」


俺は上着をはおり、

うちにあった便箋とペンをいつも使っているカバンに入れて自分の車へ向かった。

こんな日に季節を感じるなんてな。


買うものを検索して

ホームセンターへ寄り、

いろいろと買い込んだ。

ビニール袋と…養生テープ…ロープに…


そのあと

コンビニに寄っていつも好きで飲んでいたオレンジジュースを買った。

会社行く前にも買ったが…

また買おう。

今日で最期だ。


もう決めたんだ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る