第2話 決意を決めた日 前夜
あの日から。
さらに状況は悪化していった。
お局様は、俺の仕事をくまなく監視するようになった。
お局様が見れない場所での仕事は、手下を使って監視していたようだ。
それに気づいたのは、女性の先輩から
「なんか。疲れてない?昼休憩ギリギリまで使って休みな。」
って言われ、優しいな…とか思いながらギリギリまで休んだあと。
デスクに向かうと、女性の先輩が駆け足で近寄ってきて
周りに聞こえる声で…
「えっ?ギリギリまで休憩してたの?常識考えなよ。言葉のまま受け取らないでよ。」
って言われたとき。
その時の俺は頭が真っ白になりながら謝罪していた。
謝罪し終えた後、頭を上げ、前髪の隙間から見えたのは、
真顔でこちらを見るお局様だった…
その後も、自分の妹が通う大学の実習課題で分からないことがあるから面倒を見ろ。
と押し付けられ、断っても断ってもしつこく。
最終的には勝手に俺のアドレスを伝えて逃げ場をなくし…
妹のおもり押し付けたあとの言葉。
妹の言葉…
聞いたあと
俺は呆然と立ち尽くしながら静かに拳を握った。
俺にもまだ、人を憎む気持ちが残っている事を再認識した。
その後、おれはいろいろとどうでもよくなった。
必要最低限自分のデスクにいるようにして
その他は部長に話を通して使っていない部屋を借りてノートパソコンで仕事をした。
ほぼ倉庫だったが、監視されたり、仕事を押し付けられたりしながらするよりは心にゆとりがあった。
部長は、物腰の柔らかい人であまり人に強くいえない人だった。
部長に部屋を貸してほしい事だけを伝えて俺は部長へ背を向けた。
部長は、「…わかった」と言った後。何も語らなかった。
部屋を借りて隔離された空間で仕事をするようになって改善されたのは初めだけだった。
俺のデスクから物がなくなったり、デスクのパソコンの電源が勝手に落とされているという事も増えていた。
パソコンからノートパソコンへデータ移行していたのもあって、データが壊れて開かない事も多々あった。
そんなことが重なり、さらに同じチームの人から仕事を投げられる事も増え、
自宅に持ち帰る仕事も多くなった。寝る暇も食事を取る暇もないほどだった。
だが、すこしでもお局様の思うように動かなければ、みんなのいる前で叱責。
遠くに隠れようが避けようが…すこしでも見つけると
すぐにでかい声で名前を呼んだあと叱責ついでに仕事を押し付ける。
そんな状況に初めは遠巻きに見ていた後輩や他部署の先輩達が、声をかけてくれるようになった。
それでも、止むことのない精神的苦痛は気づかないうちに俺を蝕んでいた。
ある日。
俺は職場で倒れた。
そのまま病院に行き、点滴を打った。
先生からは、
「寝不足、栄養失調」
と言われた。
点滴の間、俺はドロのように眠っていたらしい。
点滴を終え、病院から出る時。
電話がなった。
電話の履歴を見ると、会社からだった。
電話に出たのは幸いお局様ではなかった。
「病名は?」
心配する前にこの言葉かと落胆した。
俺は、真実を言うか迷ったが、素直に伝えた。
「不眠と栄養失調です。」
「病院は?」
「
「治療は?仕事休めって?」
「点滴だけです。仕事休めとは言われてません。」
「…わかりました。明日有給使って休んでください。次の日出勤してください。」
「…はい。」
俺は電話を切った。
…休みか。
俺は、フラッシュバックにうめき声をあげながらマンションの駐車場から階段を上がった。
休みが決まってよかったという気持ちと出勤日が怖いという気持ちがせめぎ合っていた。
フラッフラッとおぼつかない足で玄関の前まで行き、鍵をあける。
「何一人で籠もってやってんだか。」
「特別扱い良かったねぇー」
しんどいしんどい。
現実にも聞こえる。くそ。
早く入らないと…
俺は震える手で鍵穴に鍵をさした。
すぐにカチッとなり、鍵が開く。
部屋に入ろうとも落ち着くことは出来ない。
明日の仕事のことを考えてしまう。
今まで言われたことされてきたことが頭の中を駆け巡る…
仕事を始めたての頃がふと過る。
あの頃は、
アドバイスを聞いて明日に生かさなければ!
失敗ばっか。頑張るぞ!
なんて思ってた事が
仕事をこなしていくうちに、叱責されるうちにどんどんとお前が悪い。使えないやつ。
消えてしまえ。どうして生きているんだ?他者の都合よくうごきなよ。使えないやつ。いらないやつ。消えてしまえ。
に変わっていったことに気づいた。
職場でも声がずっと聞こえている。
ある時はあの先輩から。
「やる気があって頑張ってるんだろうけどそれだけだよね。」
ある時は同期からは
「冴嶋さんこの資格持ってるんだよね?ウチの妹がこの資格取るために実習してるんだよ。面倒みてやってよ。」
「私は分からないからあなたに聞いた!なのに!なのに!実習先できけって?!教授にきけって?!なんで!!…」
「妹がさ、あの人。優しいだけの人だった。って言っててさ。ウケる。またなんかあったらよろしくー」
拒否しても。受け入れても。
強く拒否しても…
「まぁ。私はそれしないんだけど冴嶋さんしてくれるから。」
「冴嶋さん。意見言うのはいいけど全く顧客の事わかってないじゃないか。全くきみはぁ!」
頭から離れない。
どんな場所にいたって頭から離れない。
いまは考えない。考えない。
俺は風呂場へ向った。
髪や体を洗う。改めて体や顔をさわる。
学生の頃は筋肉で覆われていた脇腹…
胸板…骨盤…太もも…顎…頬…首筋…手首…指先…
「俺…こんな細かったっけ…」
体を一通り洗ってから流し、湯船に浸かる。
体が重い。水面に映る自分は、自分の髪や体から落ちた雫でグチャグチャになっていた。
「なんなんだよ…おれは…」
濡れた手で目を押さた。
目から出る雫を押さえようと必死だった。
ひでぇ人生だ。ちくしょう。
俺は、音を殺して泣いた。
頭を拭き、足元をかき分けながらベッドへ向かう。
ベッドへ向かったところで眠れない。
休めない。
明日が来る。そう考えてしまう自分がいる…
じわりじわりと体から冷や汗が出てくる。
息も苦しい。首をゆっくりと絞められるような…俺の周りから酸素がなくなっていくようなそんな心地がした。
耳に入る音は、ひゅっひゅっと息を吸う音と心臓の音だけ。
体がどんどんと固まっていくのがわかる。
携帯を取ろうとしても手が固まり、うまく持てない。
ああ。
もうすぐかもしれない。
しぬ。明日目が覚めないかもしれない…
…怖い…いや…
覚めないほうが…いいのかもしれない。
俺がいるだけで職場に迷惑をかけているんだ。
お局様や上司…先輩達が協力的じゃないのも俺が悪いんだ。
生きてる事自体がダメなんだ。
駄目だ。
神様。明日。俺を殺してください。
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