第8話 それでも

 学校に突如として現れたドラゴンに、クロミツはぷるぷると怯えていた。

 とても戦える状態じゃない。


「もしかして、翼のケガはアイツにやられたの?」


 それは朝からの疑問だった。

 クロミツは最強生物のドラゴンだ。その翼に傷を付けられるのは何者なのか?

 犯人が同じドラゴンだったのならば納得がいく。


「がう」


 クロミツはこくりと頷いた。

 やはり、あの赤いドラゴンにクロミツは倒されていたらしい。

 一度負けて、クロミツは恐怖を植え付けられたのだろう。


「分かった。無理に戦えなんて言わないから安心して」

「がう……」

「……」


 クロミツはしょんぼりと顔を伏せた。

 『大丈夫だよ』と撫でながらも、夏樹は英里たちを見た。


 クロミツが戦えないとなると、ドラゴンと戦える人は無い。

 恐らく英里もすぐに無理が来る。

 そうなったら、救援が来るよりも早く、多くの人命が失われる。


「はぁぁぁ!!」

「GARUUU!!」

「くっ!?」


 英里が再びドラゴンの目を狙って攻撃を仕掛けるが、視界の外からドラゴンの尻尾が鞭のようにしなって襲い掛かった。

 奇襲を受けながらも英里は剣でガードをしたが、攻撃を受け流すことはできず、衝撃をもろに食らった。


「うっ……」


 英里はなんとか空中で体勢を直し、芝生に着地する。

 しかし、ふらりと体を揺らすと地面に膝をついた。


「GARUUUUU!!」

「ッ!? ――きゃぁぁ!!」


 ズガン!!

 ドラゴンが岩のような拳を横なぎに振るった。

 それはクロミツの猫パンチとは威力が違う。英里を殺すつもりで振るわれた一撃だ。


 ドン!!

 英里は校舎まで吹き飛ばされると、壁に勢いよくぶつかった。

 『かはっ!?』と肺の空気を無理やり押し出されたように息を吐いて、ずるりと地面に転がった。


「……不味い。動けなくなってる」

「あのままじゃ、ドラゴンに食べられちゃう……」


 英里は気絶をしているのか、ピクリとも動かない。

 ドラゴンはノシノシと英里に近づく。お腹を空かせているのか、べちゃりと地面によだれが落ちた。


「……僕がドラゴンを引き付ける」

「え!? いやいや、無理だよ!? 蜘蛛のモンスターとは違うんだよ!?」

「それでも、行かなくちゃ」


 夏樹が足を踏み出すと、制服の背中が掴まれた。

 振り向くと、クロミツが瞳を潤ませて夏樹を見つめている。

 『一緒に逃げよう』と瞳が語っていた。


「ごめんね。心海さんはクロミツと一緒に逃げて」

「駄目。夏樹くんも一緒に逃げるの」

「……僕は逃げない。逃げたくない」


 夏樹はそっとクロミツを離す。


「どうして、逃げないの?」

「僕は探索者になりたい……目の前の人を助けられる、かっこいい探索者になりたいんだ」


 夏樹の脳裏に浮かぶのは幼いころの記憶。

 モンスターに襲われて、もう駄目だと絶望した時だった。

 さっそうと現れた探索者のお姉さんが、モンスターをなぎ倒して夏樹を助けてくれた。

 その背中に憧れて、夏樹はずっとずっと踏ん張って来た。


 最弱スキルのテイマーでも。

 情けでパーティーメンバーに入れられて、そこから追い出されても。

 学校の皆から白い目で陰口を言われても。

 ずっと逃げずに戦ってきた。


「だから、僕は逃げたくない」


 夏樹はドラゴンに向かって走り出した。


「チュー助、出番だよ」

「きゅー!!」


 チュー助はポケットから飛び出すと、夏樹の肩へ上った。

 夏樹は走りながら、内ポケットから厚い紙を取り出す。

 紙を広げると飛行機のように変形し、そのお尻にプロペラを取り付けた。


 それはプロペラによって飛び続ける紙飛行機だ。

 夏樹が自作したちょっとしたオモチャである。

 しかし、それとチュー助を組み合わせれば、まったく違うものになる。


「チュー助、飛ぶんだ!!」

「きゅきゅー!」


 チュー助は紙飛行機にハングライダーのように乗り込むと、空へと舞い上がった。

 夏樹とチュー助は視界を共有することができる。こうすればドローンのように、そらからドラゴンを見下ろすことができる。

 ――しかし、だからなんだと言うのか。


「GRUU?」 


 走り寄ってきた夏樹に、ドラゴンは目を向けた。

 まるで羽虫を落とすかのように、無造作に尻尾を振るう。

 たったそれだけで夏樹は――テイマーと言う最弱は呆気なく死ぬ。

 空から見下ろしたところで変わらない事実だ。


 本当ならば。


「ふっ!!」

「GRU?」


 亜音速で繰り出された尻尾の一撃は、すかりと空を切った。

 たしかに夏樹を狙って攻撃をしたはずなのに。

 違和感がある。ドラゴンもそれを感じたのだろう。いぶかし気に夏樹へと向き直った。


「GRUU! GRUUU! GRAAAAA!!」


 拳を振るう。尻尾で薙ぎ払う。牙で噛みつく。

 その攻撃の全てが夏樹に当たらない。

 夏樹はパルクールでもするように、校庭を走り回ってドラゴンの攻撃を避けきっていた。


 本来ならばありえない話だった。

 夏樹は最弱のテイマーだ。本人には身体能力の向上効果もなにもない。

 英里がスキルによって身体能力や動体視力を上げて、ようやく避けきっていたドラゴンの攻撃を避けられるはずが無かった。


(大丈夫。避けるだけなら何とかなる。死ぬ気で観察するんだ。ドラゴンの視線、筋肉の動き、細かいクセまで……!!)


 夏樹は弱い。テイマーは弱い。

 そんなこと、夏樹が一番分かっていた。

 だから努力をした。


 生物の構造や心理は全て頭に入っている。

 ドラゴンの動きだって、なんども脳内でシミュレーションを重ねた。

 身体能力だって、低いなりに鍛えてある。決して鍛錬を怠ったことは無い。


 夏樹の執念が、ドラゴンと人間の圧倒的な生物としての差を埋めていた。


 夏樹はドラゴンの攻撃を避けながら、英里の方へと走る。

 

「剣崎さん!! 起きてください‼」

「……帝間くん、どうして」

「剣崎さん、自分で逃げられますか!?」

「……っ!!」


 英里は起き上がろうと頑張っているが、体に力が入らないらしい。

 ドラゴンに吹き飛ばされて、軽い脳震盪でも起こしているのかもしれない。

 いくら夏樹でも、英里を担ぎながらドラゴンの攻撃を避けることはできない。


「こうなったら、剣崎さんが動けるようになるまで待つしか……ッ!?」

「……!? 帝間くん、マズい……!!」

「GRUUUUUU……!!」


 ドラゴンの口から光が漏れ出た。

 あれは最強生物であるドラゴンの最終兵器。

 体内に蓄積された膨大な魔力を閃光のように凝縮して放つ必殺の一撃。

 それは『龍の咆哮ブレス』と呼ばれている。


 巨体を誇る赤いドラゴンのブレスは、どれだけの威力になるだろうか。

 夏樹がドラゴンの動きを読めたとしても、巨大な爆発から逃げることはできない。

 だが、夏樹にはドラゴンの攻撃を阻止するような力も無い。


(ここまで、なのか……?)


 夏樹が諦めかけた時だった。


「ガウゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「GRUAA!?」


 ズドン!!

 ドラゴンの顔面に、クロミツが体当たり食らわせた。


「GRUU……」


 クロミツの体当たりを食らったドラゴンは、クラクラと目を回した。

 シュタ! 

 クロミツが夏樹の横に降り立った。

 

「クロミツ……お前も戦ってくれるのか?」

「がう!!」


 クロミツは力強くうなずくと、決意に満ちた瞳で夏樹を見つめた。

 先ほどまでの怯えた様子は消えていた。 

 クロミツは戦う覚悟を決めていた。


「……クロミツ、もしかしたらアイツに勝てるかもしれない方法がある」

「がう?」

「クロミツをテイムさせてくれないか?」


 夏樹がテイムをすることで、クロミツの身体能力が上がる。

 しかも、恩恵はそれだけじゃない。


「テイムしたモンスターとは、視界や意識を共有することが出来るんだ。俺がクロミツの体を操れば、あのドラゴンの攻撃を避けることができる」


 テイマーはテイムした動物と視界を共有することができる。

 さらに、テイムした動物の了承があれば、その体を操ることも出来るのだ。

 夏樹が攻撃を避けて、クロミツが攻撃をする。こうして連携をすれば、ドラゴンを倒すこともできるかもしれない。


「強いドラゴンのクロミツは、弱い人間に従うのが嫌かもしれない……だけど、お願いしたいんだ。皆を守るために力を貸してくれ」

「……がう!!」

「……ありがとう」


 夏樹がクロミツの額に触れると、二人は淡い光に包まれた。

 それだけでテイムの契約は完了だ。

 過剰な演出はいらない。すでに二人の間には絆があるのだ。


「さて、行こうかクロミツ」

「がう!!」

「ドラゴン退治だ!!」


 一人と一匹――


「きゅー!!」


 ……一人と二匹は、ドラゴンを睨みつけた。

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