第6話 ラ波感
そしてお昼休み。
夏樹とクロミツは校庭の隅っこで昼食を食べていた。
良く晴れた秋空には、ぽかぽかとしたお日様が登っている。ただ、風が吹くとちょっと肌寒い。
「ちょっと寒いなぁ……クロミツは平気か?」
「がうがう!」
ふんす!
クロミツは誇らしげに鼻を鳴らしていた。
流石は最強生物のドラゴン。彼らは灼熱の火山地帯や、極寒の雪山でも生きていける。秋の風なんて扇風機にすらならないのだろう。
さらに、クロミツは夏樹を守るように翼を広げた。
風を避けてくれるらしい。
夏樹はクロミツの頭をよしよしと撫でる。
「ありがとうな。おかげで温かいよ」
「がうぅ♪」
「ほら、買ってきた焼きそばパン食べてくれ」
夏樹は購買で買ってきた焼きそばパンを差し出す。
クロミツは一口で口に入れると、美味しそうにあむあむと味わっていた。
「朝のカップ焼きそばも気に入ってたな……もしかして、クロミツは焼きそばが気に入ったのか?」
「がうがう!!」
「そうか、そんなに頷くほど気に入ったのか……」
クロミツはぶんぶんと首を縦に振っていた。まるでヘビメタミュージシャンみたいだった。
よっぽど焼きそばが好きなのだろう。
「ほら、まだあるから、ドンドン食べてくれ」
また差し出すと、クロミツはパクリと食いついた。
なんだか、ひな鳥にエサを上げる親鳥みたいだった。
「お、やってるねー♪」
「心海さん。どうしたんですか?」
「お友だちと一緒にご飯を食べに来ただけだけど……ダメ?」
心海は胸元に弁当を持ち上げると、少し不安そうに首をかしげた。
なんだか、凄く女の子っぽい動作だった。
思わず夏樹の胸がきゅんとした。
「いえいえ、嬉しいです。一緒に食べましょう」
「そっか……良かった!」
夏樹がご飯に誘うと、心海はにぱっと笑った。
『勘違い』するので止めて欲しい。
『もしかして、この子って俺のこと好きなんじゃね?』と、良くある勘違いをしてしまいそうになる。
(いやいや、心海さんは誰にでも優しいタイプだと思うから、勘違いしちゃダメだ!!)
夏樹は自分自身に言い聞かせる。
僕は陰キャの非モテ男子。なんならぼっち。胸に刻め自戒の心。
「うわぁー! 翼で風を避けてるんだね。クロミツちゃん、私も入って良い?」
「がう♪」
クロミツは『どうぞ♪』とばかりに翼を広げた。
心海は翼空間に入って、夏樹の隣にハンカチを広げて座った。
……翼とクロミツの間という狭い空間に入っているので、凄く距離が近い。
肩が触れ合うほどの距離に心海が居る。
状況としては相合傘に似ていた。狭い傘に二人で入って、ぴったりと肩を寄せ合うあれである。
(こ、これって大丈夫なの!? いや、問題は無いはずだけど……後でセクハラとかで訴えられないよね……?)
夏樹は電車で女性の隣に座るのも躊躇する小心ボーイである。
二人っきりで肩を寄せる状況にドキドキしながらも、後で怒られないか不安になっていた。
「ほら、夏樹くん。あーん!」
「え? ――あむっ!?」
夏樹のぽかんと開けた口に箸が突っ込まれた。
ふんわりとした感触が舌に乗っかる。優しい甘みが口に広がった。
「……これって卵焼き?」
「正解! 美味しいでしょ?」
「うん。とっても美味しい」
心海の膝には弁同箱が広げられていた。
中には彩の良いおかずが詰まっている。とても美味しそうだ。
夏樹も弁当を開けているのだが、冷凍食品と白飯を突っ込んだ質素な色合いだ。心海の物とくらべると味気なかった。
「もしかして、心海さんは自分でお弁当を作ってるの?」
「い、いやー、今日はお母さんが作ってくれたけど……」
『今日は』ということは、いつもは心海が作っているのだろうか?
夏樹は気になったが、突くと藪蛇な気がしたので黙っておいた。
「……夏樹くんが食べたいなら、明日は私が作ってきても良いけど?」
「え?」
わざわざお弁当を作ってくれるの? そもそも、明日も一緒に食べるの?
夏樹の脳裏に色々と疑問は浮かんだが、答えるべきことはシンプルだ。
可愛い女子の作ったお弁当を『食べたい』か『食べたくない』か。
そんなもん、食べたいに決まってる。
夏樹だって夢見る高校生男子なのだから。
「た、食べたいです……」
「了解! 明日は私が作って来てあげるから、楽しみにしてて!」
心海は『がんばるぞい!』とばかりに、胸元で両手を握った。
「がう?」
『僕の分は?』とばかりに、クロミツが心海に顔を寄せた。
なかなか食いしん坊なドラゴンである。
「ふふ、クロミツちゃんにも美味しいの作って来てあげるからね!」
「がうぅ♪」
クロミツは心海に撫でられて、嬉しそうに目を細めていた。
「それじゃあ、私もお弁当食べよー」
心海は箸を使ってご飯を掴み――そこで夏樹は気づいた。
その箸って僕の口に突っ込んだやつじゃ……?
しかし、疑問を口にするよりも早く、心海はご飯を食べてしまった。
「あっ……」
「ん?」
夏樹の口から声が漏れる。
心海は首をかしげて夏樹を見た。しかし、すぐに夏樹の視線に気づいだようだ。
ジッと箸を眺めて、ぽっと顔を赤くした。
「……えへへ……やっちゃた」
心海は困ったように眉を下げて、にへらと笑った。
夏樹もつられて顔を赤くした。
間接キスである。
夏樹と心海の間に、こそばゆい空気が流れた。
チラチラとお互いを確認するように目をさまよわせる。
まるで甘酸っぱい青春の一ページみたいだった。
「ぐるぅ?」
例外なのは二人を翼で囲んでいるクロミツだけだ。
『なになに?』とばかりに、首をかしげていた。
しかし、邪魔しない方が良いと分かってるのか、クロミツは二人の様子を見守っていた。
よって二人のラブコメ空間を邪魔する者は誰も――
「ちょっと良い?」
甘酸っぱい空気を、冷えた声が切り裂いた。
サクサクと校庭の芝生を歩いて来たのは、長い黒髪の女子だ。
「……け、
「直接話すのは久しぶりね。君にパーティーから外れて貰った時以来かな」
その女子の名は『
夏樹の元パーティーメンバーで、夏樹をパーティーから追放した女子だった。
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