第5話 決まり手:猫パンチ
「うわぁ……凄いことになってる……」
二時限目が終わった休み時間。夏樹はスマホを見つめて呟いた。
きっかけは心海から来たチャットアプリの通知だった。
[SNSを開いて『ドラゴン』で調べてみて!!]
言う通りにSNSで検索してみたら、夏樹とクロミツの写真がバズっていた。
更新の早いサイトでは『高校生が人類史上初めてドラゴンをテイム!?』なんて見出しの記事が出されている。
夏樹はチャットアプリで心海に返信。
[なにこれ!?]
[校門で写真撮られてたみたい。承認欲求が爆発してSNSに上げたんだろうね。ちなみに、投稿者のアカウントは削除されてるよ。盗撮だってバレて炎上したから!]
心海が注意をしていたのにSNSに上げてしまうとは、恐ろしき承認欲求だ。
欲に負けて火だるまに炎上するとは、なんだかおとぎ話みたいだった。
(それにしても、本当に話題になってるなぁ……別にテイムしたわけじゃないんだけど……)
夏樹はSNSでの反応を流し見する。
[え!? ドラゴンってテイムできるの!?]
[テイマーってくそスキルだと思ってた……俺もドラゴン狙うか……]
[【速報】最弱ランキング常連のテイマーとか言うスキル。ドラゴンがテイム出来てしまい評価が逆転wwwwwwwwww]
[ドラゴンばっかり注目されてるけど、テイムしたっぽい男の子も可愛くて良いと思う]
[ドラゴンのテイムとか嘘臭いわ。AI生成画像じゃね?]
[話題のドラゴンちゃん可愛すぎ♡]
こうしてSNSを見ていると、複雑な気持ちになって来る。
褒められて嬉しいような。テイムしたと嘘を吐いてるみたいで、心苦しいような。
(まぁ、僕が気にしてもどうしようもないし……流れに身を任せるしかないか……)
夏樹にSNSの流れを動かすような力は無い。
気にしたところでどうしようもないので、夏樹は見なかったことにして次の授業に備えることにした。
次の授業はなんだったか。夏樹が周りを見ると、女子は居なくなって、男子は運動着に着替えていた。
(そっか、次の時間は戦闘訓練だっけ)
夏樹の通う高校は探索者を育てる学校なので、通常とは違ったカリキュラムが組まれている。
その中の一つが戦闘訓練だ。授業内容は字面からおおよそ想像はつくだろう。
夏樹も運動着へと着替えると、他の生徒たちに合わせて校庭へと向かった。
校庭に出ると、すでに他のクラスの生徒たちが出ていた。
隅っこの方には人だかりができている。
校庭で待っていたクロミツがお目当てらしい。近づくのは怖いのか、遠巻きからクロミツを眺めている。
一方でクロミツは視線が気にならないのか、『我関せず』と言った様子だ。退屈な犬のように、顎を地面に付けて伏せをしている。
「クロミツ、大丈夫か?」
「がう!」
声をかけると、クロミツはパッと顔を上げて夏樹に駆け寄った。
すりすりと頭を押し付けて来るので、よしよしと撫でる。
クロミツを見ていた生徒たちは、その様子にぽかんと口を開けていた。こんなに人懐っこいドラゴンとは思わなかったのだろう。
「おーい! そろそろ授業だから、集まってこーい!!」
朝の校門でも会った体育教師が呼んでいた。戦闘訓練の授業は体育教師が兼任している。
そろそろ授業時間らしい。生徒たちは大人しく教師の元へと歩く。
夏樹も付いて行こうとしたのだが。
「夏樹はドラゴンも連れて来てくれ!」
「は、はい! 一緒に来てくれるか?」
「がう」
クロミツは『うん』と頷いた。
夏樹はクロミツと共に、生徒たちの後を追って集まる。
ちょうど集まったころにチャイムが鳴ると、授業開始の号令を終えて体育教師が話し始めた。
「今日の戦闘訓練は模擬戦を行う。いつも通りに、戦闘スキルと支援スキルで別れてくれ」
戦闘訓練の授業では『戦闘に特化したスキル』と『支援向きのスキル』で別れる。
テイマーのような戦闘に向いてないスキルと、直接戦闘が得意なスキルが戦ったら悲惨なことになるからだ。
もはや、ただのいじめである。
夏樹はいつも通りに、支援スキルの集団に向かおうと歩き出す。
「ちょっと待て、夏樹は戦闘スキルに移動してくれ」
「え!? な、なんでですか!?」
「だって、お前にはドラゴンが居るだろ? ハムスターだけなら、そりゃ支援スキルだけど……」
どうやら、体育教師はクロミツも訓練に参加させるつもりらしい。
「……クロミツも授業にでるか?」
「がう!」
小声で聞いてみると、クロミツは胸を張った。
『任せとけ!』と言った感じ。謎にやる気である。
ずっと暇してたから、参加できるだけで楽しみなのかもしれない。
「わ、分かりました。そっちで参加します」
「よしよし、ドラゴンと安全に戦える機会なんて稀だからな。夏樹のおかげで良い経験になるだろう」
「は、はぁ……」
なぜか褒められてしまった。
「さて、まず夏樹と戦って貰うのは……」
「先生! それ、俺と戦わせてくれませんか?」
手を上げたのは金暮だった。
メンチを切るヤクザのように夏樹とクロミツを睨んでいる。
なんだか、凄く怒っている。
「え、金暮ってドラゴンから逃げたんじゃないの?」
「ぷぷ、めっちゃ情けない声出して走ってたよねー」
「笑っちゃうよな。ドラゴンはヤバいけど、あんなにビビるかよ」
他の生徒たちが、クスクスと金暮の噂をしていた。
同時に金暮の眉間が深いしわを刻む。
どうやら、クロミツにビビッて逃げたところが噂になっていたらしい。そのせいで金暮の評判が落ちていることに腹を立てているようだ。
たぶん、クロミツを倒して名誉を取り戻したいのだろう。
「おいおい、ドラゴンはマジで強いぞ? 金暮だと、ちょっと厳しいと思うが……」
「いやいや、なに言ってんすか。夏樹に尻尾振ってるようなトカゲが強いわけないでしょ。楽勝っすよ」
出会ったときはビビり散らかしていた金暮だが、どうやら夏樹に懐いている姿を見て恐怖心が無くなったらしい。
『あんなのただのデカいトカゲだ』とばかりに、クロミツを見下している。
「うーむ、生徒の挑戦を否定するのもなぁ……分かった。最初は金暮と夏樹でやって貰うか。他の奴らも、まずはドラゴンの戦いを見て貰おうか」
そうして、なぜか金暮と夏樹&クロミツが戦うことになった。
他の生徒たちに見守られながら、クロミツと金暮は対峙する。
「ぶっ殺す!」
金暮は大きな斧を肩にかついでクロミツを睨みつける。
「クロミツ、怪我しないように頑張ってな……あと、金暮もケガさせないように気を付けて……」
「がうがう」
お願いをすると、クロミツは『任せておきなさい』とばかりに頷いた。
……本当に大丈夫だろうか。
夏樹は少しだけ不安を感じながらも、クロミツから一歩後ろに陣取った。
「それじゃあ、両者とも準備が出来たな。用意……始め!!」
「ウガァァァァァァァァァ!!!!!!」
金暮は咆哮を上げながら走り出した。
金暮のスキルは『狂戦士』。理性を失う代わりに、高い身体能力を発揮することができるスキルだ。
大きな斧をブンブンと振り回しながら、クロミツへと迫る。
斧は訓練用のため刃先は潰してある。しかし、その重量をまともに食らったらひとたまりもないだろう。
「ウラァァァ!!」
金暮は斧を振り上げて、クロミツに襲い掛かった。
巨大な質量がクロミツの脳天へと――。
「がう」
「ぶべぇ!?」
べちん!!
クロミツは猫パンチのように金暮をはたき落とした。
潰れたカエルみたいに地面に落ちた金暮は、ぴくぴくと体を痙攣させていた。
どうやら、もう動けないらしい。
「えっと……そこまで!! 勝者は夏樹!!」
「わ、わーい?」
「がうぅぅぅぅ♪」
困惑する夏樹と違って、クロミツは遠吠えを上げて喜んでいた。
「お、思ってた以上にドラゴンが強すぎるな……」
体育教師がぼそりと呟いた。
その後、『クロミツが強すぎる』という理由で、夏樹との模擬戦は中止となった。
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