第3話 友の名は

 蜘蛛モンスターを倒した後、夏樹たちは警察に通報をした。

 街中でモンスターに襲われた場合は、通報するのが鉄則だ。モンスターや死体の処理をしてくれる。

 駆けつけてくれた若いお兄さん警察官は、ざっくりと状況を検分した後に、困ったように夏樹たちを見た。


「君たち、警報とか聞いてなかったの? 昨夜にダンジョンが発生して、モンスターが出て来たから外出しないように呼び掛けてたんだけど……」

「朝はバタバタしてて……」

「イヤホン付けながら髪のセットしてたから……」

「……テレビでもやってたんだけど?」

「「見てなかった……」」

「そっかぁ……」


 警察官は諦めたようにため息を吐いた。


「君たち、このまま学校に行くつもり?」

「そのつもりなんですけど……駄目ですか?」

「いや、外出を制限する権限は与えられてないからね。私たちがしてるのは『外出自粛』のお願いだから。君たちの登校を邪魔するつもりはないよ。ちょっとしたモンスターぐらいなら倒せる人は、普通に出勤や登校をしているしね」


 『それに』と警察官は続ける。


「君たちには心強いボディーガードが居るみたいだから……私が心配してもね……」


 そう言って、警察官は夏樹の背後を見た。

 ドラゴンは欠伸をしながらフリフリと尻尾を揺らしている。

 のんびりとしているが、これで最強生物である。


「ちなみに、そのドラゴンって飼育申請は出してる?」

「い、いえ、起きたら庭に住み着いてたので……」

「それは……凄いな……。たぶん、今回の事件でダンジョンから出てきたんだろうね。ともかく、モンスターの飼育には申請が必要だから、ちゃんと手続きしておくんだよ」

「は、はい」


 警察官はそれだけ伝えると、蜘蛛たちの死体へと向かって行った。

 これから死体を片付けるために応援を呼ぶのだろう。


「ねぇ、庭に住み着いてたってマジ?」

「う、うん。朝起きてカーテン開けたら居たんだよね。翼に怪我して落っこちてたみたいで……」

「そんなカラスみたいに……?」


 言われてみると確かに、カラスなどの野鳥にありそうな話だった。

 翼に怪我した野鳥が居たので、怪我を治してあげました!

 なんて話は、ネット上にいくらでも転がっていそうだ。


「それにしても怪我か……ちょっと見せてくれる?」

「がう?」


 ドラゴンは大人しく翼を見せた。

 女子がケガに向かって手を差し出すと、患部がほわほわと淡い光に包まれる。


「私のスキルが『ヒーラー』だから、ちょっとした傷くらいなら治せるんだよね」

「おお! ありがとうございます……えっと、名前も知らない人?」

「ちょっと、変な呼び方しないでよ。私には『柊木ひいらぎ心海ここみ』って名前があるから。特別にここみんって呼んでも良いよ」


 金髪サイドテールギャルの名前は心海というらしい。

 流石に初対面でここみんは呼びづらい。馴れ馴れしい感じがして気が引ける。

 夏樹は心海さんと呼ぶことに決めた。 


「えっと、僕の名前は――」

「知ってるよ。『帝間夏樹』くんでしょ。ちゃんと顔みたら思い出した……一年の間で噂になってるし……」

「う、噂に……あ、あはは……」


 噂になっていると聞いて、夏樹は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 数日前、夏樹を中心として、とある事件が起こった。

 それは『パーティー追放』。


 夏樹の通う高校は『探索者』を育成する学校だ。

 探索者は『ダンジョンの探索』や『モンスターの討伐』を請け負う職業のこと。

 大抵の探索者は数人単位のパーティーを組むので、学校でも授業の一環としてパーティーの結成が推奨されていた。


 しかし、夏樹はそのパーティーから追い出された。

 理由は明白だ。弱いからである。

 

「だけど、これからは違う意味で有名になるんじゃない? ドラゴンをテイムできたわけだし」

「いや、テイムはしてないんですよね……」

「そうなの!? じゃあ、キミとドラゴンは、どんな関係なわけ?」

「どんな関係……ペットは違うし……友だち?」

「がうがう!」


 ドラゴンはうんうんと頷いた。


「学校には友だちなんて居ないから……僕の友だちはお前だけだな……」

「がう?」

「いや、ツッコミ辛いこと言わないでよ……友達なら、私がなってあげるし……」

「え?」


 心海はぷいっとそっぽを向いた。ほんのりと耳が赤くなっている。


「さっきは助けてくれたし……凄く感謝してる。ありがとう」

「いや、僕は何も……」

「確かに最後はドラゴンが助けてくれたけど……夏樹くんも頑張ってくれたし、カッコ良かったよ……?」


 ドキリ。

 カッコいいと言われて、夏樹の胸が高鳴った。

 女の子に褒められたのは生まれて初めてかもしれない。


「だから、友だちになってあげる――いや、なって欲しい……です」

「う、うん。喜んで……」


 二人の間に甘酸っぱい雰囲気が流れる。

 ドラゴンは『なんだなんだ?』と不思議そうに首をかしげていた。

 こそばゆい空気に耐えかねたのか、心海が『うがー!』と叫んだ。


「か、勘違いしないでよ!? あくまでも、友だちだからね!? 私はそんなにチョロい女じゃないから!!」

「あ、はい……」

 

 夏樹は言っている意味が分からなかったが、とりあえず『勘違いして恋愛とか期待すんなよ!』ということは理解した。

 そして、翼の治療も終わったらしい。ドラゴンは羽をぴくぴくと動かして痛みをチェック。


「がうがう!」


 そしてバタバタと翼をはためかせて喜んだ。


「ドラゴン、良かったなぁ」

「がうぅ♪」


 ドラゴンは嬉しそうに頭を下げて、ぐりぐりと夏樹にこすりつけた。


「いや、『ドラゴン』って……友達なら名前くらい付けてあげたら?」

「言われてみれば……」


 ずっとドラゴンと呼んでいたが、確かに友達なら名前があった方が良い。

 夏樹は『うーん』と頭をひねる。


「……『がう太郎』?」

「だっさ……」

「え、駄目なの? この子の名前、チュー助なんだけど……」

「きゅ!」


 名前を呼ぶと、ポケットからチュー助が顔を出した。


「いや、その子の鳴き声『きゅ!』じゃん。チューじゃないじゃん……」

「『キュー助』だと落ち着きが悪いかなと思って……なんかきゅうりみたいじゃん?」

「その感性は分かんないかも……」


 チュー助の話は置いておいて、まずはドラゴンの名前だ。


「じゃあ、黒いから『クロミツ』とか?」

「な、なんで黒蜜なの? もっと黒いお菓子ってあるじゃん? 『おはぎ』とか」

「黒蜜ってバニラアイスにかけると美味しいんだよねー」

「それは美味しそうかも! 今度やってみよ」


 そんなこんなで、ドラゴンの名前はクロミツに決定した。


「よろしくな。クロミツ!」

「がう!」


 クロミツも名前に不満はないらしい。

 元気よく返事をしてくれた。

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