第2話 通学路は危険道

 裏庭にドラゴンが住み着いたとしても、日常生活はやってくる。

 夏樹は朝の準備を終えて、学校へと向かっていた。


「なぁ、本当についてくるのか?」

「がう」


 ドラゴンは『うん』と頷く。

 どうやら、夏樹がドコに行くのか気になっているらしい。ノシノシと体を揺らしながら、後を付いてくる。

 本当は裏庭で大人しくして欲しいのだが、夏樹にはドラゴンを押し返せる力なんてない。


「うーん……校則上は問題ないはず……だけど、ドラゴンは前例が無いだろうしなぁ……ん?」

 

 夏樹が唸っていると、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。


「さっきからパトカーがうるさいな……なにか、あったのか?」


 夏樹が登校準備をしている間にも、なんどかパトカーのサイレン音が聞こえた。

 朝から警察が忙しくしているらしい。なにか事件だろうか?

 夏樹はふと思いついたように、ちょんちょんと学生服のポケットをつつく。


「おーい、起きてるか?」

「きゅきゅ?」


 夏樹のポケットから、ハムスターが顔を出した。こげ茶と白色の毛に覆われている。両手でヒマワリの種を抱きしめてカリカリとしていた。


「チュー助。ちょっと、高い所に上って様子を見て欲しいんだ」

「きゅ!」


 チュー助と呼ばれたハムスターは、夏樹のポケットから飛び出す。

 ぴょん! ササササ!!

 チュー助は夏樹の背丈ほどもジャンプをすると、電柱に張り付いて上った。


 チュー助は夏樹が『テイム』している動物だ。

 日本ではモンスターに対抗するため『スキル』が開発された。このスキルは、誰にどんな物が発現するかは予想できない。

 そして夏樹に発現したスキルは『テイマー』だった。


 テイマーは動物を使役することが出来るスキルだ。もっとも、あらゆる動物を好き勝手に操れるわけじゃない。

 動物と心を通わせて、使役することを了承されたら契約することができるのだ。

 そして使役したモンスターは身体能力が上がり、使役者と視界を共有することができる。


「お、見えてきた」


 夏樹は片目をつぶって、チュー助の視界に集中する。

 電柱の頂上から街を見下ろす。

 街はいつも通り平和――とは言い難い。

 屋根に穴が開いた民家。モクモクと煙を上げる工場。ボロボロになった道路などが見えた。

 大災害なんてほどじゃないが、事件が多発しているらしい。


「なんだこれ、なにがあった――ッ!?」


 チュー助の視界が、まさに事件を捉えた。

 制服姿の女子が蜘蛛のようなモンスターたちに追いかけられている。

 蜘蛛は大型犬よりも一回り大きい。きっと、人間くらいなら簡単に捕食するだろう。

 あのままでは追いつかれる! 夏樹はそう直観して走り出した。


 幸いにして女子との距離は遠くない。夏樹は街角を曲がって叫んだ。


「こっちだ!!」

「っ!?」


 夏樹の叫びは無事に届いた。女子はハッと夏樹を見ると涙目を浮かべながら走って来る。


(よ、呼んだは良いけど……僕、戦えないんだよなぁ……)


 夏樹に出来るのは、チュー助を使役して斥候をするくらいだ。

 いくら使役した動物の身体能力が上がっても、手のひらサイズのハムスターが人間を食らいそうな蜘蛛モンスターに勝てるわけがない。

 これは『テイマー』全体の致命的な欠陥だった。


 テイマーは使役した動物によって戦闘能力が左右される。

 例えば『大型犬』を使役すれば、弱めのモンスターくらいなら戦える。

 しかし、弱めのモンスターくらいなら、戦闘に特化したスキルを持っていれば中学生でも倒せるのだ。

 決して強いとは言えない。


 もしも、『ライオン』や『クマ』を使役すれば、もっと強いモンスターと戦えるだろう。

 あるいは、『モンスター』を使役できれば、最前線で戦えるかもしれない。

 しかし、テイマーが動物を使役するには、動物と信頼関係を築いて『相手の了承』を得ることが必要だ。


 猛獣やモンスターと信頼関係を築けるだろうか?

 答えは、ほぼ不可能。

 少なくとも一般人では『ライオンの赤ちゃんを貰ってきて、育てながら信頼関係を築く』なんてことはできないのだから。


 よって、一般テイマーが使役できる現実的なラインは『大型犬』。凄く強い中学生くらいの戦闘能力しか無いのだ。


(とりあえず、チュー助の視界を見ながら、最適なルートを選んで逃げよう!)


 一般テイマーの夏樹に出来ることは、それくらいだった。

 夏樹が逃走を決意している間にも、事態は進んで行く。

 女子が夏樹の元へとたどり着いた。金髪をサイドテールにまとめたギャルっぽい女子だ。はぁはぁと息を切らしながら、目に涙を浮かべている。


「はぁはぁ……た、助けて……いきなりモンスターが現れて……」

「わ、分かった。だけど僕も戦えないから……」

「え!? 戦えないのに呼んだの!? あなたまで危ないじゃん!!」

「とりあえず、逃走ルートは案内できるから――やばっ!?」


 夏樹は焦って女子に飛び掛かって押し倒した。

 出会って五秒でセクハラか?

 女子は顔を真っ赤にした。羞恥ではなく怒りである。


「ちょ、なにして――」


 ズガン!!

 女子の頭があった場所を鋭い爪が引き裂いた。勢いのまま民家の塀にめり込む。

 頭に叩き込まれていたら、悲惨な光景が広がっただろう。


「クソ! 一匹だけ別ルートで来てたんだ……!!」


 女子の背後から追いかけていた蜘蛛の他に、民家の敷地を突っ切った蜘蛛が居たようだ。

 きっと、女子を追い詰めるために周りこもうとしていたのだろう。

 チュー助の視界からも死角になっていて直前まで気がつかなかった。


 そして、そうこうしている間にも他の蜘蛛たちが追い付く。

 曲がり角の向こうから、わらわらと蜘蛛たちが飛び出してきた。


「や、やば……追いつかれた……」

「……僕が引き付けるから、君は逃げて」

「はぁ? いや、あなたも戦えないんでしょ!?」

「大丈夫。逃げ足だけは自身があるから」


 本当は足の速さにも自信は無い。

 それでも女子を安心させるために、精一杯強がって嘘を吐いた。

 夏樹は震えそうになる足を抑えながら立ち上がる。

 そして襲い掛かろうとしている蜘蛛たちを引き付けようと――ズドォォォン!!


 その前に、蜘蛛たちは白い閃光に引き裂かれてバラバラにはじけ飛んだ。

 余波によって飛び散ったアスファルトが、パラパラと音を立てた。


「……あ」


 夏樹が振り向くと、今朝から一緒な黒いドラゴンが曲がり角から顔を出して居た。閉じた口の端からプスプスと黒い煙が出ている。先ほどの閃光はドラゴンのブレスだったのだろう。

 呆れたように夏樹を見下ろしている。


「がう……」


 『お前、僕のこと忘れてただろ……』と、その目は語っていた。

 正直に言って、夏樹は忘れていた。街中でモンスターが暴れていることに焦って、意識からすっぽ抜けていた。


「今度はドラゴン!? こ、こうなったら覚悟を決めるしか……」

「いや、コイツは大丈夫なドラゴンだから!! 落ち着いて!! そのリップじゃドラゴンは倒せないから!!」


 その後、ドラゴンに錯乱した女子を落ち着かせるのに、やや時間がかかった。

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