七話

 街の外れ、そこに建つ古い空き家がリュデ達の拠点になっているようで、その周囲にはかがり火が置かれ、仲間と思われる男性達がせわしなく動き回っていた。


「……ほら、あそこ、あなた達と同じように傭兵になりに来た住人よ」


 リュデが指差した先――空き家の前の片隅に机が置かれ、そこで武装した男性が列を作って並ぶ住人男性を順番に受け付けている様子があった。人数は六人。自分達の街が襲われたにもかかわらず、ロアニスと同じく傭兵になろうと思う者がいることに、ヴァレリウスは複雑な気持ちを抱かずにいられなかった。


「僕たちもあそこに並ぶんですか?」


「時間がかかりそうだから、私が特別に対応するわ」


 そう言うとリュデは受付の男性の元へ行き、何やら話すと、紙を貰って戻って来た。


「これが契約書よ。よく読んで、納得してから署名してね」


 三人はそれぞれ渡されたものを注意深く読んでいく。書かれている内容としては、戦闘に関すること、それに参加する期間、生死の扱い、部隊内で守るべきこと、払われる報酬などだった。


「初めて契約する者は、期間三ヶ月からの契約とする、か……随分良心的だな」


「契約者に見込みがあるかどうか判断される期間だと思って。なければ契約の更新はなし。給料に見合った戦いができなきゃ帰ってもらうわ」


「へえ、誰でも歓迎かと思ったが、意外と厳しいんだな」


「だからあなたのような人を欲してるのよ、私達は」


 リュデはヴァレリウスに不敵な笑みを見せる。


「……通常給料の他に、戦闘で顕著な功績を上げた者には、別途褒賞金を与える、だって。活躍できればたくさん稼げるってこと? 何か夢があるね」


「厳しいだけじゃないのよ? いい働きをすれば、私達はちゃんと評価するし、ご褒美だってあげる。そうすれば士気も上がるでしょうから。でもあなた、戦闘経験ないんでしょう? 褒賞金を狙うにはまだ早いわね。まずは基本を身に付けることに集中してちょうだい。夢を見るのはそれからよ」


「た、確かに、そうですね……」


 ロアニスは頭をポリポリとかいて苦笑する。


「あ、あの、これに署名したら、私も、戦うことになるんですよね……?」


 エリンナが恐る恐るリュデに聞いた。


「ああ、妹さんね。あなたは例外でいいわ。ヴァレリウスに免じて」


「え、じゃあ、戦わなくても……?」


「あなたには初めから戦力として期待してないし、見込みも感じないから。一応署名はしてもらうけど、戦闘に関する部分は従う必要はないわ。ただ、何もしない人を雇うわけにはいかない」


「私にできそうなこと、ありますか?」


「まあ、拠点での雑用になるわね。洗濯や料理、備品の補充とかかしら。それぐらいならできそう?」


「はい、できます。それが私の仕事になるんですね……これから頑張ります」


「せいぜい頑張ってちょうだい。お兄さんやヴァレリウスのためにもね」


 リュデの浮かべる笑みの裏に隠されたものがあるのではと疑うヴァレリウスだが、見つめたところでわかるわけもなく、仕方なく契約書に署名をした。二人も書き終えて、リュデは契約書を回収する。


「ロアニス・スーツォス、エリンナ・スーツォス、そしてヴァレリウス・リントン……署名してくれたわね」


「これで俺達はもう傭兵部隊の一員だ。お前達の目的、教えてもらおうか」


 ヴァレリウスは腕を組み、リュデを見据えた。


「そうだったわね……中で話すわ。来て」


 リュデは顎で空き家を示すと、三人を連れて向かった。その入り口に立っていた男性に話しかけ、短く耳打ちすると、男性は道を空けて皆を中へ入れた。


「さあ、座って」


 居間のような広い部屋に通されると、三人はリュデに促され、傭兵らが持ち込んだと思われる簡易の椅子にそれぞれ座った。天井からぶら下がるランプに照らされた彼らを見回すと、リュデは立ったまま口を開く。


「あなた達がこれから戦う理由、ひいては私達の目的、それは――」


 リュデの顔が真顔になる。


「現在の国王を、玉座から引きずり下ろす。それが目的よ」


 聞いた瞬間、三人は凍りついたように表情を引きつらせた。


「……こ、国王様を、やめさせるってことか?」


「そんなことって、できるものなんですか?」


 ロアニスとエリンナは半信半疑で不安そうに言う。庶民からすれば、いきなり国王と言われても、まるで現実感の湧かない話でもあった。


「リュデ、お前達はこの国に革命でも起こそうとしてるのか?」


 ヴァレリウスは鋭い目を向けて聞いた。


「そんなことは考えてないわ。私達はあくまで現国王を退かせることを目的にしてるだけよ。革命なんて起こしたら、国は混乱を極めてもっと大変なことになるわ」


「革命じゃなく、クーデターか……それだって大事だが、何でそんな命懸けのことを……」


「命を懸けて動かなきゃ、変えられないことがあるのよ。……ここは王都から離れてるから、政治の話や国王の評判はあまり届かないんでしょうね」


「国王様に、何か問題でもあるんですか?」


 エリンナが聞くと、リュデは鼻を鳴らして言う。


「あるも何も、多過ぎるほどよ。気まぐれな性格で、公務や執務は常に滞ってると聞くわ。臣下がそれをいさめれば、子供のように癇癪を起こすそうよ。私生活は怠惰で、朝から晩まで寝てることもあれば、貴族達を呼んで一晩中宴を開いて騒いでることもあるとか。そこに国の将来を考え、民に寄り添おうとする意思や心は微塵も感じられない。そういう自分さえよければいいという態度は、私達市井の者には見せてないつもりでしょうけど、でも民はしっかり感じてはいるのよ。王宮から漏れ出る声からね」


「王宮……つまり国王の側にいる人間からも不満が出てるのか?」


「ええ。その数は少なくないし、最近始まったことでもない。……近年の王家は民をないがしろにした施策が目立ってるわ。税の値上げから公共施設の縮小、強引な区画整備に金持ちを優遇した法改正……ここ数十年で、民の暮らしは悪いほうへ変わってしまった。税が払えず牢送りにされた者は増えたし、病院の数が減り、病で亡くなる者も増えたわ。あとは職や家を失って物乞いの姿も多くなった。街中を歩けばそんな変化にすぐ気付くはずよ。でも国王は王宮で贅沢に楽しむばかり……これを放っておいたら、いずれ取り返しがつかなくなるわ」


「そ、そんな状況だったなんて、知らなかった……」


 初めて知る国王の姿に、ロアニスは驚きながら眉をひそめる。


「王宮の評判がよくないのは前から何となく知ってたが、まさか国王がそこまでひどいとはな……このクーデターは一体誰が起こしたんだ?」


「一部の貴族と軍の幹部よ。どちらも国の将来を憂いての行動よ。そこから秘密裏に有志を集めたらしいんだけど、実行部隊となる兵士の数が少なくてね」


「それで傭兵の募集か。お前はもともと軍や王宮にいたのか?」


「いいえ。私もあなた達と同じように、早い時期に傭兵募集で来た人間よ。でも技能を買われて調査部隊に入ることになったけどね」


 これにエリンナは首をかしげながら聞く。


「調査部隊って、じゃあ、あの旅芸人の一座は何なんですか?」


「あれは部隊を偽装するための表の姿よ。この街に堂々と入るためのね。でもそれを見抜いてた人もいたみたいだけど」


 リュデはちらとヴァレリウスに視線をやる。


「調査と言ってる割に、街を壊してるように見えるが?」


「私達部隊は交渉役も任されてるのよ。この街に来たのは領主に直談判するためで、国王を引きずり下ろすのに協力してほしいって頼みに来たのよ」


「なるほどね。クーデターに参加しろって言ったものの、断られたから、街を破壊して脅してるわけか」


「脅すなんて人聞きが悪い。反発されたからそれに対抗して力を見せただけよ。でもそのおかげで気持ちが変わったんじゃないかしら。仲間からさっき聞いた話じゃ、交渉は前向きに転じたって言ってたから、じきいい返事が貰えると思うわ」


「こうして各地の領主を取り込んで、国王の外堀を埋めて行くのか」


「そういうこと。だからあなた達に働いてもらうのは次の街からだと思うわ。それまでは武器の扱いに慣れ――」


 その時、コンコンと扉を叩く音が声をさえぎった。リュデがどうぞと言うと、静かに扉が開いて男性の顔がのぞいた。


「知らせだ。領主が了承した」


「そう、わかった」


 男性が扉を閉めて去ると、リュデはニヤリと笑う。


「噂をすれば……早速返事が届いたわ。これでこの街は反国王の拠点の一つになった」


「だけど、こんなことして、国王様が黙ってるとは思えないですけど……」


 エリンナが心配そうに呟く。


「まあね。怠惰な人間でも、さすがにこの事態の深刻さは理解してるでしょうね。だから王国軍にはこっちの息がかかった幹部数人をあえて潜ませてあるの。それで軍の動きを少しは鈍らせることができるはずよ。でも操るまでは行かないから、いずれ軍も動いてしまう。本格的な動きをさせる前に、こっちは素早く行動する必要があるわ。軍が動くまでの短期間で、どれだけのことができるか、そこに成否が懸かってる」


 リュデは三人を見やる。


「……話はこれでいいかしら。もし聞き足りないことがあれば後で聞くから、とりあえずここを出ましょう」


 言われて三人は立ち上がり、空き家から外へ出た。ひんやりした空気を吸い込んだ先の空は、いつの間にかうっすらと白み始めていた。


「……何か、さっきより騒がしくなってるね」


 ロアニスが辺りを眺めて言う。武装した者達の人数が増え、あちこちから指示を出す声が聞こえる。その様子は先ほどよりもさらにせわしなくなっていた。


 すると一人の男性がリュデに駆け寄って来た。


「リュデ、俺達はここに残ることになったから、お前達は主力部隊と一緒に移動してくれ」


「ここにはどれぐらい残るの?」


「とりあえず五部隊を残すらしい。しばらくは領主を見張りたいんだろう。問題がなきゃ後から追う」


「わかった。気を付けて」


「そっちも。……頼んだぞ」


 男性はヴァレリウスをちらりと見てから走り去って行った。その見られたほうは怪訝な目で見送る。


「じゃあ私達は移動しましょう。ここでの用は済んだから」


「どこへ行くんだ」


「領主の住む次の街よ。そう遠くないわ。外にいる主力部隊と合流するわよ」


 リュデに言われるまま、三人は街の外へ出ると、近くの林で待機していた武装集団に混じり、特に号令などもない中、静かに始まった移動の列に加わって朝焼けの道を歩き出した。何百人という兵士と荷物を積んだ馬車が連なった光景は、一種異様な雰囲気であり、旅人なのか近所の住人なのか、すれ違った者は一様に何事かと丸くした目をしばたたかせた。その一員として歩く三人だが、契約しただけでまだ何も仕事をしていないせいか、他の者より疲労と緊張感は薄い。ロアニスとエリンナは見慣れない景色と朝日に目を細め、ヴァレリウスは暇潰しにと前を歩くリュデに話しかけた。


「なあ、お前も傭兵なら契約してるんだろう? いつまで契約してるんだ?」


 リュデは歩を緩めると、ヴァレリウスに並んで答えた。


「私は現国王が退くまで契約してるわ」


「クーデターが成功するまで戦い続けるのか」


「ええ。それが私の望みだから」


「成功がか? それとも戦うことがか?」


「成功に決まってるでしょう。戦いなんてやらないに越したことないわ」


「だがお前は傭兵になって、戦うことを選んだ。それはなぜだ?」


「この手段を取らなきゃ、望みが叶わないからよ。あんな人間、国王にふさわしくない」


「自分が死ぬかもしれな――いや、お前は不死者だったな。捕まれば一生鎖に繋がれることになる。それはもう生き地獄で、死ぬより苦しいんだぞ」


「経験したみたいな言い方ね」


「経験してたらここにはいない。何度か話に聞いただけだ。そんな危険を冒してまで、このクーデターは成功させるべきものなのか?」


 これにリュデは一瞬冷めたような視線を送ったが、すぐに微笑んで言った。


「これは私達の私利私欲で起こしたものじゃないわ。生活に苦しんでる大勢の民のためなの。口には出さないけど、誰もがあの国王には辟易してる。玉座から引きずり下ろすのは、皆が胸の内で望んでることよ」


「皆のために、か……」


「何? 言いたいことがありそうね」


「お前もやっぱり、誰か他人のために生きるのがいいって頭か?」


「急に、何?」


「以前、そんなふうに同じ不死者から言われたんだ。生きる意味を与えてくれるってね」


「生きる意味? 私はそんなふうには思ってないけど……あなたはそうなの?」


「わからない。だからいつまでも死にたがってる。無理だって知りながら」


「あなた、死にたいの?」


「できることならね。でもできない。だから飢えに苦しまないよう食べられるだけの分は稼がなきゃならない。そんな暮らしを壊してくれたのが、お前達だった」


 ヴァレリウスが軽くねめつけると、リュデは苦笑した。


「でも、傭兵になったんだから、今までよりは稼げるはずよ。飢えの心配はないわ」


「だとしても、今度は捕まる心配があるんだ。後ろの兄妹のために契約はしたが、俺は長居する気はない。三ヶ月……契約期限が来たらさっさと帰らせてもらうつもりだ」


「傭兵をやめたら仕事がないんじゃないの?」


「だろうな。しばらく節約しながら、日雇い仕事でも探すさ」


 リュデは心配そうに見つめる。


「それなら、ここにずっといたっていいじゃない。捕まるのを恐れてるなら私が、部隊の仲間が守るし、助けるわ」


「随分優しくしてくれるんだな。俺が経験者で不死者だからか?」


「え、ええ。言ったでしょう? あなたみたいな人材は大歓迎だって」


「そう言ってくれるのはありがたいが、俺は戦いには向いてない。人を切り付けることにためらいがあるんだ」


「本当に? 昔の傭兵だった頃は、相手に突っ込んで行って切り伏せてたと思うけど」


「あれは相手が犯罪集団で、手を緩めるわけにはいかなかったから……」


「各地の領主も、現国王のすることを黙って認めて傍観する悪人よ。その指示に従う兵士も同じ。私達は悪と対峙してるのよ。そういう意味じゃ相手は変わらないわ」


「誰が悪かなんて、そんなに単純に判断できるもんじゃない。人の見方でどっちにも変わるんだから……とにかく、俺は傭兵を続ける気はない。それだけは言っておく」


「そう。残念だけど、こっちはあなたの気持ちが変わってくれるのを待ってるわ」


 強がるようにリュデは笑みを見せた。


「……ところで、俺達はあとどれぐらい歩くんだ? 休憩する時間ぐらいはあるんだろうな」


「ちゃんと休めるから心配しないで。あと三時間ぐらい歩いたらね」


 これにヴァレリウスは深い溜息を吐く。兵士達の長い列は蛇行する道に沿って、ただ黙々と進み動いて行く。

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