六話
それから二ヶ月ほどが経とうとしていた。リュデと会ってから抱いていたヴァレリウスの警戒感は、平穏な日々を過ごすうちに薄れていった。彼女は傭兵を集めていたが、どこかの地域で戦闘が起きているという話は聞かず、広場にいた旅芸人の一座もいつの間にか姿を消しており、ヴァレリウスは杞憂だったかと思うようになっていた。ロアニスとエリンナとも、今まで通り交流を続け、一緒に買い物へ行ったり、部屋を訪れたりと、順調に仲を深めていた。
そしてこの日も、前日と変わらない朝を迎えるはずだったのだが、ヴァレリウスはいつもは聞かない物音で目を覚ました。
「……何だ?」
まだ眠い目を無理矢理開け、ベッドで身体を起こす。部屋の中は薄暗い。夜は明けていないようだった。寝ぼけてふらつく足をどうにか動かし、窓際に近付く。薄いカーテンをめくって外の様子をうかがってみる。すると目の前の道を慌ただしく何人もの人が駆けて行く姿があった。一度だけではない。荷物や子供を抱えている者、集団を誘導して叫んでいる者……皆何かに怯えたり、逃げるように走っている。明らかに異変が起きていた。
「何が、起きてる……?」
見えた光景に頭を瞬時に覚まさせたヴァレリウスは、急いで私服に着替えると慌てて玄関に出た。
「これは……!」
薄暗い外に出た途端、焦げ臭さを感じた。風に乗ってどこからか漂って来る。火事でも起きたのかと思ったが、辺りを見ても火の気はない。もう少し離れた場所だろうかと、ヴァレリウスは人々が走って来るほうへ向かってみた。
しかし向かいながら彼は気付いた。人々は一方向から走って来るわけでなく、まるで混乱したかのように四方八方からやって来るのだ。それは一箇所の火事から逃げているわけではなさそうだった。そしてさらに気付いたのは、その中に時折、街の治安を担う兵士が混じっているのだ。彼らは住人達を安全な場所へ導いているようだった。
「……おい、一体何が起きてるんだ」
ヴァレリウスはすれ違った兵士を呼び止めて聞いた。その兵士は険しい顔付きで彼を見やる。
「住人か? じゃあ早く逃げて。学校と病院が避難所に――」
「質問に答えろ! 何が起きてる!」
「俺も知らないよ! 突然武装したやつらが襲って来たんだ。俺達は住人を守るので精一杯なんだよ! わかったらさっさと逃げろ!」
そう怒鳴って兵士は慌てる住人達をなだめながら遠ざかって行った。武装した者らが街を襲いに――ヴァレリウスの脳裏に浮かんだのは、二ヶ月前のリュデの行動だった。傭兵を集めて、彼女らは何かをしようとしていた。まさか、武装した者らというのは――嫌な予感しかしないヴァレリウスは、それを確かめるためにさらに街の中心部へ向かった。
その途中、仕事場である酒問屋は無事だろうかと、道をそれて見に行ってみると、店の入り口は派手に壊され、中に並べられた酒瓶は床で砕けて無残な状態にされていた。事務室へつながる扉も壊されており、おそらく売上金も手を付けられてしまっていることだろう。武装した連中というのは傭兵ではなく、強盗目的の犯罪者なのだろうか。
「あっ、ヴァリー!」
ヴァレリウスが店の様子を見終えて出て来ると、遠くからロアニスが呼びながら走って来るのが見えた。その横にはエリンナの姿もあった。
「はあ、はあ……ヴァリー、無事みたいでよかった」
「お前もな。何でここへ?」
「君と同じだよ。店の様子が気になって。でも……他と同じように駄目だったみたいだね」
「他と同じって?」
「見てない? 民家は無事なんだけど、商店は壊されたり、放火されたりしてて、ひどい有様になってるんだ」
「放火……」
焦げ臭さはやはり火事のせいだったと知り、ヴァレリウスは質問する。
「何が起きてるのか、ロアニスは知ってるか?」
これにロアニスは力なく首を横に振る。
「まったく。夜中に目を覚ましたら、こんな恐ろしい状況だったから、エリンナと一緒にとにかく避難しようと思って」
「ヴァリーさんも、知らないの?」
「ああ。俺も二人と同じだ。だが、一つ気になることがあって、今はそれを確かめようと思ってる」
「気になること?」
「街を襲ってる武装したやつらだ」
「そいつらに心当たりがあるの?」
「それを確かめたい。でもな、話を聞けるやつがいるかどうか――」
その時、酒問屋からガタガタと物音がして、三人は緊張の顔で振り向いた。
「――一通りやったから、ここはもういいだろう。次行くぞ」
「こんなに酒があるのに、何かもったいねえな。もうちょっと飲んでいこうぜ」
「アホ。これ以上飲んだらお前、酔っ払うだろうが。仕事を忘れ――」
男二人がしゃべりながら店から出て来たが、三人に気付くとピタッと足を止めた。全身に薄汚れた防具を身に着け、腰には剣が提げられている。街の兵士とは明らかに違う武装した人物――ヴァレリウスは瞬時に彼らが破壊行為を行っている犯人だとわかった。
「おう? 何だよ。文句でもあるのか」
大柄な男が三人を睨みながら言う。
「殴られたくなきゃ、早く避難したほうがいいぞ。ヘヘッ」
もう一人の細身の男がにやついて言う。その態度はまるで悪びれていない。
「な、何で店を……こんなひどいことを……」
ロアニスは怒りをこらえた様子で、怯えながらも男達に言った。
「何で? それは上に聞いてくれ。俺らは仕事として指示されてるだけだからよ」
これにヴァレリウスは反応した。
「上って、誰だ。旅芸人の一座か?」
「さあね……知りたきゃ、てめえで調べろ」
大柄な男の口調がやや怯んだ。やはりそうなのかとヴァレリウスは思った。
「こ、こんなことして、ただで済むと思ってるのか? 街を襲うなんて、重罪もいいところだ」
「あん? 不満があるなら受けて立つぞ。ええ?」
細身の男はロアニスを見据えると、威嚇するように顔を近付けた。
「兄さん、や、やめて……」
エリンナは兄の後ろから心配そうに、その服を引っ張って止めようとする。しかしロアニスはビクビクしながらも口は閉じなかった。
「暴れられるのも、今だけだ。すぐに王都から応援の軍が来て、お前達なんか捕まるぞ」
これに細身の男の顔に苛立ちが浮かぶ。
「てめえ、生意気だな。無力のくせに」
「僕が何もできなくたって、代わりに兵士が――」
「うるせえんだよ! 黙れこの野郎!」
細身の男の右手が腰の剣を握り、引き抜いた。
「やめろ!」
「何してんだ!」
ヴァレリウスと大柄な男の叫びが同時に上がった。だが細身の男の動きは止まらない。ロアニスは振り上げられた剣に身を縮こまらせ固まる。だが次には大きな衝撃を受け、その身体は弾き飛ばされていた。
「……はっ、ヴァリーさん!」
エリンナの悲鳴のような声にロアニスは顔を上げた。その目の前には右腕を切り付けられて血を流すヴァレリウスの姿があった。
「何やってんだ! 住人には手を出すなって言われてるだろうが!」
「生意気言うこいつが悪いんじゃねえか!」
「上に知れたらクビにされる……ほら、さっさとずらかるぞ。だからお前は酒なんか飲むなって――」
大柄な男は相棒を引きずるようにして立ち去って行った。その背中が小さくなると、兄妹はヴァレリウスに駆け寄った。
「ヴァリーさん! だ、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だから」
そう言ってヴァレリウスは傷口を手で押さえるが、指の隙間からは血が筋となって流れ落ち、地面に小さな血溜まりを作っていた。
「でも、こんなに血が……」
「すぐに、止まるから、心配ない」
言いながら痛みに顔を歪める。彼にとっては久しぶりに感じる大きな痛みだった。
「ヴァリー……ごめん! 僕なんかをかばってくれたせいで……」
焦った顔を見せるロアニスをヴァレリウスは見やる。
「お前が助かって、よかったよ」
「ヴァリー……」
「だが、お前があんなやつらに食ってかかるなんて、驚いたな」
「それは……頭に来たんだ。働いてる店をめちゃくちゃにされて、ヴァリーと一緒にやった作業も全部台無しにされて……。許せないって思ったら、恐怖よりも言葉が先に出てた」
「ロアニスも、そこまで感情的になることがあるんだな」
面目ないと目を伏せたロアニスは反省を見せる。
「もう、感情的にはならないよ。またヴァリーに迷惑をかけるわけにいかないからね」
「兄さん、今はそんなことよりヴァリーさんの傷を……」
エリンナにせっつかれ、ロアニスはそうだったと傷の様子を見る。
「早く手当てしてもらわないと。避難所に行けばきっと医者が――」
「急がなくても大丈夫だ」
「何言ってるんだよ。こんなに血が出てるのに」
「傷はそれほど深くない。ほら、もう血は止まった」
「え? そんなわけ……」
兄妹は傷口をのぞき込む。ヴァレリウスが押さえていた手をどけると、ついさっきまで流れていた血は、もうすでに乾き始めていた。
「……これって、どういうこと? 傷を負わされてから三分も経ってないはずよ?」
「こんなすぐに血って止まるものだった? それともヴァリーの体質?」
「正解。そういう体質なんだよ。……二人には言ってなかったが、実は俺、不死者なんだ」
この告白に、二人は一瞬驚き、そして互いの顔を見てからまたヴァレリウスに目をやる。
「……そうだったんですか? だから傷が癒えるのも早いんですね」
「ってことは、ヴァリーは僕より一歳下じゃなくて、かなり年上ってこと……?」
「ああ。老化は二十五で止まったが、実年齢はもっと上だ」
「人生の大先輩ってことか……何で最初に教えてくれなかったんだ? 隠したい理由でもあったの?」
「隠すつもりはなかったが、たまに不死者を毛嫌いする人もいるし、自分からわざわざ言うこともないかと思って……二人も、不死者は気味が悪いか?」
「不死者と友達になったのは初めてだけど、その前から不死者に対して、そんなふうに思ったことは一度もないよ。エリンナもそうだろう?」
「ええ。私も不死者に対して悪い印象を持ったことなんてないです。むしろ羨ましいぐらい」
「羨ましいか……俺としちゃ、二人のほうが羨ましいが」
「え? 何?」
ヴァレリウスはすぐに言い直す。
「いや、二人がそう感じてくれてて安心したって言ったんだ。それならもっと早くに言うべきだったね」
「言っても言わなくても、どっちだっていいさ。ヴァリーはヴァリーで、何も変わらないんだから」
ロアニスは笑顔で言う。
「まあ、確かにな……ありがとう、二人とも。じゃあ避難所へ行くか。またあんなやつらと出くわしたくないからな」
三人は周囲を警戒しながら身を寄せ合って避難所へ向かった。
街の中心部に近くなるほど商店が多いせいか、被害の規模も目に見えて大きくなっていた。倒壊寸前まで壊された建物もあれば、放火されて夜空を明るくするほど燃えている建物もある。その煙が風に流されて、風下の路地をかすませ、咳き込みそうな焦げ臭さを広げていた。
「こっちのほうは、特にひどいわね……」
「あらゆる店が襲われてる。これじゃ再開するのも無理そうだ」
「一体、何だってこんなことを……」
ヴァレリウスは変わり果てた景色を眺める。建物の壁は崩れ、窓からは炎を吹き出し、道には瓦礫や逃げ惑う住人が落とした靴が転がる――綺麗だった街並みは、たった一晩で戦場のようになってしまった。もうここに今まで感じていた平穏や安心はなかった。代わりに混乱と恐怖が投げ込まれている。
「――うあっ」
遠くから小さな悲鳴が聞こえ、三人は目を向けた。漂う煙の奥の道に剣を振り回す人影が見えた。三人が一人に対して一方的に攻撃をしている。次の瞬間、攻撃された者は首に一太刀を浴びて、その場に倒れた。三人はその者が事切れたのを確認すると、ゆっくり三人のいるほうへ歩き出した。
「ここは危険そうだ。目立たない道から避難所へ行こう」
ヴァレリウスはそう言い、煙で視界が悪い中、遠回りの道を選んで進んだ。
「兄さん、離れないで」
エリンナは不安そうにロアニスの背中にしがみ付く。
「わかってるよ。ちゃんと付いて来て。……ヴァリー、このまま避難所へ行っても大丈夫かな」
「わからない。だが行ってみるしかないだろう。もし駄目なら、街を脱出して――」
「脱出するなら、私達が面倒を見るけど?」
突然の声に三人は急停止する。前方を凝視すると、道の暗がりから溶け出るように一人の女性――リュデが現れた。
「……あんた、何でここに……いや、いて当然なのか」
リュデは不敵な笑みを浮かべる。
「ヴァリー、知り合い?」
「まあ……二人も知ってるはずだ。曲芸の舞台で見ただろう。あいつがジャグリングしてるのを」
聞いた二人は瞠目してリュデを見つめる。
「え? あの時の芸人さん、ですか?」
「ど、どういうことだ? 一座はとっくに街を離れたんじゃ……」
「別の仕事があって戻って来た……そういうことだろう?」
「ええ。もう感付いてるようね」
ヴァレリウスは彼女を睨み据える。
「傭兵に街を襲わせたのはなぜだ」
「前回の時も言ったけど、諸々の事情はあなたが傭兵として来てくれたら教えてあげるわ」
「住人を傷付けておいて、その理由も言わない気か」
「彼らには住人に手を出さないよう強く言ってあるわ。だから心配しないで」
「言うだけじゃ、守らないやつもいる」
言ってヴァレリウスは自分の右腕に刻まれた直りかけの傷を見せた。
「それ、私達の傭兵が?」
「明らかに剣による傷だ。他に誰がいる」
「ごめんなさい。指示が徹底されてなかったようね。どんな相手だったか覚えてる?」
「大柄な男と、細身の男の二人組だ。やつらは酒問屋を壊して、そこで酒を飲んでたようだ」
「わかったわ。彼らを特定して罰しておく。よければその傷の治療を――」
「必要ない。不死者なら放っておいてもいずれ治るって知ってるだろう」
「でも治療したほうが治りは早いわ。まだ痛みはあるでしょう?」
「だから必要ない。……傭兵に誘うなら他を当たってくれって言わなかったか?」
「あの時はあなたが仕事をしていたようだから。だけどもう街はこの有様。普通に仕事はできないんじゃない?」
リュデの心配する素振りの中の狡猾なたくらみに気付き、ヴァレリウスは言った。
「……そうか。住人に手を出さずに商店だけ破壊させたのは、人々から仕事を奪って傭兵に誘いやすくするためか」
「さあ? どうかしら」
とぼけながらリュデは笑う。
「何にせよ、こうなった街で今まで通りに暮らして行くのは困難なことには違いないでしょう? 再建して、再び仕事を始めるには数ヶ月から数年かかるんじゃないかしら。その間も食べなきゃ生きていけない。まあ不死者の場合は飢えに苦しむのだけど。そうなるのを、あなたは覚悟できてるの?」
これにヴァレリウスは鼻で笑った。
「仕事は何もこの街にしかないものじゃない。再建し終えるまで他の街へ行って――」
「ああ一つだけ、あなたに教えてあげるわ。私達は今回と同じことを、他の場所でも計画してるのよ。どこかは教えられないけど。でもそう遠くない場所よ」
リュデはにやりと笑む。つまり近隣の街へ移ったとしても、また同じ目に遭うかもしれないという意味だった。それを信じる根拠はないが、彼女らは実際、こうして街を襲う力を持っているのだ。他の場所でもその力を行使する可能性は十分にあるだろう。
「退路を断って誘導するような悪党に、協力などできるわけ――」
「私達は悪党じゃない。悪党は別にいるわ。傭兵として来てくれれば、それがわかるはずよ」
「どこにいるってんだ」
「だから、来ればわかるって言ってるじゃない」
薄笑いを浮かべ、リュデは見つめる。彼女はそれほど人手を欲しているのか、それとも別の思惑でもあるのか。ヴァレリウスにはその判断がつかず、疑いの目を向ける。
その時、隣のロアニスがヴァレリウスの腕を突いて呼んだ。
「ねえヴァリー、彼女は一体何者なんだ? ただの旅芸人じゃないの?」
「そうらしい。わかってるのは、街を襲わせた傭兵を雇ってる側の人間ってことだ」
「街を壊してる、犯人ってことですか……?」
エリンナが怯えながら聞く。
「そんなに怖がらないで。用事が済めば私達は退くわ。長居はしない」
「用事って、傭兵集めか」
「それはついでよ。また別に大事な用があるの。多分、明日には決着がつくんじゃないかしら。……ねえ、あなた、傭兵に興味はない?」
リュデはロアニスに話しかけた。
「僕は、武器とか扱ったことないから……」
「なら挑戦してみない? 未経験でも初心者でも大丈夫よ。一から教えてあげるから」
「でも、僕には……」
「給料もいいわよ。ここにいたって、もう働けないでしょう?」
「お前達のせいだろうが」
ヴァレリウスに睨まれ、リュデはニコッと笑う。
「怒りたいなら、いくらでも怒鳴っていいわよ。でもそんなことしたって現状は変わらない。仕事がなければ食べていけないんだから。不死者のあなたとは違って、そっちの彼には死活問題でしょう?」
「ロアニス、聞かなくていい。傭兵なんか――」
「私は彼に聞いてるのよ。……どう? 悪いようにはしないわ」
しばらく考えていたロアニスは、視線を上げるとリュデに聞いた。
「……僕は、戦いとか、本当に何も知らないし、即戦力じゃないけど、それでも雇ってくれるの?」
思わぬ質問にヴァレリウスは声を荒らげた。
「ロアニス! まさか話に乗る気じゃないだろうな」
「襲って来た傭兵側の人の言うことを聞くのは癪だけど、でも彼女の言った通り、僕達は仕事で稼がないと生きて行けないんだ」
「こいつの思う壺でいいのか?」
苦しげな表情でロアニスは答える。
「働いてた酒問屋はめちゃくちゃに壊されてたし、他の店もひどい状態だった。その再建を待ってたら一体何ヶ月かかるか……。その期間、食べられるだけの蓄えが僕達にはないんだ。もしかしたら街から配給があるかもしれないけど、それだって長くは続かないだろう。だったら今できる仕事で稼いだほうがいいと思うんだ」
「街を壊したやつらだぞ? 言わば敵だ」
「背に腹は替えられないよ。僕は、エリンナを守らなきゃいけないんだ……」
「兄さん……」
肩に触れた兄に、妹は身を寄せて抱き締めた。
「その勇敢な決断、私達は歓迎するわ」
「ロアニス……」
唖然と見つめるヴァレリウスに、ロアニスは力ない笑みを見せた。
「これは僕が、僕の都合で決めたことだ。だからヴァリーは気にしないで、納得できることをして。僕に付き合うことないから。ここからは兄妹二人で頑張るよ。……あの、妹も雇ってくれますか? さすがに戦わせることはできないけど」
「申し訳ないわね。私達は戦える男性のみを募集してて、武器を振るえない女性は必要としてないの」
「え、それじゃあ、エリンナを独りにさせることに……」
「妹さんにはこの街に残ってもらうしかないわね」
「そ、そんなことできません! こんなところに独りなんて危な過ぎる」
「だったら、傭兵を諦めてもらうしかないけど……?」
「! ……」
思い悩むロアニスは妹を見下ろす。
「兄さん、離れ離れになるの? だったら私も傭兵に――」
「非力な女性は要らないの。いるだけ無駄だから」
「そ、そこを、どうか……」
リュデはゆっくり首を横に振って見せる。生きるための仕事を取るか、大事な妹を取るか、ロアニスは大いに頭を悩ませる。どちらを選んだにしろ、心配事は必ず残ってしまうが、そのどちらが深刻か、彼には簡単に選ぶことができなかった。
その苦しむ表情を見ていたヴァレリウスだったが、おもむろに口を開いた。
「二人を雇うと約束しろ。そうしたら、俺も傭兵として行く」
驚く兄妹と共に、リュデの丸くなった目もヴァレリウスを見た。
「どうだ? 経験ある不死者が一人加わるって言ってるんだ。そんなに悪くはないだろう」
「ヴァリー、な、何で……」
瞠目したロアニスを見やり、ヴァレリウスは言う。
「エリンナはお前と離れたくないと言ってる。俺も、二人は今離れるべきじゃないと思ってる」
「だからって、君が乗り気じゃない傭兵にならなくたって……」
「確かに乗り気じゃないが、こいつらの目的を知りたい気持ちもあってね。まあ、その確認のためだ」
「助かるわ。あなたが来てくれるなんて。いいわ。傭兵になってくれるなら、二人一緒に雇ってあげる。……よかったわね。優しい友人がいてくれて。たくさん感謝しないとね」
「あ、ありがとうヴァリーさん。これ以上、何て言えばいいのかわからないですけど、本当に、ありがとうございます……!」
エリンナは感極まった顔でヴァレリウスに礼を言う。その隣のロアニスも感激した笑みを浮かべていた。その様子にひとまず安堵の息を吐いてから、ヴァレリウスはリュデを見据えた。
「傭兵として働きはするが、十分稼げたら、その時はやめさせてもらうぞ」
「ええ、構わないわ。傭兵はそういうものだしね……じゃあ、私に付いて来て。契約の手続きをしましょう」
微笑むリュデの後に付き、三人は不安を抱きつつ新たに選んだ不穏な道へ進むのだった。
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