「君が欲する熱量をぼくが与えられる可能性」Ⅱ


 彼女から連絡が来たのは、終礼が終わった直後だった。

 どこかで監視でもしていたんじゃないかと思うほどのタイミングの良さにびっくりしつつも、スマホの画面をタップする。

 通知が来ていたのは、メールでも電話でもなく、スマホを活用している日本人であれば、殆どの人が使っているであろうSNSソーシャルネットワーキングサービスアプリのMAINEメイン

アプリを起動させると、可愛いとは口が裂けても言えないような不気味なクマのスタンプが貼られていた。

「なんだこれ」

 喋るタイプのスタンプらしいので、クマの顔をタップすると、これまた可愛くないダミ声で、『早く出て来いやゴルァッ!』と叫ばれた。

 幸い音量は小さめに設定してあるので驚くことはなかったが、周囲からは品行方正、堅物、がり勉で通っているだけに、近くにいたクラスメイトは口の悪い厳つい声がぼくのスマホから飛び出しただけで、奇妙なものを見たという目で二度見していた。

「出て来いって……あのコ、どこにいるんだよ」

 眉根を寄せてスマホと睨めっこしていると、長い腕が後ろから首に巻き付けられた。

「おーい葉山~。なぁ~にニヤニヤしてんだよ? もしかして女でも出来た?」

「え? うそ! 騙されてない? 大丈夫? みのるんってば、真面目こじらせてるから、言い寄られたらすぐにコロリといっちゃいそうだし。うち、心配だよぉ」

 肩越しに背後からスマホを覗き込んできたのは、クラスメイトのみなみ太陽たいよう

 話し方だけでなく、着崩した制服に明るい茶髪といった出で立ちの彼は正直言ってチャラい。

 そして、背後からコバンザメのように引っ付いてきたのは、幼馴染の小日向こひなた晴香はるか

 物心ついた時から金魚のフンのように自分の後ろをついて回ってくる晴香ですら相手するのが面倒くさいのに、南までやたらと絡んでくるようになった。

趣味も性格も見た目までもが自分とはまるで正反対な彼が、何故ぼくに興味を持っているのかは分からないが、群れるのが嫌いな身としては正直いい迷惑だ。

「この顔がニヤついているように見えるんなら、南は眼科に行くべきだと思うね。あと、晴香はいい加減、“みのるん”って呼ぶのを止めてくれないかな」

 冷たく突っぱねるが、彼らにはそんなものは通用しない。

 それどころか、塩対応万歳とばかりに更にぼくをからかう。

「普段スマホなんて無表情で確認するだけなのに、やけに画面に見入ってるしさぁ。それに、“早く出て来い”ってことはさぁ~、待ち合わせでもしてるんだろ? ぜってー女じゃん」

「みのるん、絶対騙されてるって! キャバクラ嬢でゆくゆく店に連れていかれて貢がされたり、宗教の勧誘で壺を売りつけられるかもしれないんだよ!」

二人の反応からして、あまり人と関わらず、ポーカーフェイスを貫いているぼくの、生まれて初めてとも言える浮いた出来事に見えたのだろう。

 確かに連絡をしてきたのは『女の人』には違いない。

 けれど、それに対して恋だの愛だのといった下世話な勘繰りはやめてもらいたい。

 ぼくと彼女はそんな俗っぽい関係ではないのだから……

 沸々と湧き上がる苛立ちから、ぼくは、自分の首に回されていた晴香の腕を外した。

「コレはそういうんじゃない」

 やけに低い声が出たお陰で、彼らも流石にぼくが本気で怒っているのを察したのだろう。

 怒られた犬のように肩を落とした南は、「だってよぉ、オレからのMAINEなんか既読すらつかない事が多いのにさ……待ってましたとばかりにスマホを弄るなんて、お前らしくないし……」と唇を尖らせる。

「だって君の場合は“何してる?”“暇?”“寝てる?”っていうスタンプしか送ってこないじゃないか」

 呆れたように言えば、「うっ」と口を閉ざしてばつの悪そうな顔をした。

 彼が押し黙ると、口を横にギュッと引き、何か言いたそうな目をぼくに向けていた晴香が何か喋り出そうとした時、再びぼくのスマホからポコポコッと軽快かつ、間抜な着信音が響いた。

 二人の視線がぼくの掌の中に集中する。

 そういえば、ぼくはまだ彼女に返事すらしていない。

 既読がついたにも関わらずスタンプ一つも送らないぼくに対して、痺れをきらしたのだろう。

 彼女のことだ。

 きっとまた変なスタンプを送りつけているに違いない。

 画面を操作しMAINEを開くと、やはり彼女からの通知が来ていた。

「なによっ! 鼻の下なんか伸ばしちゃって……みのるんのバカッ!」

「あ、おい! 小日向っ」

 顔を真っ赤にさせ、いきなり教室から飛び出していった晴香の後を、焦ったように追いかけていった。

「なんだ、そういう関係だったのか」

よくよく考えてみれば、南と晴香は一緒にいることが多いような気がしないでもない。

 南がぼくに付き纏うのは、付き合っている彼女の兄的存在と仲良くしたいという気持ちから――いいや、違うか。

幼馴染というのは、家族以外での一番近しい赤の他人だ。

同性ならいいが、自分の彼女がやたらと懐いている相手が異性であるぼくでは、彼だって面白くはないはず。

 何の接点もないぼくに、やたらと絡んでくる理由はけん制の意味も含んでいたのだとすれば合点がいく。

「自分が恋愛しているからって、ぼくまで誰かに色ボケしていると勘違いするだなんて。晴香はやっぱり単純馬鹿だな」

 ぼくが女性に骨抜きにされ、ボロボロになって捨てられるのを心配する晴香には悪いが、それはいらぬ心配だ。

 裏表がなく、頭で考えるよりも先に、感じたまま、欲求のままに行動してしまう彼女が、人を陥れたり、騙したりするような人ではないことを、晴香も彼女と一度でも会話をすれば直ぐに分かる。

 スマホをタップして彼女からのMAINEを確認し、ぼくは思わず笑ってしまった。

 そこには先程と同じ不気味なクマが両手を上げて襲い掛かるような格好をしながら、「はよっ! はよっ! はよっ!」としゃがれた声で急かしている。

「このスタンプのチョイス。ほんと、センスがあるんだか無いんだか……って、ぼくはどこへ行けばいいんだ?」

 素朴な疑問をそのまま打ち込み送信すると、すぐに既読がついた。

 けれど、返事は“まさか”と思うようなところから飛んできた。

「おーい! ここだ! ここだぞーっ! 早く下りてこーい!」

 締め切った窓の向こうから聞こえる声に、ぼくは「嘘だろ」と呟いた。

 幻聴かと自分の耳を疑ったが、そうではないことぐらいぼくには分かっていた。

 驚き、窓ガラスに頭突きを食らわせる勢いで外を見れば、校門付近から校舎こちらにむかって大きく手を振る彼女の姿。

 昨日と違うのは制服ではなく、私服だということ。

 この学校の生徒ではないことは一目瞭然。

 校庭で部活をしている生徒や教師、そして校門を通り過ぎていく生徒達の視線を集めていた。

 ぼくははっきり言って、勉強以外で目立つようなことはしたくないし、あんなに注目されている彼女の元に近付く勇気はない。

 未だに大きな声で「おーいおーい」と騒いでいる彼女を見て、ぼくはこれ以上、ここに隠れているわけにはいかないと悟った。

「東に数十メートル歩くと信号機がある。そこを右に曲がって、真っ直ぐ進むと公園があるからソコにいて。すぐに行く」

 急いでMAINEに打ち込んだメッセージを、心底疲れたような息を吐き出すと同時に送信したのだった。



 彼女から連絡が来たのは、終礼が終わった直後だった。

 どこかで監視でもしていたんじゃないかと思うほどのタイミングの良さにびっくりしつつも、ぼくはスマートフォンの画面をタップする。

 通知が来ていたのは、メールでも電話でもなく、スマホを活用している日本人であれば、殆どの人が使っているであろうSNSソーシャルネットワーキングサービスアプリのMAINEメインだ。

 アプリを起動させると、可愛いとは口が裂けても言えないような不気味なクマのスタンプが貼られていた。

「なんだこれ」

 喋るタイプのスタンプのようだ。

 クマの顔をタップすると、これまた可愛くないダミ声で、『早く出て来いやゴルァッ!』と叫ばれた。

 幸い音量は小さめに設定してあるので驚くことはなかった。

 だが、ぼくは周囲からは品行方正、堅物、がり勉で通っている。

 近くにいたクラスメイトは口の悪い厳つい声がぼくのスマホから飛び出しただけで、奇妙なものを見たという目で二度見していた。

「出て来いって……あのコ、どこにいるんだよ」

 眉根を寄せてスマホと睨めっこしていると、長い腕が後ろから首に巻き付けられた。

「おーい葉山~。なぁ~にニヤニヤしてんだよ? もしかして女でも出来た?」

「え? うそ! 騙されてない? 大丈夫? みのるんってば、真面目こじらせてるから、言い寄られたらすぐにコロリといっちゃいそうだし。うち、心配だよぉ」

 肩越しに背後からスマホを覗き込んできたのは、クラスメイトのみなみ太陽たいよう

 話し方だけでなく、着崩した制服に明るい茶髪といった出で立ちの彼は正直言ってチャラい。

 そして、背後からコバンザメのように引っ付いてきたのは、幼馴染の小日向こひなた晴香はるかだ。

 物心ついた時から金魚のフンのように自分の後ろをついて回ってくる晴香ですら相手するのが面倒くさいのに、南までやたらと絡んでくるようになった。

 趣味も性格も見た目までもが自分とはまるで正反対な彼が、何故ぼくに興味を持っているのかは分からない。

 群れるのが嫌いなぼくとしては正直いい迷惑だ。

「この顔がニヤついているように見えるんなら、南は眼科に行くべきだと思うね。あと、晴香はいい加減、‶みのるん″って呼ぶのを止めてくれないかな」

 冷たく突っぱねるが、彼らにはそんなものは通用しない。

 それどころか、塩対応万歳とばかりに更にぼくをからかう。

「普段スマホなんて無表情で確認するだけなのに、やけに画面に見入ってるしさぁ。それに、‶早く出て来い″ってことはさぁ~、待ち合わせでもしてるんだろ? ぜってぇ女じゃん」

「みのるん、絶対騙されてるって! キャバクラ嬢でゆくゆく店に連れていかれて貢がされたり、宗教の勧誘で壺を売りつけられるかもしれないんだよ!」

 あまり人と関わらず、ポーカーフェイスを貫いているぼくには、いままで一度も浮いた話はない。

 それなのに、いきなり‶女の人″──しかも、知らない女性からのメッセージに驚いたのだろう。

 二人は冷やかしたり、怪しんだりと忙しい。

 ぼくを心配してくれる気持ちは有難いと思わなくもない。

 けれど、それに対して恋だの愛だのといった下世話な勘繰りはやめてもらいたい。

 ぼくと彼女はそんな俗っぽい関係ではないのだから……。

 沸々と湧き上がる苛立ちから、ぼくは、自分の首に回されていた晴香の腕を外した。

「コレはそういうんじゃない」

 やけに低い声が出たお陰で、彼らも流石にぼくが本気で怒っているのを察したのだろう。

 怒られた犬のように肩を落とした南は、「だってよぉ、オレからのMAINEなんか既読すらつかない事が多いのにさ……待ってましたとばかりにスマホを弄るなんて、お前らしくないし……」と唇を尖らせる。

「だって君の場合は‶何してる?″‶暇?″‶寝てる?″っていうスタンプしか送ってこないじゃないか」

 呆れたように言えば、「うっ」と口を閉ざしてばつの悪そうな顔をした。

 彼が押し黙ると、口を横にギュッと引き、何か言いたそうな目をぼくに向けていた晴香が何か喋り出そうとした。

 その時、再びぼくのスマホからポコポコッと軽快かつ、間抜な着信音が響いた。

 二人の視線がぼくの掌の中に集中する。

 そういえば、ぼくはまだ彼女に返事すらしていない。

 既読がついたにも関わらずスタンプ一つも送らないぼくに対して、痺れをきらしたのだろう。

 彼女のことだ。

 きっとまた変なスタンプを送りつけているに違いない。

 画面を操作しMAINEを開くと、やはり彼女からの通知が来ていた。

「なによっ! 鼻の下なんか伸ばしちゃって……みのるんのバカッ!」

「あ、おい! 小日向っ」

 顔を真っ赤にさせ、いきなり教室から飛び出していった晴香の後を、焦ったように追いかけていった。

「なんだ、そういう関係だったのか」

 よくよく考えてみれば、南と晴香は一緒にいることが多いような気がしないでもない。

 南がぼくに付き纏うのは、付き合っている彼女の兄的存在と仲良くしたいという気持ちから――いいや、違うか。

幼馴染というのは、家族以外での一番近しい赤の他人だ。

 同性ならいいが、自分の彼女がやたらと懐いている相手が異性であるぼくでは、彼だって面白くはないはず。

 何の接点もないぼくに、やたらと絡んでくる理由はけん制の意味も含んでいたのだとすれば合点がいく。

「自分が恋愛しているからって、ぼくまで誰かに色ボケしていると勘違いするだなんて。晴香はやっぱり単純馬鹿だな」

 ぼくが女性に骨抜きにされ、ボロボロになって捨てられるのを心配する晴香には悪いが、それはいらぬ心配だ。

 裏表がなく、頭で考えるよりも先に、感じたまま、欲求のままに行動してしまう彼女が、人を陥れたり、騙したりするような人ではないことを、晴香も彼女と一度でも会話をすれば直ぐに分かる。

 スマホをタップして彼女からのMAINEを確認し、ぼくは思わず笑ってしまった。

 そこには先程と同じ不気味なクマが両手を上げて襲い掛かるような格好をしながら、「はよっ! はよっ! はよっ!」としゃがれた声で急かしている。

「このスタンプのチョイス。ほんと、センスがあるんだか無いんだか……って、ぼくはどこへ行けばいいんだ?」

 素朴な疑問をそのまま打ち込み送信すると、すぐに既読がついた。

 けれど、返事は“まさか”と思うようなところから飛んできた。

「おーい! ここだ! ここだぞーっ! 早く下りてこーい!」

 締め切った窓の向こうから聞こえる声に、ぼくは「嘘だろ」と呟いた。

 幻聴かと自分の耳を疑ったが、そうではないことぐらいぼくには分かっていた。

 驚き、窓ガラスに頭突きを食らわせる勢いで外を見れば、校門付近から校舎こちらにむかって大きく手を振る彼女の姿が見える。

 昨日と違うのは制服ではなく、私服でいることぐらいだが、この学校の生徒ではないことは一目瞭然だ。

 校庭で部活をしている生徒や教師、そして校門を通り過ぎていく生徒達の視線を集めていた。

 ぼくははっきり言って、勉強以外で目立つようなことはしたくないし、あんなに注目されている彼女の元に近付く勇気はない。

 未だに大きな声で「おーいおーい」と騒いでいる彼女を見て、ぼくはこれ以上、ここに隠れているわけにはいかないと悟った。

「東に数十メートル歩くと信号機がある。そこを右に曲がって、真っ直ぐ進むと公園があるからソコにいて。すぐに行く」

 急いでMAINEに打ち込んだメッセージを、心底疲れたような息を吐き出すと同時に送信した。


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