18歳 4月
大学の入学式を終えた脚で、僕はそのままバイト先へと向かった。駅前にあるコーヒーチェーン。そのチェーン自体は全国区の有名店だけれど、僕がバイトしている店舗は狭いテナントで無理矢理出店したようなところだから、客入りもそれほど多くないしやることもさして大変じゃない。僕が住んでいる場所から近いのと、時給がそれなりにいいことが決め手だった。
「夕くん、今日もよろしくね」
キッチンに入ると、フロアから声をかけられた。その声の主は、同時期にバイトとして入ってきた早苗さんだった。僕は軽く礼をした。僕と同い年らしい彼女は、十八歳らしい溌剌な笑顔を作っていた。
電車の本数も少なくなり、駅前を歩く人の姿も閑散としてきたところで、今日のシフトが終わった。結局最後までシフトが同じだった早苗さんに挨拶をして帰路につく。暗い夜道を足早に抜けて、僕は玄関のドアを開けた。すると彼女が、零花さんがちょうどシャワーを浴びてきたところだった。
「おかえり」
「ただいま」
彼女はシンプルなパジャマを着て、髪にタオルをあてがっていた。彼女の黒髪は、濡れることで現実離れした艶を纏っている。火照って上気した彼女の頬には軽く紅が差して、彼女の顔つきをより健康的に、そして魅力的に見せていた。
「今日も遅かったね、おつかれ」
彼女は邪気のない笑顔でそう言った。僕はリビングに座り込んで、彼女の顔を仰ぎ見た。
「零花さんも、お仕事お疲れ様です」
「まぁ、まだ新人がやることなんて限られてるけどね。でもやっぱ、東京の通勤ラッシュは大変だよ」
「そればっかりは、地元の方がよかったかもしれないですね」
「それだけだけどね」
僕は立ち上がって伸びをした。明日も大学とバイトがあるし、早く寝る準備をしないといけない。
「もうすぐシャワー浴びる?」
「はい、零花さんは寝ますか?」
「そうだね」
僕らはシャワー室の前で向かい合った。そして自然な動作で、唇を重ねた。シャワー上がりの彼女の唇は、いつもより温度が高かった。シャンプーの甘い香りが濃く香る。僕の腕は自然と彼女の腰に伸びていった。
僕の腕が彼女の身体を抱く寸前、彼女は唇を離した。そして僕の腕を掴み、やさしく握ったあと、僕の方へと押し返した。行き場をなくした僕の腕は力なく垂れ下がった。
「おやすみ」
そう言って彼女は寝室へと行ってしまった。僕はその背中をただ見送った。そして服を脱ぎ、シャワー室へと入る。シャンプーやリンスの香りに混ざって、あの懐かしい黴の匂いを感じたような気がした。
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