17歳 2月

 僕と彼女の出会いに、何か運命的なものがあったわけではなかった。僕らの関係を言い表すならそれは家庭教師とその生徒にすぎない。でもこの出会いは、必然的なものではあったのかもしれない。僕らの父親は職業上の繋がりが強かったから。彼女の父親はこの平泉の街を代表する県議会議員で、僕の父親はこの街ではそこそこ名の知れた旧い地主の家の跡継ぎだった。彼らはともに、千年に亘って平泉に遺り続ける歴史の遺物を大切に保存し続けることをその人生の目的としていた。そしてその目的を果たすために、互いの存在は互いにとって有用だった。地主が遺産保全に多額の援助を出し、県議が遺産の重要性や希少性を世間に訴える。そして彼らは当たり前のように、その役割を彼らの一人息子や一人娘に継がせようとしていた。それだから結局、どんな形であれ僕らは出会っていたのだろう。つまり今のように、地主が息子を地元の国立大に入れるために、その大学に通っている県議の娘を家庭教師としてあてがうことがなかったとしても。そして僕らはどんな形であれ、今のように秘密を隠し持った共犯関係になっていたはずだ。

「例えば私は、古代の宝物を守るシステムについて考えるの」

 零花レイカさんが僕の家庭教師を始めて最初の授業で、彼女が突然言った言葉を、今でも鮮明に覚えている。その日は僕の自室が教室になっていた。この家庭教師の授業は週に一回、僕と彼女のどちらかの家で――それは僕らの父親がどちらの家で会合を行うかによって決められる――行われる。

「インディー・ジョーンズに出てくるみたいな罠ってことですか?」

「そう。矢が飛んできたり床が落ちたり、あるいは石像が動き出したりね」

 彼女は薄く笑ってそう言った。その笑顔と目が合って、僕は思わず視線を逸らした。至近距離に座る年上の美しい女性に、僕は終始落ち着かなかった。そもそも僕の部屋に女性が入ってくることなんて今までなかったのだ。そんな僕のこともお構いなしに、彼女は言葉を続けた。

「もしも人類が滅んだとして、その宝物とシステムは変わらず遺り続けたとしたら、それはとても悲しいことなんじゃないかと思う」

「それ?」

「システムがずっと、宝を守り続けること。もう宝の価値がわかる人なんていないのに、それでも宝を守り続けるだなんて虚しいよ」

「価値っていうのは、それを観測する人がいないと成り立たないようなものではないんじゃないですか」

「本当に?」

 その冷たい声音に、僕は顔を上げた。澄んだ彼女の瞳がじっとこちらを見ていた。僕はまた視線を外したくなったけれど、そうするのは何だかフェアでないような気がした。僕は彼女の目を見つめ返しながら「一般的には」と付け加えた。彼女は猫のように目を細めた。

「一般的にはね。でも私はそうは思わない。そもそも、本当の価値なんて誰がわかるのかな。宝物を守るだけの冷たい人生に値するような価値を、誰が保証してくれるのかな」

 彼女はそう言った。そこには少しだけ彼女の感情が透いて見えるようだった。そしてその感情が理解できたのは、僕もまた、同じようなものを持っていたからだった。

「たぶんそういう悩みは、当事者にしかわからないんだと思います。誇り高い仕事だって賞賛する外野もいると思うけど、それは外野だからそう言えるのであって、誇りで人生が満たされないこともあるっていうのは、当事者しか知らないんだと思う」

 僕はそう言いながら、クラスメイトのことを思った。学校の先生のことを思った。周囲の大人や、この街に訪れる観光客のことを思った。でも僕は彼らのことを口には出さなかった。隣の部屋には、誇りだけで人生が満たされる二人の男がいたから。

 それを聞いて、零花さんは僕の目をじっと見つめた。深海みたいな色をした彼女の瞳に、歪んだ僕の姿が映っていた。彼女に僕の内心をじっくり点検されているような心地がした。

そして彼女はふいに立ち上がった。そして僕に背を向け、窓に向かって歩いた。その日の空は晴れていた。水色の絵の具を薄く広げたような空を背景にして、灰色の山がそびえたっていた。彼女はじっと、その山の頂上を見つめて言った。

「それなら自分で獲得するしかない。なんていうのかな、人生の意味ってものを。黴臭い神殿で宝を守って朽ちるのが嫌なら、自分の脚でそこから脱出するしかないんだと思う。脱出する方法が、必ずあると信じて」

「あるんですかね、そんな方法が」

「私はずっと、それを探している」

 彼女は振り返ってこちらを見た。そして僕らはとても長い間見つめあった。それはあるいは錯覚で、もしかしたらほんの数秒だけだったかもしれない。でも僕らはそのとき、ふたりの間に横たわった空白を通して、色々なことを理解しあったのだと思う。そしてどちらからともなく、クスリと笑った。そのとき、僕らには共犯関係が生まれたのだと思う。その言葉が似合わなければ、僕らはそのときに信念を分かち合える仲間になったのだろう。

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