第3話

引越しのダンボールから生活用品、小説、漫画などを取り分けて分別しする。中でもいちばん大切なのがCrymoREのグッズたち。


中学生の時にコツコツお小遣いを貯めて購入した颯の宝物。それを部屋のあちこちに飾り付けていく。そうして、一時間ほどでメンバーに囲まれた幸せな空間が完成した。


「うし。こんなもんかな。」


引越しの荷物を片付けると十二時を回っていた。いまから何か作るのも面倒だったので、さっきスーパーに行った時に買ったカップ麺で昼食を済ます。


「ご馳走様でした。」


昼食を食べて後片付けをしたら洗濯物を干す。そしてそれが終わったらようやく颯の自由時間。


颯が自分の部屋に行って取ってきたのは、CrymoREのライブDVD。颯はずっと時間が余った時はこれを見て癒しを得ている。


「...はい!はい!」


隣人に迷惑がかからないよう音量と声を抑えながらも、次回ライブに行く時のためにコールの練習は欠かさない。さらに、前よりも画面が大きくなったことで迫力も増した。


しかし、コールの少ない曲の時は画面の前に正座をしてCrymoREの歌を五体に染み渡らせる。


「はぁ〜。やっぱこれ神曲だよなあ。みんなかっこいいし、特に緋依ちゃんなんなのよ。ギャップが凄すぎる。だって普段あんなに可愛いんだよ?どうやったらこんなにかっこよくなれちゃうの?」


もう何回も見たライブ映像のはずなのに、早口の独り言が止まらない。放っておいてたらいつまでも喋っていそうだ。


だが、そこに待ったを掛けたのが、


「ただいまー。颯君居る?」


「義姉ちゃん!?おかえりなさい...」


ドアを開けてひょっこりと顔を覗かせた千紘だった。突然の登場に颯の心臓が跳ねた。そして、どことなく気まずい雰囲気を醸し出す。


「靴はあるのに返事がないからどこに行ったのかと思ってたら、私たちのライブ見てブツブツ言ってたんだね。」


颯は一瞬で顔を赤く染めあげて両手で顔を隠した。その状態のまま話し始めた。


「...帰ってくるの早くないですか?もうちょっと遅いって聞いてましたけど。」


「私もそのつもりだったんだけどね。撮影が順調に行き過ぎて予定よりも大幅に早く思っちゃったんだ。」


「撮影っていうのはファッションモデルみたいなやつですか?」


「そうだよ。今日着た服頂いたんだけど見たい?」


「大丈夫です。」


魅力的な提案ではあったが、丁重にお断りした。


「てっきり見たいですって言うと思ってたんだけど...」


「いや、正直めちゃくちゃ見たいですけど、そういうのは良くないと思うんですよ。義姉ちゃんの載ってる雑誌買って見ないと。僕の服とかはどうでもいいですけどね。」


「せっかく買ったんだったら、少しくらい気を使えば良いのに。」


ファッションには全く興味の無い颯だが、CrymoREが載ってるファッション雑誌は、気が向いたら買ってはいる。

だからと言って服に気を使うかと言われると別問題だ。


あくまでも、CrymoREのメンバーが載ってるから買ってるだけなのだ。いつもメンバーのいるページだけ見て二度と開くことがないのがその証拠。


「それにしてもらそのライブ懐かしい。」


千紘が静止している画面を見て感慨深く呟いた。それもそのはず、これはデビューして二度目の大型ライブだからだ。


「僕はこのライブ行けてないんですけど、なんかみんな楽しそうで良いですよね。」


「確かにこの回は特に楽しかった記憶がある。前回より歌もダンスもレベルが上がってる自覚があったからかな?」


「その辺はよく分かんないですけど、義姉ちゃんが言うならそうなんでしょうね。」


歌やダンスの善し悪しなど颯には分からないが、確かにキレが増してるような気がしなくもない。


「やっぱり、ドームライブはこの観客との一体感が堪らないんだよね。野外も好きだけどね。」


「僕は野外が好きですね。屋内もいいですけど、やっぱり野外だからこそのパフォーマンスがあって楽しい。」


屋内のライブは、年に数度あるのに対し野外ライブは年に一度のだけなのもあるだろう。加えて野外は席の後方にもスペースがあることが多いので、後ろの席でもメンバーをまじかに見ることができるのもいいポイントだ。


他にも、屋内だと水を使ったりは難しいが野外だと簡単になる。颯に刺さった部分はそんな所だろう。


「野外はねえ。天候に左右されるのが。ちょっと嫌なんだよね。」


「ああ、分かります。去年は中止になりましたもんね。あれ悲しかったです。」


「私たちもだよ。あの日のためにすっごい頑張ったのにって肩透かし食らっちゃったから。」


二人の言うように去年の野外ライブは、不幸にも台風の被ってしまい開催困難となって中止になった。その時のファンの嘆きの声もCrymoREの悲しそうな顔も、千紘と颯は鮮明に覚えている。


「颯君は、まだライブのDVD見る予定?」


「そのつもりだったんですけど、義姉ちゃんも帰ってきたしどうしようかなって思ってます。」


「じゃあ、私も一緒に見てもいい?」


「...いいですよ。」


「ちょっと待ってて。」


千紘は荷物を下ろして手を洗いに行った。そして、千紘が戻って来ると続きを再生した。


「ここのダンス難しくて、これまで成功率は十パーセントくらいだったんだけど、本番で一番綺麗に揃って気持ちよかった。」


それを言われても、颯に浮かぶ感情は確かに難しそうだなあくらいのものだ。なにせ、手も足も早く動きすぎて何をやっているか理解が追いついていないのだ。


「裏話なんだけど舞台袖にちょっとした段差があるの。そしたら、緋依がそれにつまづいてちょっと出遅れるんだよね。見てて。」


言われた通り緋依が出てくるところを凝視すると、確かに他のメンバーよりも出遅れている。


「ほんとだ。全然気づかなかったです。」


颯が言うと、千紘は自慢気にふふふと笑った。


少々、画面に写っている人と同じ映像を見ることに違和感はあったが、千紘が都度解説と思い出を語っていたので、楽しい鑑賞会になった。


「ちょっと今から夕飯つくるんで待っててください。」


ライブの鑑賞会が終わった頃にはいい時間になってたので台所に向かって、料理を作り始める。


「手伝うよ。」


「疲れてるでしょうし、大丈夫です。ゆっくりしててください。」


「分かった。何かあったら言ってね。」


仕事から帰ってきた人を働かせるわけにもいかないと、千紘の申し出を断った。千紘は、こういう時食い下がることが多いので、今回もそうなるかと思ったがそんなことは無かった。やはり疲れているのだろう。


たまに話しかけてくる千紘と話す時以外は黙々と料理を作る。そして、十八時半頃に料理が完成した。


「できましたよ。麻婆豆腐です。」


机に麻婆豆腐とサラダとご飯を並べて椅子に座る。


「いただきます。」


颯と千紘が同じタイミングで言って、麻婆豆腐に手をつける。


「ピリッとして美味しい。ちょうど好きなくらいの辛さだよ。」


「良かったです。」


千紘に作った料理を美味しいと言って貰える。颯君にとってこれほど嬉しいことはないだろう。


「僕、明日バイトがあるので手抜きになりそうです。」


少し、申し訳なく言う。


「全然良いよ。というか、バイト辞めたっていいんだよ。お小遣いなら私があげるからさ。結構稼いでるんだよ。」


千紘が稼いでることを知らない人はいないだろう。周知の事実だと言っていい。


「稼いでるのは知ってますけど、バイトは続けます。ただ

、頻度は減らそうかと。」


「それがいいね。金銭で困ったことがあったら言ってね。いくらでも貸したげる。」


「何があっても借りません!」


例え金銭に困ったとしても、義姉のお金を頼ってしまっては終わりだ。千紘はこういうことを平気な顔して言うので、焦るのはいつも颯だ。


「私も帰るのは遅くなりそうだから帰る時は連絡するね。」


「分かりました。迎えに行きましょうか?」


「うーん。もしかするとお願いすることになるかも。」


「分かりました。」


明日の擦り合わせをして再び夕飯を食べ進めた。

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人気アイドルが義姉になった。そして、同居がスタートした。 浅木 唯 @asagi_yui

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