第20話【しっくり来たんだよね】

 小豆島二日目の朝は、せみの大合唱と共に始まった。


「おはよ〜。玲、桜ちゃ~ん」


「おはよぉ」


「おはざいますぅ……むにゃむにゃ」


「おい、桜起きろ」


「わーってるよぉ」


「みんな、おはよう。朝ごはんの支度出来てるから、顔洗って歯磨きしたらダイニングに来てや」


「はーい」




 朝食後は、オリーブ畑の手入れや、野菜の収穫の手伝いをする予定になっていた。


 銀仁朗は、人目を避ける必要があるし、そもそも戦力になれそうにないので、家で留守番をすることになった。その間、ジュンガを極める為の修行をすると意気込んでいた。


「ねぇ、じぃじ」


「なんや麻美?」


「野菜畑では、今何が収穫できるの?」


「今はトマト、ナス、きゅうりやこーが大きくなっとるけん、その収穫の手伝いをしてもらおうと思うとるで」


「夏野菜だね~」


「そや。夜はそれらでカレーでもこしらえようかと思っとるけぇ、気張ってな」


「やたー。桜、カレーが一番好き!」


「そりゃえかった」


「お役に立てるか分かりませんが、頑張ってみます」


「おう、玲ちゃんも頼りにしとるで。今日も暑いけん、えらぁなったら無理せず休むんやで」


「よ~し、今日は夏野菜収穫祭りじゃ~!」


 麻美の掛け声に、姉妹は「おー!」という大きな声と、満面の笑みで呼応した。




 農園は、母屋から徒歩で五分ほどの場所にあった。近くには小川が流れ、瀬戸内海からの潮風が爽やかに吹きつけており、真夏ではあったが、都会よりも涼しく感じた。


「なんか涼しいね~」


「うん、風が気持ち良い」


「まずはトマトとナスがこっちにあるけぇ、こっから収穫してこーか」


「じぃじ、どれを採ったら良いとかある~?」


「そやのぉ。トマトもナスも、実がパンっと張っていて色が濃いやつが食べ頃やけん、それを見繕みつくろってくれるか?」


「オッケ~。ちなみに野菜とかも売り物?」


「ここにある野菜は、基本的には儂らで食べる用やけぇ、殆ど売りには出さんよ。沢山採れ過ぎた時だけ近くの道の駅に置かせてもらいよるけんどな」


「そうなんだ~。じゃあ食べ放題ってことだね!」


「がっはっはー。そうじゃな。いくらでも食べよし」




 こうして始まった夏野菜の収穫祭は、一時間も経たない内に、たわわに実ったトマトとナスでカゴがいっぱいになった。


「こっちはこれくらいでいいけん、次はオリーブ畑に行こうか」


「じいちゃん、俺きゅうり採ってくるわ」


「おぉ忘れとったわ。すまんがそっちは遼に任せてええか」


「大丈夫。んじゃ麻美達の面倒宜しく」


「あいよ。オリーブ畑はここより少し坂を上がった場所にあるけん、ちょいと歩くぞ」


 オリーブ畑に向かう道すがら、麻美は小豆島に関する疑問を和昌に尋ねた。


「ねぇじぃじ。そういや何で小豆島はオリーブ栽培が盛んなの?」


「小豆島には、約六万本のオリーブが栽培されとるんよ。何故小豆島でオリーブの栽培が盛んになったか言うと、小豆島の気候がオリーブの原産地である地中海沿岸と同じような気候なんじゃと。やけん、オリーブを栽培するんに、ここいらの気候が適しとるんや。因みに儂のオリーブ畑では、約千本のオリーブを育てとるで」


「はぇ~千本も! じぃじはそれを一人で管理してるの?」


「収穫で忙しぃなる時期には、手伝いで来てくれるパートさんもおるよ。まだその時期やないけぇ、今は儂一人で管理しょーる」


「和昌じいちゃん凄いね! で、桜達は何したらいいのかなー?」


「水やりの手伝いをしてくれると助かるんやが、やってくれるかい?」


「はぁーい、喜んで!」


「日差しが強くなってきたけん、水遊びがてらいっぱい水撒いてーてー」


「わーい、めっちゃ楽しそうなお手伝いだー」


「玲、水かけ合いっこしよ~よ!」


「うん、いいよ」




 三人は、手分けして千本近いオリーブの木に水を与えていった。その作業を終えると、休む間もなく水かけ合戦の火蓋が切って落とされた。


「うっしゃ~、二人ともびっしゃびしゃにしたるで~」


「麻美、臨む所だよ!」


「私年下だから、お姉ちゃん達手加減してくれるよ……ね?」


「今更可愛こぶったって無駄だよ桜」


「ぎゃー、お姉ちゃんのいけずー」


「よそ見してちゃいかんよ玲さ~ん」


「うわっ。やったな麻美!」


 三人は、ビショビショになりながらも、絶えず笑顔ではしゃぎ回っていた。ホースから放たれた水は、真夏の太陽の光を反射し、キラキラとまばゆい光を発していた。その情景は、さながら清涼飲料水のCM撮影現場のような爽やかな雰囲気を醸し出していた。




「おーい、そろそろお昼に——」


 お昼時になり、三人を呼び戻しに来た和昌の顔面に、不意に振り向いた麻美のホースの水が見事にヒットした。


「あっ、じぃじ! ごめん、じぃじに水かけちゃった……」


「うひゃ~、びちゃびちゃじゃ~。まぁ、ちょうど汗もかいとったし、ちょうどええわ。がっはっはー」


「わ、わざとじゃないからね!」


「ええよー。それより、今日の作業が終わったけん、お昼にしょーか」


「桜、お腹ペコペコー」


「いっぱい頑張ってくれたけんね。お昼は小豆島特産の素麺やけん、美味いけぇいっぱい食べや」


「めっちゃ暑かったから、ちょうど冷たい物食べたかったんだよね~。嬉し~い」


「さっきご近所さんと、孫が来とるんや言う話しよったら、でぇれぇ大きいスイカを頂いたけん、それも後で食べような!」


「あ、桜あれやりたい! スイカ割り」


「桜ちゃん、ナイスアイデア!」


「スイカ割りとか、めっちゃ夏っぽいね。テレビでやってるのしか見たこと無いから、私もやってみたいかも」


「儂もやったことないのぉ。遼にお願いして準備してもらおうかの。がっはっはー」


「じぃじも兄ちゃん遣いが荒くなってきてるのウケるんだけど~」




「みんなお帰り。お昼ご飯出来てるから、手洗ってき」


「あんがと、兄ちゃん。大好き!」


「は……はぇ⁈」


「めっちゃ動揺してる兄ちゃん草だな~。あははは~」


「な、何やねん! 要らん事言うとらんと、早よ洗って来い!」


じゃなくて、でしょ。まだ動揺してる兄ちゃん可愛い~」


「う、うるせぇ」




 ダイニングには、大きな桶の中に綺麗に盛り付けられた素麺が用意されていた。遼が一足先に畑から戻り、作っていてくれたようだ。


「わぁ~、めっちゃでっかい桶の中に素麺が入ってるね!」


「お店で食べるやつみたい! 氷も入ってて涼しげだね。ありがとうございます遼君」


「ただ茹でただけやで。あと、さっき採ってきたキュウリで作った浅漬けも食べてみて。めっちゃ旨いから!」


「儂お手製の味噌付けて食べても美味いけぇ、良かったらどうぞ」


「小豆島三昧だね~。んじゃ頂きま~す」


「あ、お姉ちゃん! お素麵はフーフーしなくても大丈夫だかんねー」


「分かってるわよっ!」


 いつぞやの恥ずかしい振る舞いを蒸し返され、ブチ切れる玲であった。




「ふ~、食った食った~。やっぱ採れたては違うね~。新鮮さがハンパなかったわ」


「食い終わってすぐであれやが、スイカ割りの準備出来てるけど、もうやるか?」


「遼君、スイカ割りって何や?」


「スイカ割りってのは、スイカを地面に置いて、それを目隠しした状態で頑張って割りに行く遊びやな」


「話だけやと、それの何が面白いんか、いつもながらに分からんなぁ。でもやってみたら面白いんやろな。やろ、早よやろ!」


「OK! んじゃ外に出ようか」




 庭には、ビニールシートの上に大きなスイカがドンと置かれていた。そのサイズ感に姉妹は驚いた。


「わー、おっきなスイカ! 美味しそぉー」


「近所のスーパーじゃ見かけない大きさだね」


「そやなぁ。田舎ならではかもな。んじゃ銀ちゃん、最初にやってみるか?」


「是非ともお願いします」


「スイカ叩く用の木刀用意してたけど、銀ちゃんには大き過ぎるなぁ……」


「このゴムハンマーじゃったら、ちょうどええんちゃうか」


 銀仁朗の為に、和昌が丁度いいサイズの物を探してくれていたようだ。


「じいちゃん、それバッチリやわ。ちょっと洗ってくるな」


「遼君は優しいなぁ。何も言わんと色々やってくれよる」


「兄ちゃんは昔っから世話焼きさんだからね~。いつも周りに気を遣って、率先して動いてくれるんだよ~。でも全然彼女出来ないんだよね~。不思議だわ~」


「男はな、優しいだけやあかんねん。時にはオスとしての力強さをメスにアピール出来へんとモテへんねやで」


「銀ちゃん、是非兄ちゃんにそれを直接言ってやってくれ!」


「がっはっはー。銀仁朗君はぶち面白れぇやっちゃなぁ。色恋沙汰いろこいざたの事まで熟知しちょるとは。もんげぇたまげたわい」


「お待たせ……って、何や皆して笑って?」


「兄ちゃん、あとで銀仁朗先生から色々とアドバイス貰うんだよ~」


「は? 何のアドバイスや?」


「遼君。後でオス同士、色々と語り合おうか」


「えっ、あ、はい、お願いします(三度目やな……)」


「冗談はここまでにして、お待ちかねのスイカ割りや。遼君、改めてルール教えてんか」


「はいはい。今から銀ちゃんに目隠しをします。そして、その場で十回グルグル廻ってもらいます。それが終わったら、向こうにあるスイカ目がけて歩いて行って、見事スイカを叩き割れたら成功ってルールやで」


「いつもながらに単純明快なルールやな。ほいじゃあ、目隠しの準備宜しゅうに」


「はいよ。これでどうや? 緩かったり、痛かったりせんか?」


「大丈夫や。んじゃ、ここで十回グルグルすんねんな。ほないくでー」


「桜が数えてあげるねぇ。いくよー。いーち、にーい、さーん……じゅう!」


「よっしゃ、スイカ目がけて……って、あ、あれ、あれあれあれぇ~」


 銀仁朗は、目が回るという現象を体験するのが初めてだったようで、漫画やアニメの描写で見る様な、典型的な千鳥足になっていた。


「銀ちゃん、そっちじゃないよ。もっと右だよ」


「わ、わ、分かっとるけど、あ、足が、真っ直ぐいかへんねん。何やこれ~」


「え、もしかして銀ちゃん、目回った事ないんじゃね?」


「麻美~。目回るって何や~? どういう状態の事や~、あれ~」


「今の状態の事だよ~。あはははっ」


 銀仁朗の想像以上の千鳥足っぷりに、全員がゲラゲラと笑い出した。


「あはははー。銀ちゃん、が、頑張ってー、ふふっ」


「玲! 笑っとらんと、どっち行けば良いかちゃんと言わんかい!」


「あははっ、そ、そだったね。右だよ右。さっきからずっと左の方ばっかに進んでるよ」


「体が勝手にそっち行ってまうんやから仕方ないやろがい!」


「あ、でももう少しだよ。もう少し進んで、もうちょっと右に行ければ……そうそう、いい感じ!」


「こ、こっちか……はぁはぁ。何でや、何かめっちゃ疲れるぞ」


「銀ちゃん頑張ってー。もう少し。あと二、三歩前進んでー。もうちょい右……いや、行き過ぎたよー、下がってー」


「銀ちゃん、ストップ~。オッケー、そこでハンマーでドッカーンって叩いちゃいな~」


「ほないくでー。とりゃー」


 おもむろに振り下ろされたゴムハンマーは、スイカから大きく逸れ、ビニールシート上をドンッと叩いた。


「……めっちゃスカったね~」


「うわぁ、見事な空振りやったな」


「がっはっはー」


「銀ちゃん、もう目隠し取って良いよぉー」


「うわぁ、全然当たってへんやんけ。何でやねん!」


 玲は、銀仁朗の目隠しを取るのを手伝いながら、初めてのスイカ割りの感想を聞いた。


「初めてのスイカ割り体験はどうだった?」


「めっちゃフラフラなったわ。さらに目隠ししとるから、方向感覚分からんよぉなって、全然上手いこと行かんかったなぁ。でも、オモロかった」


「銀ちゃん、もっかいやりますか~?」


「いや、たぶんやけど、これはやってる人をはたから見てるのが一番面白いんとちゃうかと思ったんやが」


「す、鋭いね……。流石銀ちゃんだわ~」


「じゃあ、次は桜やりたーい」


「いよ~。じゃあ、兄ちゃん、準備シクヨロ」


「へーい」




 桜の挑戦は、銀仁朗よりも壮大な空振りで幕を閉じ、聴衆からは大きな笑い声が沸き上がった。続いて麻美もチャレンジしてみたが、スイカを捉えはしたものの、かすめる程度で割るまでには至らなかった。


「あ~当たったのに割れなかったわ~。次、玲やってみる?」


「うん、頑張ってみる!」


「玲、気楽に行きや」


「ありがと、銀ちゃん」


「じゃあ、数えてあげるね~。い~ち、に~い、さ~ん……じゅ~う。って、あれ?  玲、全然目回って無いくない?」


「うん、何か全然大丈夫。このまま真っ直ぐで良い?」


「お姉ちゃん、そのまま十歩くらい進んで」


「わかった。一・二・三……十。ここで行けそう?」


「ちょい左にずれたから、少しだけ右向いて~、よしバッチリ!」


「じゃ、じゃあ行くよ。せーの!」


 水分をたっぷりとたくわえたスイカは、玲の振り下した木刀により、パカーンと綺麗な音を発しながら真っ二つになった。手ごたえを感じた玲は、自らで目隠しを取ると、美味しそうに赤く色付いたスイカの果肉を眼下に捉えた。


「や、やった! めっちゃ気持ちいい!」


「やったねーお姉ちゃん! 真っ二つだよ、スゲー」


「玲……。前世は武士か何かだったんじゃね⁈」


「なんか、木刀握った時からしっくり来たんだよね。それで行けるかもって思ったら、本当に上手に出来ちゃった。嬉しい!」


「玲、凄いなぁ! やるやないか」


「銀ちゃんやったよ! 銀ちゃんの言う通り、気楽にいったら出来たよ。有難う」


「礼を言われる事はしとらんで。玲が頑張った結果や。なぁ遼君、この割れたスイカはもちろん食べるんよな?」


「当然。じゃあ、ちょっと食べやすい様に切ってくるから、みんなは手を洗って、大広間のテーブルを動かしておいてくれるか?」


「りょ~かい!」


「わしも食べてええか⁉」


 銀仁朗からの懇願を、桜が両手でバツ印を作って否定した。


「銀ちゃんは駄目だよー。旅行行く前に博士先生にお話ししたら、旅行中はいつものユーカリしか食べちゃ駄目って言われてるからねー」


「なんでやぁ……」


「いつもと違う物を食べて、お腹壊したり戻したりしたら対処できないからってさー」


「それもそうやなぁ……しょぼん」


「がっはっはー。スイカは三玉もらったけん、一玉ずつ土産に持って帰ればええが」


「マジか⁉ ほな、帰ってから有難く頂くことにするわ。楽しみが増えたわぁ」


「どうぞどうぞ。頂いた方には、孫たちが喜んで食べとったと礼を伝えておくけんな」


「宜しくお伝え頼んます」




 スイカ割りを楽しみ、スイカ自体の甘味にも舌鼓を打った玲達は、朝からの慣れない農作業などで疲れ切っていたようで、大広間で横になると、一瞬で睡魔に襲われ、皆で仲良くお昼寝タイムとなった。

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