第19話【成長の兆し】

 UMO大会が始まってから小一時間ほど経った頃、遼が何かを抱えて大広間にやってきた。

「これ見つけたんやけど、やるか?」

「あ、ジュンガだ! 昔、兄ちゃんとよくやってたやつだね~」

「銀ちゃんが遊ぶん好きや言うてたん思い出してな。探してみたら出てきたわ」


「そや、遼君。野球ボードのお礼まだ言うてへんかったな。ありがとうなぁ。父上とよぅ遊ばせてもろてますわ。おおきにやで」

「喜んでもらえたのならよかった。俺も小さい頃はよくやってたけど、もう遊ばんくなったから、逆に貰ってくれて助かったわ」


「せっかくやし、遼君も一緒に遊ぼうや。そのジュンガとやらの遊び方も教えてほしいしな」

「いや、俺はいいよ」

 そう言って部屋に戻ろうとする遼を、麻美が呼びとめる。

「ちょっと、兄ちゃん! ノリの悪い男子は嫌われるよ~」

「そやで、遼君。麻美の言う通り、付き合い悪い男はモテへんで」

「(人生二度目のコアラからのアドバイス……)えっ、あ、じゃあ……ちょっとだけ付き合おうかな」


「初めっからそうこんとやでぇ」

 遼は、コアラからのダメ出しに苦笑いしながら、手際よくジュンガを積み上げていった。

 あっという間に木製のブロックが理路整然と積み上げられ、ゲームの準備が完了した。

「おおきに、遼君。ほな、さっそくルール教えてくれるか?」

「ルールはめっちゃシンプルで、積み上げたブロックを崩さんように一つずつ抜いていって、その抜いたブロックをまた上に積み上げて行くだけやで」


「なんや単純なルールやの。それだけで楽しんかいなぁ?」

「物は試しや、銀ちゃん」

「せやな。やってみんとわからんもんな。ほなやってみまひょ!」

 桜がにっこり笑顔で、元気よく手を挙げた。

「じゃあ、お手本に、桜が最初にやっていいですかー?」

「おぅ、えぇで。お手並み拝見や」


「じゃいくよー。まずは、このど真ん中のブロックにしようかな! こうやって、指先でツンツンすると……ほら、取れた!」

「なるほど。ほんで、それを上に乗せていくんやな」

「そゆことー。じゃあ次、銀ちゃんやってみる?」

「オッケー任しとき。わしも真ん中いったるでぇ~……っと、ほれイケた!」


「銀ちゃん上手だね~。次はうちがやるね~。うちは、横のブロック取りますよ~っと、はいカンペキ!」

 皆が順調にブロックを取っていく中、少し緊張した面持ちで玲が手を伸ばす。

「じゃ、じゃあ、次は私かな。えっと、じゃあココにして……あっ、ちょっとズレたけど、ギリいけた!」


「お姉ちゃん、下手っぴぃだねー」

「ちょ、ちょっと久々で緊張しただけだし!」

「まぁまぁ、最後は俺の番やな。はい、取れた」

「兄ちゃん、はやっ」

「序盤は楽勝やろ」

 遼の楽勝発言に、一手目でミスをしかけた玲は、少しうつむいてしまった。


「あ、ごめん玲ちゃん」

「兄ちゃんはやっぱデリカシーがないな~。だからモテないんだよ~」

「う、うるせぇ!」

「はいはーい。兄妹喧嘩はそこまでー。桜の二回目やるよぉー。今度は横から取ってみようかなぁ……んー、ここはダメだなぁ。じゃあ、こっちに変えて……よし、取れたー」


「ほな、わしも横取ってみんで。ん、ここも取ったら崩れてまいそうやなぁ。やっぱり真ん中ツンツン作戦で……よっしゃ取れた!」

「やるな~銀ちゃん。うちも、ひょひょいっと。はい、次、玲の番~」

「あ、うん。えーっと……あっ!」

 玲がブロックに触れた瞬間、手元が狂って、塔全体がガラガラと音を立てて崩れてしまった。


「お姉ちゃん、下手過ぎだろ」

「うるさい!」

「うぇっ⁉ そ、そんなに怒らなくたっていいじゃんかー」

「うるさいうるさいっ!」


「あ〜、まぁ、あれだ。玲って昔から手先が不器用だったんだよな~。小学校の図工で彫刻刀使った時は、親指グサっといっちゃったり、家庭科でも、縫い針チクっとやっちゃってたもんな~」

 その痛々しいエピソードに、遼は思わず顔をしかめた。

「聞いてるこっちが痛なるな……」

「私、細かい作業をしようとすると、いつも緊張して、手が震えちゃうんだよ……」

「誰にでも、苦手なことの一つや二つはあるわなぁ」


 フォローするつもりで、桜は玲の普段の様子を暴露し出した。

「お姉ちゃんは、意外とおっちょこちょいだかんねー。前にスクランブルエッグを作ってた時なんて、コンロの火つけてないのに、ずっとフライパンの上で卵かき混ぜてたしー。こないだなんて、お素麺食べようとしたら、冷たいのにフーフーしだしたんだよ!」


「ちょ、あんた! なんでそれ言っちゃうのよ!!」

「えー、だって、そんなお姉ちゃんも可愛いじゃん? 全部完璧な人なんていないんだし、それくらい抜けてる方が、桜は面白くていいと思うけどなぁ」

「桜の言う通りや。完璧を目指すのはええことやけど、気張りすぎると疲れてしまうさかいな。ちょっとしたきずがある方が、人間らしゅうて、わしは好きやで」


「でも、不器用なのって、変えようがないじゃん……」

「せやなぁ。なんでも挑戦して、練習して、苦手を克服する他ないかもやなぁ。苦手やと思いすぎて、体が上手に動いてくれんようになっとるんかもやな」

「それ、あるかも……」

「どんなことでも、自分ならやれると思ってやってみなはれ。そしたら、意外とあっさりできたりするもんやで。気楽に行きまひょ」


「……わかった。あの、もう一回ジュンガやってみてもいいかな?」

「当ったり前じゃ~ん! ささ、早く用意して下さ~い、兄ちゃん!」

「やっぱりそうなるのね」

「毎度おおきに、遼君」

「へいへい」



「銀ちゃん、ジュンガどうだった~?」

「単純なルールやのに、めっちゃオモロかったなぁ!」

「ほんとそれな~。てか、銀ちゃんが上手すぎて、ちょっと引いたわ~、あはは」

「わしらの手は、人間の手とは形が違うし、ちょいザラザラしとってな、滑り止めの役割しとんねん。木に登りやすくする為の進化やろな。それがジュンガ攻略に上手いこと活かされたわ」


「へぇ~。ちょい触ってみてもいい?」

「別にええで」

「んじゃ、失礼しま~す。お、おぉ~。確かにザラザラしてる~。しかも意外とゴツゴツしてんだね~」

「木をしっかり掴んで落ちひんよぉにせなあかんからな。わしらコアラは、割と握力あるんやで」


「ギャップ萌えだね~」

「こんなん、動物園行っても知れなかったやろな。俺ら、ほんま貴重な体験してるんやなって改めて感じたわ」

「せやろぉ、有難いやろ~。もっとわしをあがめてもらってもええんやでぇ」

 銀仁朗は、ふざけて菩薩ぼさつの様なポーズを決めてみせた。それを見た玲が、いつものテンションでツッコミを入れた。


「あ、そう言うの結構です」

「うわっ、出た! お得意のさげすみ顔」

「……ぷっ、ぷぷ、あははははっ」

「な、なんやねん、急に笑い出して。逆に怖いがな!」

「ううん、なんでもない」

「気になるがな! なんやねん、もぉ」


「ふふっ……銀ちゃん、ありがとね」

「なんの話や?」

「なーんでも♪」

 玲は、銀仁朗のさりげない言葉に救われた気がしていた。ずっと『不器用』というレッテルに縛られていた自分が、少しだけ楽になれたからだ。いつもより楽しくみんなと笑い合いながら過ごせた時間が、思っていた以上に嬉しかったのだ。その笑顔は、どこか吹っ切れたように晴れやかだった。


「おっと、気づいたらもうこんな時間か。明日も早いし、そろそろ寝よか」

「そだね~。あ、兄ちゃん。付き合ってくれてありがとね~」

「おう。んじゃおやすみ」

「おやすみなさ~い」



 遼が大広間を後にしてほどなく、麻美と桜はすやすやと寝息を立て始めた。長旅の疲れもあって、布団に入るとすぐに夢の中だった。

 一方で、玲はまだ少しだけ目が冴えていた。ジュンガ大会のときの出来事が、頭の中をふわふわと巡っていたからだ。


 玲は昔から手先が不器用で、ちょっとした作業で失敗を重ねることが多かった。そのせいで、細かいことに対する苦手意識は強まり、さらに手が震えてしまう。そんな悪循環に、長く悩まされていた。

 けれど今日、銀仁朗の言葉で『気楽に挑戦する』ことの大切さに気づけた気がする。

 完璧じゃなくてもいい。失敗しても、またやり直せばいい。

 それは傍から見れば小さな一歩だったかもしれないが、玲にとっては、とても大きな一歩となっていた。


 子どもの成長と、ジュンガには共通する点がある。

 どちらも、課題を一つ一つクリアしていき、それを経験として積み重ねていくことで、少しずつ大きくなっていくのだ。


「明日からも、いろんなことに挑戦してみよう——」

 玲はそっとまぶたを閉じながら、そう心に誓った。

 静かな夜の中、玲の胸の奥には、ほんのりとあたたかい光が灯っていた。

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