第18話【ルームツアー】

 玲に促され、家の中へ戻った三人と一匹は、麻美を先頭にルームツアーを開始した。

「は~い。じゃあ改めてルームツアー始めま~す。まずは玄関から行きますよ~。さて、ここにあります、えらくゴツゴツした紫の石は、アメジストという宝石らしいで~す。魔除けの効果があるって、じぃじが言ってました~」


「すごい大きさだね」

「桜、これと同じやつ科学館で見た気がする。普通の家にあるとかスゲー」

「触ると痛いから触らないように……って、言ってるそばから桜ちゃん!」


 桜は、アメジストに手を触れようとしていたが、寸前で麻美に制止された。その瞬間、桜の危機察知アンテナがビビビッと反応した。恐る恐る玲の顔をのぞき込むと、やはり般若の如き形相で睨まれていたので、口笛を吹いて(吹けてないが)誤魔化した。


「あ、いやぁ、そのぉ……。フュ、フュッフュ~」

「アンタ、次いらん事しようとしたら、コンテナ船にぶち込んで家に強制送還すんぞ」

「す、すんませんっ。大人しくしておきまする~」


 恐怖におののいた桜は、何故か語尾が武士のようになっていた。

 銀仁朗は、そんな二人の様子を見て、玲を本気で怒らせると、命の危険が生じる予感がして、悪寒が走った。


「こ、怖っ……ブルルッ」

「き、気を取り直して、次の場所に行こうかなぁ~」

「ホントごめんね。お願いします」

「じゃあ、次はこっち。じゃ~ん、大広間で~す。上をご覧くださ~い。この、欄、欄なんちゃら。え~っと何だっけ?」


「欄干? 欄間? どっちだっけ。分かる銀ちゃん?」

「欄間やろ。欄干は橋とかにあるやつや」

「はぇ~。ほんと銀ちゃん賢いね~。下手したらうちらより賢いかも。あははっ」

「麻美。それは笑えん。人間としての沽券を失うよ」


「わし、計算とかはさっぱりやで。記憶力が少しええだけや。せやから安心せぇ」

「お、おぅ……だってよ、玲」

「私たちも、もっと勉強しなくちゃだね……」

「桜、銀ちゃんにお勉強教えて貰おうかなぁー」

「いいんじゃない。良い家庭教師が見つかったね」


「え、冗談で言ったんだが……。まぁ、それも有りかもしんないねー。銀ちゃん、勉強で何教えられるー?」

「わしが桜に勉強教えるんかいな? 昔、オオカミに育てられた人間がおったらしいんやけど、その人間はオオカミみたいになってもぉたらしいぞ。この論理でいくと、桜はコアラ化してまうやもしれんで」


「桜がコアラになってしまうだと……最高じゃねーか!」

「コアラになったら、毎日ぐうたら生活できるからか? いいんじゃない、アンタには至極お似合いの人生だわ」

「もう! お姉ちゃんったら……図星だよ‼」

「あーはいはい。で、麻美、この欄間がどうしたの?」


「ぎゃはははっ〜! 大原家のコント最高! オモロ過ぎな!! はぁ~、笑い疲れたわ~」

「で、欄間の話の続きを」

「あ、そうそう。この欄間なんだけど、じぃじのお父さんの手作りらしいんだ。うちのひいおじいちゃんだね。なんか、ちょい有名な彫刻家だったらしいよ~。この欄間には、鶴と亀が彫られてて、家が長く繁栄するのを願ってこのデザインにしたんだってさ~」


「桜、いつも疑問に思ってたんだけどさ、亀は長生きするイメージあるけど、鶴ってそこまで長生きじゃない気がするんだよね。なのに、なんで長寿の象徴なのかなぁ?」

「それはな、鶴は渡り鳥なんやけど、毎年同じ場所に戻ってくる習性があるんやて。人には一羽一羽の違いなんて分からへんから、毎年同じ鶴が同じ場所に戻ってきとると思ってたんやろな。で、めっちゃ長く生き続けてると勝手に思われたんや。実際、鶴の寿命は二~三十年と言われてるで」


 銀仁朗の蘊蓄うんちくを聞き、桜が呆然とした表情で呟く。

「……やっぱ桜、今日から銀ちゃんのこと先生って呼ぶことにしようかな」

「やめい。全部大川のおっちゃんの受け売りや。わしが賢いんとちゃう」

「おーい二人とも〜、次の部屋行くよ~」

「はぁーい」


「次はこっち! うちのママの部屋だった所で~す」

「ピアノがあるね。麻美のお母さんってピアノ弾けるんだ!」

「ちょびっとね~。うちも小さい頃、ママの影響でピアノ習ってたんだけど、そっちの才能は皆無だったぜ! そういや玲は、六年の時の音楽会でピアノの伴奏してたよね。久々に弾いてみてよ~」


「無理だよ。もう忘れちゃった」

「じゃあ桜が弾くー」

「またあんたは出しゃばってからに」

「いいよいいよ~。桜ちゃんは今ピアノ習ってるの?」

「そだよー。今『アラベスク』の練習してるから、それ弾いてあげるねー」


「アラベスク……。知らんけど、難しそうな曲名だね~」

「麻美も聞いたら分かるかもよ。私も二年前のピアノの発表会で弾いたんだけど、中々難しい曲だったね」

「じゃ、いくよー」


 桜は、アラベスクをつたないながらも、最後まで弾き終えた。

「巧いね~、桜ちゃん! そんだけ弾けたら大したもんだよ~」

「リズムとかはまだまだだけどね。まぁまぁじゃない」

「お姉ちゃんも、麻美ちゃんみたく褒めてよー。桜は褒められて伸びるタイプだよ!」


「あんたは、褒めると鼻ばっか伸びるタイプだから、私は簡単には褒めませんよー」

「ヒドいなぁ、お姉ちゃんは。桜はピノキオじゃないってのー」

 いつもの姉妹喧嘩が始まったので、やれやれという表情を浮かべながら銀仁朗が仲裁をしようと、話に割って入ってきた。

「なぁ、わしもピアノやってみてええか?」


 突然の立候補に、玲は驚きを隠し得ない表情で質問した。

「銀ちゃん……。もしかして、ピアノまで弾けちゃうの⁈」

「いや、やったことないで」

「だ、だよねー。じゃあ、私と一緒にやってみようか」

「おう、よろしく頼むわ」


 玲は椅子に腰掛けると、膝の上に銀仁朗を乗せてあげた。

「これで鍵盤に届くかな?」

「おお、バッチシや」

「じゃあ、まずここを押してみて」


 玲は、銀仁朗に『ド』の鍵盤の場所を教え、そこを押してみるように促した。すると、部屋に『ドー♪』とやや低い音が鳴り響いた。

「この音が『ド』だよ。じゃあ、次は右側の鍵盤を、順番にここまで押してみて」

『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド♪』

「そうそう、良い感じ!」


 二人の様子を見ていた桜は、小声で嘆き節をこぼす。

「なんで銀ちゃんは簡単に褒めちゃうんだよぉ」

「い、いいでしょ別に。銀ちゃんは初めてなんだから」

「ねぇ、桜ちゃん。ちょっと耳貸して」

 麻美は、小声で合図し、桜の耳元でささやいた。


「あのね、実は玲って、学校とかで桜ちゃんのこと結構話してくれてるんだよ。最近は、お料理のお手伝いをしてくれるようになって、味見と称してめっちゃつまみ食いしてることとか、今年の音楽会で、ピアノの伴奏に選ばれるために夏休み前からめっちゃ練習してることとか、普段の字は汚いのに、習字の時はめっちゃ上手なんだ~とか」


「なんか、ちょいちょいディスられてる気がしたんだが……。でも、意外だなー。お姉ちゃん家では桜のこと全然興味ない感じで、話しすらあんましてくれないから」

「やっぱ家族だからさ、気恥ずかしさとかがあるんじゃないかな~。うちも兄ちゃんに直接褒めてもらった記憶なんて、ほとんどないよ~」

「そんなもんなのかな、姉妹きょうだいって」

「そんなもんだよ、兄妹きょうだいって」


 そんな妹同盟のコショコショ話が終わる頃、ピアノの練習を続けていた銀仁朗は、みるみると上達していた。

『ド・レミ・ドミドミ・レ・ミファファミレファー♪』

「おいおい、すごいにもほどがあんだろ~が!」

「言うたやろ、記憶力はええって!」

 銀仁朗は、そう言いながらドヤ顔をキメるのだった。



 玲達がルームツアーなどをしているうちに、気づけばかなりの時間が経っていたようだ。少し離れた場所から、遼の声が聞こえてきた。

「おーい、麻美たちどこおるんや~」

「あ、兄ちゃんが呼んでる。は~い、ここだけど、何~?」


「夕飯の支度ができたみたいや。飯の準備手伝いに来てくれ」

「お、もうそんな時間か~。そういやお腹空いたね~。んじゃルームツアーの最後は、キッチンに行って、うちらもお手伝いしましょ~か!」



 大広間には、客人が来た時用の大きなテーブルがセットされていた。遼がその真ん中に和昌特製の大きな土鍋で炊いたかきまぜを鎮座させると、部屋中に醤油の香ばしさと、魚介類から出た、出汁の良い匂いが充満した。その周りには、小豆島近海で獲れたであろう新鮮な刺身の盛り合わせや、サラダ、唐揚げなどが食卓を彩っている。


「わぁ! なんか旅館で出てくる料理みたいだー。すごいね、お姉ちゃん!」

「本当にすごい……。ありがとうございます。こんな豪華なお食事を用意してもらって」

「客人が来るなんて滅多ないけぇな。普段からこんな豪勢な食事やこーせんけぇ、今日は特別じゃ」


「わ~い。じぃじのご飯めっちゃ美味から最高! うちは特に唐揚げが好き~」

「お前はお子ちゃま舌やからな。サラダとかも食べや。玲ちゃん達も、遠慮せずたくさん食べてな。どれも美味しいで!」

「あ、ちょっと待ってて」


「玲、どした?」

「銀ちゃんのご飯の準備忘れてた」

「なる~。じゃあ、いただきますはそれが終わってからだね~」

「ごめんね、ありがと。すぐ取ってくる」


 和昌は、隣に座っていた銀仁朗に、素朴な疑問を投げかけた。

「コアラいうんは、何を食べよんじゃ?」

「ユーカリが主食やで。せやけど、その件でちょっと問題が発生してもうてなぁ……。それで、実は和昌翁に折り入って相談があって、わしら今日ここに来させてもろたんや」

「ほう、相談とな」


「わしの餌のユーカリが底を尽きそうなんや。ほんで、わしユーカリ以外にも食べられるもんあるんやけど、できるだけ、玲の家に負担かけんようにしてやりたいんやわ。そこで、和昌翁の育てとるオリーブの葉を、少し分けてもらわれへんかと思って、その相談をしにここまで来たんや」


「なるほど、そういうことか……。良質なオリーブの実を育てる為には、多くの日光を葉に浴びさせて光合成をさせる必要があるんじゃ。瀬戸内の気候は雨が少なく、お日さんが照っとる時間が長いけぇ、オリーブの栽培に適しとるんじゃ。じゃけぇ、たくさんの葉を切ってしまいよると、栄養が実にいかんよぉなって、良い実が育たんよぉなる」


「ほな、やっぱ分けてもらうんは難しいなぁ……」

「そうは言っとらん。オリーブの木が育っていく過程で、不要な枝や葉が生えてきてしまうことがよくあるんじゃ。枝と枝が交差してしまいよった『からみ枝』や、下向きに伸びてしもうとる『さがり枝』、根元から出てきた『ひこばえ』なんぞは、むしろ切ってやらんとおえんのんじゃ。剪定された枝には、当然葉も付いとる。それらは、儂らには捨てる以外に何の用途もないもんじゃ。それで良かったら、いくらでも差し上げられるぞ」


「ホンマか⁈ わしはそれで充分や。是非分けてくれ! いや、分けて下さらんか?」

「もちろんいいとも。君らが帰ってから処分しようと思っとったんが畑の脇に置いてあるけぇ、明日みんなで取りに行くけ?」


 銀仁朗と和昌との交渉が丸く収まった矢先、玲が銀仁朗のご飯を持って帰ってきた。

「ごめーん。銀ちゃんお待たせーって、何かあった? なんだかすごく嬉しそうだけど」

「そやねん、玲! 和昌翁にオリーブの葉分けてもらえるか聞いとったんやが、ええ言うてくれたんや!」

「え、本当ですか? ってかその話、私から切り出そうと思ってたのに」


「銀仁朗君は、君たちの世話になってばかりいることを、いささかか気にかけているみたいじゃ。少しでも迷惑をかけないようにしたいと思っとるんじゃろ。そんな気持ちも伝わってきたけぇ、儂にできそうなことがあれば、何でも協力しちゃるけん、何でも言ってくられぇ。もし、餌が足りんようなったら、知り合いの農家にも頼んでみちゃる。銀仁朗君やご家族が、何も心配せんでもええように取り計らったるでのぉ!」


「じぃじ、ありがとう! あ、でも、くれぐれも玲の家でコアラ飼ってることは内緒だかんね!」

「お、おうよ」

「和昌じいちゃん、大好き!」

「いいってもんよぉ~。ほいじゃあ、銀仁朗君のご飯も来たけん、飯食べよろか!」


「は~い、じゃあせっかくなので、うちが乾杯の音頭取りま~す」

「じいちゃん、コップ持って。ビール注ぐよ」

「おおきに、遼。おめぇも飲むけ?」

「うん、付き合うよ。成人してるの俺だけやしな」


「遼もでぇれぇ大きなったもんじゃのぉ。じいちゃんは嬉しいわ」

「年取っただけやって」

「では改めて。玲、桜ちゃん、銀ちゃん、ようこそ小豆島へ! 弥栄いやさか~」

 和昌と遼はビールを、その他の三人は麦茶を。銀仁朗はユーカリの葉を杯の代わりに上げた。


「ねぇ、麻美。さっきの『弥栄』って何?」

「さぁ~? いつもじぃじが言ってるのマネしただけ。意味は知らん」

「弥栄言うんはのぉ、日本古来の盃を交わす時の挨拶じゃ。繁栄を祈るいう意味があるんじゃよ。儂は乾杯いう言葉が好かんけぇ、いつも弥栄言うとる」


 桜が首を傾げながら、和昌の言葉に疑問を呈する。

「なんで乾杯じゃダメなのー?」

「乾杯は『完敗』と同じ発音じゃろ。儂は負けるんが嫌いやけぇ、乾杯は使わんようにしとるんじゃ。一種のまじないみたいなもんじゃ」

「へぇ、勉強になります。じゃあ麻美。改めて、弥栄!」

「弥栄~」



 夕食を食べ終えた一同は、食器等を片付け、机を隅に移動させ、布団を敷く準備を始める。

「明日は朝から畑に行くけん、風呂入って、早よねられーよ」

「玲達、先にお風呂行ってきてい~よ」

「じゃあ、お言葉に甘えて。桜も行くよ」

「はぁーい」



 八時には全員が風呂から上がり、大広間には玲と桜、麻美の分の布団が敷かれた。

 銀仁朗は、麻美達が赤ん坊の時に使っていたというゆりかごに、タオルケットを敷いた特製のベッドで寝ることになった。


「んじゃ、そろそろ寝ますか~……って、んな訳ないがな~。夜はこれからだぜ~!」

「イェーイ! レッツパーリィナイッ‼」

「桜、うるさいよ」


「玲、ぜーんぜん大丈夫だよ~。お隣さんちまで百メートル以上も離れてるから、ご近所迷惑とか一切考えなくてもいいんだな~」

「でも遼君達もいるじゃん」

「兄ちゃんもじぃじも、二階の奥の部屋で寝てるし……大丈夫っしょ!」

「ほんとに大丈夫?」


「うんうん、気にしない気にしな~い」

「麻美ちゃん、UMOしよー」

「お、UMOすんのか! わしもやるでぇ」

「もち、銀ちゃんも参加だよ~」

 かくして、白熱のUMO大会in小豆島が開催された。



「桜、上がりぃ!」

「うぉっ。また桜が一位かいな。何でそんな強いねん!」

「銀ちゃん達が弱いだけなんじゃなーい?」

 二連続で一位になった桜は、とても憎たらしい顔でそう言った。

「けったいな顔しよってからに……次は負けへんで!」

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