第17話【いざ小豆島 ー後編ー 】

 遼が運転する車は、順調に徳島県を抜け、香川県高松市の中心地まで到着していた。


「おーい。みんな起きろー」


「ふぁ~。兄ちゃんもう着いたのぉ~?」


「高松港の近くまでな。これからフェリーに乗るんやけど、手続きとかあるから、そん時銀ちゃん見つかったら厄介やろ」


「なる~。玲、桜ちゃん。銀ちゃんも起きてくださ~い」


 麻美の寝起き直後とは思えない元気な目覚ましボイスで、他の皆も目を覚ました。


「お~う。もう着いたんかぁ?」


「まだだよ~。これからフェリーに乗るんだけど、その間銀ちゃん隠さなきゃだから、一回起きようってなったとこだよ~」


「ほな、後ろの荷物に混じっとこか」


「銀ちゃんには悪いけど、そうしてくれるかな?」


「玲、心配せんでも大丈夫や。狭い所には慣れとる言うたやろ」


「そだったね。じゃあ少しの間窮屈だけど、お願いね」


「あいよ。ほなもう一眠りしとくわ」


「銀ちゃん問題も解決したところで、港まで向かうで」


「はい、お願いします」


 高松港に到着し、運賃を払い終えると、とどこおり無くフェリーへと乗船した。


「わぁー。フェリーがラドンだらけなんですけどー。桜、マイモン大好きなの!」


「このフェリーは、香川県がマイモンスターとコラボしてる特別なフェリーやね。たまにしか乗れないから、今日はラッキーやったな」


「うちら何回もこのフェリー乗ってるけど、コラボ船に乗れたのは今日が初めてだよ~」


「へぇ。私たち、結構持ってるのかもね」


「特に、玲はめっちゃ持ってるよ! だって、アレ当てちゃってるしね~」


「そ、そうかもね。今日だって、麻美達と旅行出来たのも、全部銀ちゃんのお陰だし、本当感謝しなきゃだわ」


「銀ちゃん、今狭い思いしてるだろうし、向こう着いたらいっぱい遊んであげようね! うち、今日もUMO持ってきたから!」


「今回は、桜も入れてよねー」


「当ったり前だよ、桜ちゃん! 今夜は寝かさないぞ~」


「イェーイ! パーリィナイトだぁー」


「あんたは自由研究の星空観察するって言ってたでしょ。それ終わらなかったら遊べないよ!」


「なーんだよ、お姉ちゃん。ママみたいな事言って」


「お母さんにうるさく言われてんの。あんたにちゃんとリード付けときなさいって」


「リードって、桜はペットじゃないよーだ!」


「それくらいの事しとかないとやらないあんたがいけないのよ」


「まぁまぁまぁ。桜ちゃん、うちも自由研究手伝ってあげるから、終わったらパーリィナイトしようぜっ!」


「麻美ちゃん! 桜、麻美ちゃんがお姉ちゃんだったら良かったよぉ」


 桜の可愛い悩殺コメントを喰らい、ハートをズキューンと射止められた麻美は、胸を押さえながら後ずさりした。


「ゔぐぐぐぐ。尊過ぎて、心臓が、持たん……」


「全く二人して。付いてけんわ」




 フェリーに揺られること約一時間。無事に小豆島の土庄とのしょう港に辿り着いた。


「ここからは、車で十五分くらいやから、もうすぐで目的地に到着できるで」


「桜、フェリーに乗るのも初めてだったけど、あんな綺麗な海見たの初めてでビックリだったなぁ」


「海も綺麗だけど、星空はもっと綺麗だと思うよ~。今日は晴れてるし、自由研究日和かもね!」


「私も、星空は凄く楽しみだな」


「普通に天の川見えるよ~。プラネタリウムで見るみたいなやつ」


「ほんとに? 絶対見たい!」


「見よう見よう」


「んじゃ、じいちゃんに向かうで」


「……おーい」


「ん?」


 四人は、どこからか聞こえてくる、やけにくぐもった声に気付き、辺りを見回した。


「おいってば! わしの存在忘れとるやろお前ら。わしはトランクルームにおるだけに、やってか!」


「あ、ごめん銀ちゃん! 普通に忘れてた」


、しっかりしといてくれへんとあかんからな!」


「ご、ごめんなさい」


「ほな、早よシートに戻してんか」




 港から再度車で移動すること十五分。遼の予想時刻通りに目的地へと辿り着いた。


「さぁ、着いたで。ここがじいちゃん家や」


「うわぁ、大きい!」


「田舎だからね~。部屋いっぱいあるから、泊りに来るの全然大丈夫って言ってた意味、これ見て分かったっしょ」


「確かにこれだけ大きかったら、お部屋も沢山ありそうだね」


「ここに今は、じぃじ一人で暮らしてるんだ~」


「他のご家族は?」


「ばぁばは高松にある介護施設に居て、おじちゃんとおばちゃんは、両方大阪に住んでるよ~」


 外からの賑やかな声が聞こえたのだろう。家の中から男性が出て来た。


「おー、来やったか。道中えらかったじゃろ」


「じぃじ、久しぶり! 元気だった~?」


「おお、麻美。また大きなったのぉ」


「じいちゃん。久しぶり」


「遼も大きなってからに」


「いや、もう変わらんよ。成長期終わったし」


「ほうけ? じゃけまぁ、大人っぽくなったゆうことにしといちゃろうかの」


「そうやね。あ、こないだ伝えてた通り、今日は麻美の友達も連れてきてるんよ。こっちが麻美の同級生の玲ちゃんで、妹の桜ちゃん」


「初めまして、大原玲と妹の桜です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いしまーす」


 姉妹は、揃って深々と頭を下げた。


「そない堅苦しくせんでええけ、楽にしてもらって構わんからの。ほら、長旅はえらかったじゃろう。中入ってお茶でも飲みんせぇ」


「あ、これうちの母からです。良かったら食べて下さい」


 そう言って、今朝英莉子から手渡すように言われていた洋菓子を差し出した。


「わざわざに、こないなハイカラなもん持ってきよらんでもえかったのに。ほいじゃあ有難く、皆でおやつの時間にでも頂くとしましょうかの」


「やたー! これめっちゃ美味しいんだよー」


「ほうけ。そりゃえれぇ楽しみじゃの」


 玲は、先ほどから気になっている事を麻美に質問した。


「ねぇ麻美、さっきからお爺様が『えらかった』とか『えれえ』ってずっと言ってるけど、何がそんなに偉いの?」


「あぁ~、それね。うちも昔同じ質問した事あるわ~。うちのじぃじ岡山出身なんだよ。でね、岡山弁で『えらい』は、しんどいとか、きついとかって意味で、『えれぇ』になると、とてもとか、めっちゃの意味になるんだってさ~」


「なるほど。知らなかった」


「知らなくて当然でしょ。じぃじの方言そこまでキツくないけど、たまに意味分からないのもあるかもだから、何かあったら、都度聞いてね~」


「助かる。ありがと」


「いえいえ~。んじゃ、中へどぞ~」


「お邪魔します」


「わぁー、玄関めっちゃ広ーい!」


「こら、桜。大きな声出さないの!」


「あ、ごめん。でもこれ見たらテンション上がらない?」


「た、たしかに旅館みたいで少しテンション上がらなくはないけど……」


「がっはっはー。もんげぇ面白れぇ姉妹じゃのぉ。ささ、そげなとこ突っ立っとらんと、はよこっちこられー」


「あ、ありがとうございます(いや、なかなかのなまりじゃないのかこれは……)」


「ねぇ、お爺さん。お名前何て言うんですか?」


「そうじゃ、まだ名乗っとらんかったな、すまんすまん。わし中矢なかや和昌かずまさ言います。よろしゅうに」


「よろしく、和昌じいちゃん」


「桜、初対面でその呼び方は失礼でしょ!」


「呼び方やこー何でも問題ないけぇ、好きに呼びよし」


「だって、お姉ちゃん」


「すみません、気を遣って頂いて」


「玲ちゃん言うたかの。あんたもそない気遣わんで大丈夫じゃけ、肩の力抜いてもらってええからの」


「ありがとうございます」


「ねぇ、じぃじ。ママからペットも連れて来るって聞いてるよね?」


「あぁ、犬っころでも連れて来とんけ?」


 約五時間前に引き続き、ここでも麻美が、銀仁朗についての説明を和昌にしてくれた。


「それが、実はですね~。かくかくしかじかで——」


「はぇー。そないなちばけた話やこーが本当にあるんかいね。まぁ、儂は別に何でも良いがの。孫の姿見られるだけで嬉しいけぇ。麻美たちが家さ来て、楽しんでくれるだけでじぃじは充分じゃからの」


「さすがじぃじ。器がデカい!」


「がっはっはー。そうじゃろそうじゃろ」


「じゃあ連れて来るね~。玲、行こ」




 二人は、車の中で待機していた銀仁朗を迎えに行き、共に家の中へと戻ってきた。


「じぃじ、お待たせ。さっき言ってた、コアラの銀ちゃん連れて来たよ~」


「も、もんげぇ! たまげたのぉ……本当にコアラじゃ」


和昌翁かずまさおう、お初にお目にかかります。わし銀仁朗言います。今日はよろ……ん?」


「も、も、ももももも、もんげぇー」


「おい、麻美。ちゃんと説明したんとちゃうんか?」


「あ、ごめん。話せる事言って無かったかも……」


「じいちゃん。大丈夫やで。みんな通って来た道やから。可笑おかしいよな、この状況。普通やないよな。でも、これが現実やねん。とりあえず、深呼吸しよか」


 遼は、数時間前の自分と和昌を重ね合わせ、過去の自分に言い聞かせるように和昌を落ち着かせようと介抱した。


「わ、わ、儂、長生きしちょるけど、話が出来る動物なんか、み、見たこと無いでぇ」


「うん、俺も。そんな長生きはしてないけど、生まれてこの方、五時間前までは見たこと無かったで。ほら、吸って~、吐いて~」


「ふ、ふぅ~。でぇれぇ驚いたわい。口から心臓さ飛び出るか思たんじゃが、それより前にが飛び出てしもうたわ」


 床に落ちた入れ歯を拾う和昌からの予期せぬ渾身の捨て身ギャグに、全員が大声を上げて爆笑した。


「ぎゃははは~。じぃじ最高!」


「和昌翁、わしら歳的には一緒くらいやろうし、仲良うしてくれたら嬉しいわ」


「あ、ああ。銀仁朗君。改めて、ようこそ小豆島へ」


「世話なります」


「どうぞどうぞ。ほいじゃあ皆も、長旅で疲れたろうに、しばらくここで寛いでおきなされ。今晩は、小豆島の郷土料理の『かきまぜ』をこしらえとるけぇ、楽しみにしちょれや」


「わ~い。うちあれ大好き!」


「麻美、かきまぜって何?」


「簡単に言うと、炊き込みご飯なんだけど、エビとかイカとかが入ってて、それが良い味出してくるんだよね~。あ、ヨダレが(じゅるり)」


「(あ、麻美が本当に楽しみな時の反応だ)へぇ~、楽しみ!」


「ねぇ、お家探検してもいいー?」


「こぉら。桜はまたそうやって勝手な事言って!」


「いいよ~全然。玲も銀ちゃんも一緒に行こうよ!」


「せやなぁ。ずっと寝てたし、運動がてら行きまひょか」


「ごめんね、無理言って」


「ぜ~んぜん大丈夫。この辺は、お隣さん家も離れてるから、外に出ても誰にも見られないだろうし、お庭の方とかにも出られるよ!」


「じゃあさ、銀ちゃん久々に木登りしない? さっきお庭に大きな木があったんだけど」


「せやなぁ。玲の家に来てから一回も木に登ってないしな。わしの木登りテク見て惚れたらあかんで!」


「あ、そゆのはいいんで」


「ほんま玲って、こういうノリ嫌いよな」


「玲は、昔っからあんま異性に興味無いんだよね~」


「別にそんなんじゃないし」


「お姉ちゃん、小学校の時から男子にモテてたけど、誰とも仲良くしなかったもんねぇ」


「周りの男子は、バカばっかりだっからね」


「そんな玲のツンケンした態度がまた良いんだって、男子は騒いでたけどね~」


「だから、そういうのが苦手なんだよ」


「何でもええけど、はよ外行こうや」




 玲たちは、銀仁朗の木登りテクを拝見するべく、庭へと出た。そこには、十五メートルはあろう、大きな松の木が生えていた。


「近くで見ると、より大きく見えるね」


「桜知ってる。これって、松ぼっくりの木だよね。銀ちゃん、葉っぱがトゲトゲしてるから、怪我しないように気を付けてねー」


「葉の少ない場所を登れば問題ないやろ。ほな、いっちょ行ってくるわ」


 銀仁朗はそう言い残すと、松の木まで颯爽と駆けていき、根元に到着するや、躊躇いなくどんどん上に登っていく。


「おっ、爪がよう引っ掛かってめちゃ登りやすい木やなぁ。せやけど、ちょい表面がゴツゴツしてて長居はしとうないかもや」


「うわぁー。意外と早いねー、木登り銀ちゃん!」


「確かに思ってたより数倍早かった」


「銀ちゃん凄いねぇ~。何か景色見えますかぁ~」


「おぉ、めっちゃええ景色や。右向いたら海がキラキラしとって、左向いたら山の緑が青々としとるわ」


「イイね。銀ちゃんしか行けない特等席だ」


「玲の言う通りやわ。この景色見られただけでも、小豆島まで来た甲斐があるわ」


「そう言って貰えると、連れて来た甲斐もあるってもんだね~」


「ほんと、麻美には感謝しかないよ」


「良かったら、あとで兄ちゃんにもお礼伝えてあげてね。きっと喜ぶから」


「そうだね。運転大変だっただろうし、改めて言っておくね!」




「銀ちゃーん、まだ木登りする? 桜たちはお家探検しに行くけどー」


「せやな、この松言う木は、休息するには向かん木やさかい、もう降りるわ」


 銀仁朗は、早々に木登りに見切りをつけ、ゆっくりと木から降りていった。


「私、コアラが木から降りてくる姿初めて見るかも」


「桜も。レアカットだねー」


「確かに、あんま見ない光景だね~。てか、登る時より、降りる時の方が遅いね~」


「慎重に降りないと、落ちたら大変だからじゃない? というか、このスピードが想像してたスピードだったんで、登る時の速さに驚いたのは私だけ?」


「いや、うちも想像以上の早さにビビった~」


「桜も」


「だよね。あ、戻ってきた」


「何を話しよったんや。あ、あれか。わしの木登り姿にほうけとったんか?」


「そだねー凄かったですねー」


「ううっ。毎度こうされると知っとっても、玲にツンケンされると男心が傷つくのぉ」


「こうして犠牲者を増やし続けて行くんだよ、この女は」


「二人ともやめれ。さ、お家に戻ろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る