第14話【運動しよっか】

 ある日、銀仁朗が窓辺で外をぼーっと眺めていることに気づいた玲は、銀仁朗に問いかけた。


「銀ちゃん、もしかして外に出たいの?」


「あ、あぁ。いや、そこまで出たいとかは無いけど、最近体がなまってきた感があってな。よぉ考えたら、久しく木登りとかしてへんなぁ思てただけや」


「確か、コアラは殆ど木の上で生活して、天敵から身を護ってるんだよね。でも銀ちゃんは、天敵に遭う可能性ゼロのうちの中で、悠々自適に生活してるもんね」


「いや、ここにも天敵はおるで」


「え、ほんと? 何、天敵って?」


「……母上や。厳密に言うと、母上が毎朝使うてる掃除機や」


「寝てたら音で起こされるから?」


「その通りや。わし耳めっちゃええから、毎朝うるさーて敵わんねや」


「でも、銀ちゃんの抜け毛があちこちに落ちてるからねぇ。逆にお母さんにいつも掃除してもらって感謝しないとじゃないの?」


「うぬぬ、それを言われると、ぐうの音も出んなぁ」


「たまには銀ちゃんがお掃除したらいいんじゃない」


「コアラ遣いの荒いやっちゃなぁ」


「あははは。てかさぁ、銀ちゃん……。よくよく見たら、最初にうちに来た時よりだいぶ太ってない?」


「マ、マジか⁈」


「今度、外に運動しに行く? 早朝とかで、人の目が少ない時間狙ってさ」


「せやなぁ。たまにはええかもやな」




 かくして玲と銀仁朗は、翌日の夜明け近くから、近所の公園へと自転車で向かうのだった。


「お出かけする時に使えるかなって思って、ベビちゃん本舗でこの抱っこ紐も買っておいたんだけど、正解だったね」


 玲は、銀仁朗を抱っこ紐で固定すると、背負ってみた。


「玲、わしは赤ん坊やないで」


「じゃあ、公園まで走る?」


「こ、このままでお願いします」


「よちよち〜、お利口さんだねぇ」


「しばくで」


「ごめんごめん。じゃあ行こっか」


 銀仁朗は、抱っこ紐で固定されたまま、公園までの道のりを自転車で颯爽と駆けていった。




 自転車で走る事、約十分。二人は海辺の大きな公園へと辿り着いた。


「さ、着いたよ」


「ゔぇ〜、わし自転車嫌いや」


「え、もしかして酔った?」


「頻繁にガタガタ揺れるんが、ちょっとな……」


「帰りは、もう少しゆっくり走るね」


「そうしてくれると助かるわ」


「まぁ自転車乗ったのも初めてだしね」


「初めてではないで。自分で漕いで乗った事あんで、小さいやつ」


「小さい子が乗るやつかな?」


「たぶんな。後ろのコマがガラガラうるさいやっちゃ」


「あー、やっぱ子ども用の補助輪付きのやつだね」


「あれは、今みたいにスピードでぇへんかったから、割と好きやったけどなぁ」


「スピードの出し過ぎには注意だね。了解です」


「にしても、ここは広いなぁ。玲、あっちにあるでっかくて長いやつは何や?」


「あれは、ローラー滑り台だね。楽しいよ、やってみる?」


「あんなでっかい滑り台見た事ないわ。よし、やろ!」


「久しぶりだなー。小さい時、お父さんと桜と私でここに来てよく遊んでたんだぁ。この滑り台、何年ぶりだろ」


「ええから、早よやんで!」


「わかったわかったー、って早っ! こういう時だけやたら俊敏に動けるよね、銀ちゃんって」




 一足先に、高さ約三メートルほどの梯子はしごを登り、滑り台の頂上に着いた銀仁朗は、初スライドを前に興奮を隠しきれない様子で玲に話しかける。


「玲、早よ来んかいな。徒競走でわしに負けてどないすんねん」


「走る速さでは勝てただろうけど、登るスピードは流石に速くて負けちゃうね」


「まぁな。こう見えて、雲梯うんていとかも割と得意やねん」


「ハァハァ、ふー。お待たせ」


「ほな行こかー」


「あ、待って銀ちゃん。このローラー滑り台もまぁまぁスピード出るけど、大丈夫?」


「そんなん、たかが滑り台のちょっと大きいだけのやつやろ。ビビるほどでは無いやろ」


「わかった。なら行くよー、せーの」


「え、あ、あぁ、ギ、ギャァァァァー、早い、早いて、止めてぇぇぇぇ」


「無理だよー、途中で止まれないよー」


「アァァァァ……っと、やっと下まで着いたか」


「あははは。銀ちゃんやっぱダメだったじゃん」


 やはりこれは銀仁朗には向かなかったと思い、次は木登りしに行こうと言おうとした玲だったが、その思いとは裏腹に、銀仁朗は目をキラキラさせながらこう言った。


「……もっかい行こ」


「えっ、無理しなくていいよ」


「いや……むっちゃ楽しい!」


「えっ? さっきめっちゃギャーって叫んでたんですけど」


「叫びながらビューン行く感じが……たまらんかった!」


 銀仁朗は、ジェットコースターなどの絶叫系好きが言う様なセリフを口にしだした。


「そ、そか、気に入ったなら良かったよ。じゃあもう一回やろっか」


 かくして、スリルという快感に目醒めた銀仁朗だった。




「銀ちゃん、大丈夫?」


「玲……遊び疲れた‼ おんぶして〜」


「そだねー。たぶん十回以上は滑ったもんね。じゃあ今日は帰ろっか」


「帰りは自転車のスピード、出してもらってもええで」


 朝酔ったはずの自転車にもスリルを見出そうとする銀仁朗に、少々呆れながら帰り支度をしていた時、大事なことを思い出す。


「あ、忘れてた! 木登りしてないじゃん」


「あ、それはええわ。疲れたから早よ帰ろ。わし、木登りそない好きやないし」


「マジかよ! 先言えよ!!」


 まさかのカミングアウトに、心の声がダダ漏れになる玲だった。


「あーすまんすまん。でもおかげでめっちゃ楽しいこと出来たわ。連れてきてくれてありがとうな」


「うん、また来ようね。じゃあ抱っこ紐のセット終わったから行きましょうか」


「全速力でお願いします」


「私も疲れたから、ゆっくり帰りますよー」


 銀仁朗は玲の背中におんぶされると、まるで遊び疲れた赤ちゃんみたく、一瞬でスイッチが切れ、スヤスヤ眠りにつくのだった。


「あれだけ動いたら、そりゃこうなるか。……ん? そういや銀ちゃんが行きよりも少し軽くなった様な気がするなぁ。木登りは出来なかったけど、結果オーライだね」

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