第12話【お邪魔しま~す ー前編ー 】

 夏休み初日に、玲は麻美を家に招待することになった。昼食後の十三時に来る予定となっている。銀仁朗にも玲の友人が来ることを伝えており、遊び道具も持参してくれる旨も伝え済みだ。それを聞いていた銀仁朗は、当日の朝からウキウキしていた。


 お昼ご飯を食べ終え、自室に戻った玲は、再度部屋の片付けが出来ているか、汚れはないかなどのチェックを入念に行っていた。問題無いなと安堵した時、チャイムが鳴った。


「こんにちは~」


「麻美おつかれ。ちょっと待ってて、今開けるから」


「お願いしま~す」


 玲は、駆け足で玄関へと向かい、ドアを開錠した。


「おはよー。ささ、入って入って」


「お邪魔しま~す」


「いらっしゃい、麻美ちゃん。お久しぶりね。いつも玲と仲良くしてくれてありがとね」


「お久しぶりです。これ、うちの母からなんですけど、おじいちゃんが育てたオリーブが入ったお素麺です。よかったら食べて下さい」


「ご丁寧にありがとうございます。あら、これ凄く美味しいお素麺じゃない。凄く嬉しいわ。もしかして、おじい様って小豆島にお住まい?」


「あ、はい。小豆島でオリーブ農家やってます」


「やっぱり! 以前、同僚の方から小豆島のお土産で頂いたのよこれ。ほんのりオリーブの香りがして、色も綺麗な緑色してて、味も見た目も凄く良かったからまた食べられるなんて嬉しいわぁ。とても喜んでたってお母様にお伝え頂けますか?」


「喜んで頂けて良かったです! あ、あと玲にはこれあげる」


 麻美は、やや大きめのビニール袋を玲に手渡した。そのビニール袋には、見覚えのあるゲームセンターのロゴが印字されていた。


「何これ? まぁまぁデカいな」


「開けてみて!」


「わぁ! コアラのぬいぐるみ。しかもサイズも顔も銀ちゃんそっくりだよこれ!」


「こないだ兄ちゃんのバ先のゲーセンに遊びに行ったら、この子が居たんだ~。銀ちゃんのお友達に丁度良さそうだなぁ~て思ったから、兄ちゃんに取ってもらったの」


「へぇ~。お兄さんあそこのゲーセンでバイトしてるんだ!」


「そっ。うちの兄ちゃん、むっちゃクレーンゲーム上手なんだぁ~。これもワンコインで朝飯前だったよ~」


「凄いね! うちのお父さんとはえらい違いだよ」


「そうなの?」


「うん。前にうめぇ棒がいっぱい入ったやつやったんだけど、まさかの二本しか取れなかったんだよ。大損」


「それは才能無いかもだねぇ~」


「でしょ! あ、ごめん。いつまでも玄関で立ち話してたらあれだね。私の部屋こっち。銀ちゃんも待ってるよ」


「銀ちゃん! とうとうお目にかかれるのね‼」


「麻美、目がバキバキになってるよ。銀ちゃんビビっちゃうよ」


「おっと、いけねぇ。興奮が抑えられなくなってたぜ(じゅるり)」


「よだれを垂らすな。とにかく落ち着いて。銀ちゃんは逃げないから」


 久しぶりに見る玲のクラスメイトのテンションに、やや引き気味な英莉子は、必死で笑顔を取り繕いながら、麻美に挨拶をした。


「じゃ、じゃあ麻美ちゃん。ゆっくりしていってね」


「お邪魔しま~す」




「銀ちゃん、麻美が遊びに来てくれたよ」


「おぅ、来たか! いらっしゃい」


「お邪魔しま~、って……は?」


 麻美は、手に持っていた荷物を盛大に床に落とし、ガシャーンと大きな音をたてた。それもそのはずである。そこにコアラが本当にいるのだから……ではなく、それは麻美にとっては周知の事実。そこではない。いや、そこも一応は驚くべきシチュエーションではあるのだが、それを遥かに凌駕りょうがする違和感……。そう、コアラが人語を話しているという尋常でない圧倒的違和感を感じざるを得ない状況に、放心状態となったのだ。


「麻美、麻美! 大丈夫?」


「どないしたんや、そんなトコで突っ立ってもうて」


 数年ぶりに入室することになった友人の部屋の真ん中に、ゴロンと寝転がっている珍獣がおり、しかもそれが人語を話すという妙竹林な目の前の光景に、麻美の思考回路はショート寸前……いや、完全にショートしてしまっていた。


「おーい、麻美さーん」


「——はっ、えっ、な、何?」


「大丈夫? てか初めて見たよ、人の目が漫画みたく点になるとこ」


「いや、いやいやいやいや、何あれ? おかしいよね? いや、コアラがここにいること自体がおかしいんだけど、でもそこじゃなくて……おかしいよね⁈」


「麻美、さっきから何言ってんの?」


「いや、だから。コアラはコアラだけど、コアラじゃないじゃん」


「いや、銀ちゃんはコアラだよ」


 麻美は早口でまくし立てた。


「だからコアラはコアラだけどこのコアラはコアラじゃないって!」


「会話が支離滅裂だね。とりあえず座って落ち着こうか」


「……あ、はい。し、失礼します」


「玲、この子も桜っこみたいな、お転婆ガール系か?」


「桜とはジャンルがちょっと違うけど、まぁ同じ分類かと」


「まぁ、元気なんはええこっちゃ」


「あの~、とりあえず説明してもらえますかね……」


「何を説明して欲しいの?」


「いや、だからその……。コレは一体どうなってるんでしょうか?」


 麻美は銀仁朗を左手で指差しながら、右手で会話のジェスチャーをした。


「あっ、えっ、嘘⁉」


「……お気づきになられたでしょうか」


「もしかして、言ってなかったっけ?」


「その、もしかしてでございます」


「あっ、ごめーん麻美!」


「どないしたんや?」


「私、てっきり伝えてたと思い込んでたよ。銀ちゃんが喋れること」


「いやいやいや、だからおかしいよね。百歩譲って、コアラが玲の部屋でくつろいでることはいいとして、流石に会話できるってのは無いわ~」


「嘘ちゃうで。先言っとくけど、機械でもないからな。何やったら、背中にチャック無いかチェックしとくか?」


「えっ、マジ。いいんすか?」


「やっぱ桜っこと同類やがな、この子」




 少し落ち着きを取り戻してきた麻美は、これまでの玲との会話を思い出し、やっと玲の言っていた話の真意に気付いた。


「なんか、玲がやたら銀ちゃんは賢いって言ってたけど、こういう事だったのか!」


「そう言う事です、はい」


「麻美ちゃん言うたか。わしは銀仁朗や。宜しゅうに」


「あ、そか。挨拶まだだったね。は、初めてまして。宜しくお、お願いします」


「麻美ちゃんも堅苦しくせんでええからな」


「ありがとうござ、じゃなくてありがとう。じゃあ、うちの名前も玲と同じで、呼び捨てにしてもらってもいいよ!」


「そうか。じゃあ麻美、改めていらっしゃい。ここ、わしの部屋やないけど」


「銀ちゃんの部屋は別にあるってこと?」


「部屋は無いけど、寝床はリビングの隅っちょにあんで」


「コアラの寝床、どんなのか興味あるかも。見てみたいなぁ~」


「見てきてもいいよ、別に」


「マジ! じゃあ案内宜しく」


「わしが案内したろか?」


「わお! 最高のガイドさんじゃ~ん」


「じゃあ、銀ちゃんにお願いしようかな。他の部屋には入らないようにね」


「さすがにそんな常識外れな行動しないよ~」


「お手洗いだけは教えたって構わんか?」


「あぁ、そうだね。宜しく」


「ほな麻美、行こか」


「は~い。銀ちゃんベッドへ、レッツゴー!」


「いってらっしゃーい」


 銀仁朗と麻美が部屋から出ていくのを見送った玲は、想像していたよりも、銀仁朗が麻美の訪問を楽しんでくれていることを感じ、微笑んだ。




「あ、二人ともおかえり」


「銀ちゃんの寝床って木だったんだね~。動物園でも木の上で寝てたっけか。あとトイレのステップとかも可愛いのが置いてあったね~。てか、一人でトイレ行けるのとか、銀ちゃんマジで賢いが過ぎるでしょ!」


「そんな褒めても、くらいしか出てこーへんで」


「コアラジョーク! ウケるんですけど~」


「盛り上がってるとこ恐縮ですが、お母さんがお菓子とジュース用意してくれてるから、一緒に食べよ」


「ありがと~。え、ケーキじゃん! めっちゃ嬉しいんだけど‼」


「何か、私が友達呼んで良いかって聞いた時から、お母さんやけに張り切っちゃってさ。普段あんまり友達とか家に招待することないから」


「実はうちも、あんま友達家に連れて来たことないよ~。兄ちゃんは、よく友達呼んでバカ騒ぎしてたけど。うち、なんか別の誰かが自分の部屋に入ってきたらさ、自分の大事な領域をけがされるみたいな感覚になっちゃうんだよねぇ~」


「何となくわかる、その気持ち」


「だから、お呼ばれするのも実は慣れてないんだ~。でも今日は大好きな玲と、銀ちゃんにご招待してもらってすっごく嬉しい!」


「私も、麻美だから呼んだんだよ。来てくれてありがとう。じゃあ、ケーキ食べよっか」


「やたぁ~。いっただきま~す」




 ケーキに舌鼓したつづみを打っていると、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。


「たっでーまー。ひゃ~あっつかったー。ってあれ? 知らない靴がある。ねぇママ、お客さん来てるのー?」


「玲のお友達が来てるのよ。ちょっとは空気読んで静かにしなさい」


「お、お姉ちゃんの友達が、家に来ているだとぉぉぉぉ⁉ し、信じられん。あー、だからか。昨日やたらに部屋の掃除してるなぁと思ってたんだよねー。ガッテン」


「だから、少しは静かにしなさいって!」


「あ、すんません。ねーおやつ何かあるー?」


「だから、シー!」


「ありゃりゃ、こりゃ失礼」


 やかましい妹の声に、内心怒りが込み上げていたが、表情には出すまいと、必死で笑顔を作る玲であった。


「なんかごめんね、あははは。うちの妹、いつもあんな感じなの」


「玲とは全然タイプ違うよね~」


「よく言われる」


「桜っこはいっつも元気いっぱいやなぁ。うらやましいわ」


 銀仁朗の若さをうらやむ発言を聞き、麻美はある疑問が浮かんだ。


「そういや、銀ちゃんって今いくつなの?」


「詳しくは分からないらしいけど、十五歳前後らしいよ」


「へぇ~。ちなみに、コアラの寿命ってどれくらい?」


「前に調べたら、十三歳から十八歳くらいってなってた」


「という事は、銀ちゃん結構長生きしてんだね~」


「これからも、出来るだけ長生きしてほしいんだけどね」


「そだね~。ねぇ銀ちゃん、コアラの長生きの秘訣とかってあるの?」


「せやなぁ。よく寝てよく食べることかいなぁ、知らんけど」


「餌って、やっぱ笹食べるの?」


「麻美、それはパンダだよ」


「あそっか~。何だったっけ、パンダの餌」


「笹だよ。さっきからパンダの話になってるよ」


「あははっ。失敬失敬コアラだね、コアラ。で、コアラは何食べるんだっけ」


「主にユーカリやな。わしは少し苦味のあるユーカリが好きや。わしの兄妹は二匹とも甘みの強いのが好きやったけどな」


「え、銀ちゃん兄妹きょうだいいたんだ!」


「お、玲に言うてへんかったかいな? 兄の金太朗きんたろうと、妹の彩音あやねいう兄妹がおったんや」


「おったって言うことは、二匹とも……」


「せやな、もう死んでもうた。病気とかやのぉて、寿命が尽きてしもたんや。苦しまんと往生したみたいやから、善しとせんとやな」


「そっか。なんかごめんね。辛いこと思い出させてしまって」


「かまへん。生き物はいつか死ぬもんや。わしこそ、楽しい雰囲気の時に、なんか要らん話してもうてすまんかったな。気を取り直して。麻美、今日なんか遊び道具持って来てくれとんのやろ。何持ってきてくれたんや?」


「そうだね。麻美の念願の、銀ちゃんと一緒に遊ぼうタイムにしようか!」


「うん! じゃあ、まずは『UMO』持って来たから、UMOやろ~」


「わし、トランプ好きや」


「銀ちゃん、UMOはトランプとはちょっと違うんだよ~」


「ほぅ。同じカード型の玩具でも色々あるんか。ほな、早よルール教えてんか」


「了解! UMOは——」




 UMOのルールを簡単に説明し終えた麻美は、銀仁朗の理解力に驚きつつ、カードを配り、細かい部分は実際にプレイしながら教えていく事にした。


「ドロー4!」


「まぁた麻美はやらしいカード出しよってからに。わし全っ然上がられへんがな」


「ふっふ~。うちUMOめっちゃ強いんだ~」


「UMO!」


 UMO強いアピールをしていた麻美をよそに、しれっとラスト一枚になった玲が、ルール通り『UMO』と言った。その瞬間、麻美と銀仁朗は、同時に「えっ?」と言って、玲の顔と手札を交互に二度見した。麻美は銀仁朗にルールを教えてあげるのに気を取られ、玲の手札の数を全く把握していなかったのだ。


「えっ、何やて?」


「だからUMO」


「はぁ⁈ 玲、あんたいつの間にUMOになってんのさ」


「二人があーだこーだ言ってる間に着々と、ね!」


「ふ、伏兵がこんな所に……」


「はい次、麻美の番だよ」


「あぁ、ごめん。黄色の4だから色変えて青の4でどうだ!」


「わしいっぱい手持ちあるさかい、何でも出せるで〜。青の9」


「あぁ、銀ちゃんってば、何て良い子なのかしら。赤の9で上がり!」


 UMO宣言後に引き続き、麻美と銀仁朗は、「なんやてぇぇぇぇ」とシンクロしながら叫んだ。その様子を見て、玲はお腹を抱えて笑った。


「あはははは! 二人ともさっき会ったばっかなのに、めっちゃ息ピッタリだね!」

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