第11話【キューピッド?】

 夏休みを目前にした頃、期末試験を終えた玲と麻美が、教室で話していた。

「玲、テストどうだった?」

「まぁまぁかな。中間と同じく、理科で落としたけど」

「あたしも~。うちは社会でも落としたぜ!」

「自慢みたいに言うな」


「でもでも聞いて! 全体順位は中間より三十位も上がって三十六位だったんだよ!」

「それは自慢しても良い結果だね」

「玲は今回も十傑入りですか?」

「ううん。ちょっと落ちて、十四位だった」

「それでもすごいじゃ~ん」

 玲は少し照れたように机の上の消しゴムをいじった。


「テスト前に、銀ちゃん達とゲームしたり、色んな話したりして過ごす時間が増えたんだけど、その分勉強時間が削られちゃったのが響いたかも」

「へぇ~。でも家族が仲良いってのは素敵なことじゃん!」

「銀ちゃんが来てから、家族の雰囲気がちょっと明るくなった気がしてるんだ。これで勉強にも良い影響を与えてれば言うこと無しだったんだけどね」

「贅沢言うな~。ちなみに、ゲームって何したの?」


「トランプしたり、ゴルフしたり」

「コア……じゃなくて銀ちゃん、トランプできるの⁉ そしてゴルフまで……」

「そうなの。トランプも色々やったけど、神経衰弱が一番好きらしい。ゴルフも、一人で黙々とやってるよ」

「ゴルフやってる姿とか——尊さMAXだね!」

「あれは、尊いのかなぁ?」


 玲は、銀仁朗がおたまでパターゴルフしている姿を思い出して、思わず吹き出しそうになった。

「とにかく、テスト良い結果だったでしょ~私! と言う事で、ご招待券獲得だよね!」

 麻美は期待感に満ちた目を玲に向けた。

「そだねぇ。もうすぐ夏休みだし……遊びに来ちゃう?」

「行っちゃう行っちゃう~」


 大喜びする麻美の姿を見て、笑みを浮かべた玲だったが、すぐさま真顔に戻る。

「でも、お母さんに聞いてみないとだし、今日帰ったらまた連絡するよ」

「イエッサー」

 麻美は敬礼のポーズをとりながらそう言うと、何かを思いついたように、手をポンッと叩く。

「あっ、そーだ! もし行っていいってなった時にさ、銀ちゃんと一緒に遊べるもの、なんか持っていっても良いかな~?」

「銀ちゃん色んな物に興味ありそうだから、きっと喜ぶよ」


「うちには兄ちゃんがいるから、男の子が遊ぶおもちゃとかも色々あるし」

「あ、それで思い出したけど、こないだ遊び道具を色々貸してあげた時にさ、私と桜が遊んでたリクちゃん人形も渡してみたの。だけど、気に入らなかったみたいでさ、無言で全部箱にしまっちゃったんだよ。ふふっ」

「女の子が遊ぶヤツって分かったのかな?」


「そんな感じだった。妙に照れてる感じで仕舞いだしたから、思わず笑っちゃった」

「それはウケるね~。じゃあ、兄ちゃんに要らなくなったおもちゃとか無いか聞いてみて、良さげのがあったら持ってくよ」

「ありがと。楽しみだね!」

「だね! 今年の夏は良い思い出がいっぱいできそうだぁ~」



 その日の夕方。玲は、夕食の支度をしている英莉子に話しかけた。台所からは、味噌汁のだしの香りがふんわりと漂っている。

「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」

「麻美のこと覚えてる?」

 玲は包丁を持つ母の横顔を見つめながら問いかけた。


「もちろん覚えてるわよ。確か自然学校の班が一緒になってから仲良くなった子よね。うちに遊びに来たこともあったんじゃなかったっけ?」

「そうそう。前に来たのは六年の時だったかな。でさ、麻美が久々にうちに遊びに来たいって言ってるんだけど……」

 英莉子は手を止めると、表情を曇らせた。

「ああ……銀ちゃんのことがあるもんね。うーん、どうしようかしら……」


「それなんだけどさ」

 玲は少し言いにくそうにもじもじしはじめ、意を決したように口を開いた。

「実はさ、あの懸賞に応募しようって言ってくれたの、麻美なんだよ」

「あら、そうなの?」

「たまたま麻美と一緒に食べてたコアラのマッチョのパッケージに、あの懸賞のことが書いてあってさ、ちょうど家に五個あるって話したら『だったら応募してみなよ!』って言ってくれたの」


 英莉子は腕を組み、しばらく何かを考えるように目を細めていたが、やがてぽんと手を叩いた。

「つまり麻美ちゃんは、銀ちゃんに出逢わせてくれたキューピッドってことね!」

 普段の麻美の姿と、玲の中のキューピッド像がミスマッチ過ぎて、玲は思わず笑いそうになった。

「いや、麻美がキューピッドってのは、なんか違和感あるけどなぁ」

 二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。


「でも、先生にあまり口外しないようにって言われてるし……」

「それなんだけどさ……。ごめんなさい!」

 深々と頭を下げる玲の姿を見て、英莉子は事の顛末てんまつを悟った。

「あー、話しちゃった感じなのね」

「……うん。あの懸賞の話になった時に、嘘ついて誤魔化そうとしたんだけど、私、嘘つくの下手だから、すぐバレちゃって……。ごめんなさい」


 玲が嘘をつく時の癖が出た姿が容易に想像でき、英莉子は苦笑いを浮かべる。

「またいつもの嘘つくときの癖、出したんでしょ?」

 玲はコクリと小さく頷いた。

「でも、その癖を知っていて、それを見逃さなかった麻美ちゃんは、きっと玲の大切なお友達だってことよね。いつも玲のことをよく見てくれてる証拠だし」


「やっぱり大事な友達に嘘つき続けるのって、正直しんどいなって思っちゃってさ。隠し通せなかった」

 英莉子は玲の顔をしばらく見つめていたが、やがてふっと表情をゆるめた。

「で、麻美ちゃんは銀ちゃんのこと聞いて、何て言ってるの?」

「絶対内緒にしてくれるって。約束破ったら切腹するらしい」


「せ、切腹はマズイわね」

 英莉子は『切腹』という単語に一瞬固まり、思わずまな板の上に置いてある包丁に目をやった。玲が学園内で一体どんな日常を送っているのか想像しきれず、少し顔が引きつった。

「それはまぁ冗談だけどさ。でも絶対に誰にも話さないって言ってくれてる」


 英莉子はしばらく考え込むように鍋の中を見つめていたが、しばらくして小さく頷いた。

「そっかぁ~。じゃあ、仕方ないか。普段ワガママなんか全然言わない玲からの頼み事だし、ご招待して差し上げましょうか! 銀ちゃんとのご縁を作ってくれた人でもあるなら、張り切ってご歓待しなくちゃだしね」

「ほんと⁉ ありがとうお母さんっ!」


 玲はその場で跳ねるように喜び、両手をぎゅっと握った。

「お友達に銀ちゃんのこと喋ったって桜が聞いたら、色々とややこしいことになると思うから、桜には私から良いように言っておくわ」

「助かる。お願いします」

「何かを守る為につく嘘もあるからね!」

 そう言って、英莉子は玲にウインクした。玲も少し照れたように笑い返した。

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