第10話【やってみそ】
ある日の夕食後、桜は以前から気になっていた疑問を、銀仁朗に投げかけた。
「ねぇ銀ちゃん。今更なんだけど、何で普通にお話できるの?」
「あぁ、それな。話すと長なるんやがなぁ」
「聞きたーい!」
隣にいた玲も、興味津々と言わんばかりに激しく
「せやなぁ、まぁええか。ほな話したろ」
同時に「お願いします!」と応え、シンクロした姉妹を見て、銀仁朗は微笑んだ。そして、一度目を閉じ、頭の中で過去の回想を始めると、ゆっくりと口を開いた。
「わしは元からおしゃべり出来たわけやないんや。まぁ当然やわな。自分で言うんも何やが、努力の
「だよねー、普通は無理だよね!」
「そや。わしの飼育係してくれてた
銀仁朗は、特訓に明け暮れた日々を思い出し、顔をやや引き
「大川さんは、何を根拠に銀ちゃんがしゃべれるようになるって思ったんだろう?」
玲の質問に、銀仁朗は両手のひらを上に向け、肩をすくめながら首を左右に振った。
「知らんがな。でも大川のおっちゃんがおらんかったら、こうやって二人とおしゃべり出来んかった訳やし、まぁ感謝せなやな」
「いい飼育員さんでよかったねー」
「まぁ、あんなヘンテコなおっちゃん、そうそうおらんけどな。わしが遊ぶん好きなったんも、大川のおっちゃんからの特訓がてら、色々教わったからやしな」
「だからトランプやったことあったんだー」
「桜っこ達も、玉子動物園には行ったことあるやろ?」
「もちろんあるよー」
「じゃあ、わしらがおったコアラ館を見たことある思うけど、あそこには娯楽言うもんが一個も無かったんや」
「あー、確かに。木が何本か立ってただけだった記憶があるねー」
「そやねん。パンダには遊具が与えられてたらしいけど、わしらにはゼロや。酷いよなぁ。わしらも
「素敵な飼育員さんに出逢えてほんと良かったね」
「そやな。玲の言う通りやな」
「トランプ以外には、何をして遊んでたの?」
「体動かす遊びもいっぱいやったで。野球とか、サッカーとか、あとゴルフとかな。わしはゴルフが一番好きや」
「へぇ~、スポーツとかもやってたんだー」
「お遊び程度やがな」
「桜も自然学校でグラウンドゴルフやったよー」
「オモロいよな、ゴルフ」
「難しかったけど、穴にボール入った時は嬉しかったなぁ~」
「そうそう。一発で入った時の快感がたまらんねや」
銀仁朗が、ゴルフ好きと聞いて、玲はある事を思い出した。
「そういや、お父さんも昔ゴルフにハマってて、休みの日にずっとリビングで練習してたよね。あれまだ家にあるんじゃないかな?」
「ただいまー」
「お、噂をすれば何とやらだねぇ。パパおかえりー。あのさ、パパが昔やってたゴルフのやつってまだあるー?」
「何だい急に? パターの練習で使ってたゴルフマットならあるけど」
「それ出してきてくれないかなぁ? 銀ちゃんゴルフするの好きなんだってー」
「マジか。でもパパのパターは、銀ちゃんには大き過ぎるかもだよ」
「何でもいいから、とりあえず出してあげてー」
「う、うん分かった。ちょっと待ってて」
「ありがと、パパ」
「父上、今日もお疲れの所すまんな」
「いいんだよ。寧ろ、もっと色んなお願い事言ってきてくれていいからね」
「おおきに」
健志は、リビングの隅にある収納の中から、やや大きめの黒い袋を取り出した。
「あったよ。久々に出すなぁ、これ」
「パパはもうゴルフしないの?」
「よく一緒に行ってた同僚が東京に転勤になっちゃってね。それ以来やる機会が減っちゃったんだよ」
「大人の事情ってやつ?」
「まぁそんなとこだね。じゃあセットしていくよ」
「あれー? これってこんなに小っちゃかったっけ?」
「これが小さくなったんじゃなくて、桜が大きくなったんだよ。桜が幼稚園の時くらいによくやってたからね」
「でも、銀ちゃんには丁度良い大きさかも!」
「マットは丁度かもだけど、こっちがね……」
健志はパターを手に取ると、それをまじまじと見つめた。
「その棒は、確かに銀ちゃん持てないねー」
「これはパターって言うんだよ。さて、どうしようか」
「健ちゃんご飯出来たよ。あら、久々にゴルフやるの?」
「やるのはパパじゃないよ。銀ちゃんがゴルフ好きなんだってー。だからパパにお願いして出してもらったの。でも、このバターってやつが大き過ぎて銀ちゃんには持てそうにないんだよー。どうしたらいいかなぁ?」
「バターじゃなくてパターね。そうねぇ……あ、良いこと思いついた! ちょっと待ってて、キッチンから良い物を取ってくるから」
「え? 英莉ちゃん、何でキッチン?」
「いいから待ってて!」
「キッチンにゴルフする道具なんてあんのかいな?」
「普通は無いけど……英莉ちゃんのひらめきを信じてみよう」
「はーい、お待たせ。ジャジャーン! これでどうかな?」
そう言って、英莉子はキッチンから取ってきた銀色のアレを右手で掲げ、さながら魔法少女の登場シーンの様なポーズを決めた。
「あぁ、なるほど。おたまか! 英莉ちゃんナイスアイデア」
「それなら銀ちゃんに丁度そうだねー」
「でしょでしょ~。これなら銀ちゃんにも持ちやすいサイズだし、パターの代わりになりそうかなって」
「母上、これ使って宜しいんか?」
「いいわよ! この間、取っ手が猫ちゃんになってる可愛いのを見つけちゃって、思わず買っちゃったのよねぇ~。だからこっちは今使ってない方だから問題ないわ」
「ほなら、有難く使わせてもらいまっせ」
「良かったねー、銀ちゃん。じゃあ、お手並み拝見と行きましょうかー」
「桜も一緒にやるか?」
「やるー。桜はパパー使ってみる」
「あんた、パパのパターが混ざってパパーって言っちゃってんじゃん」
「パパのパターだからパパーであってるんだよー」
「何じゃそりゃ。何でも良いけど」
姉妹漫才の様な会話をよそに、銀仁朗は、おたまでの素振りに夢中になっていた。
「さあ、銀ちゃん。何回で入れられるかなー?」
「久々のゴルフやさかい、下手でも笑わんといてや」
「大丈夫。たぶん桜の方が下手だ!」
「あんたは何を自信満々に下手アピールしてるのよ」
「自然学校での実績があるからねー」
「ほな、わしが先やんでぇ……ほい!」
銀仁朗の打ったボールは、カップまでかなりの距離を残して止まった。
「ありゃりゃー。全然届かなかったねー」
「ま、まぁ、始めはこんなもんやろ。ちょっとずつコツ掴んでいくもんやしな。次、桜っこもやってみなはれ」
「あいあいさー。一発で決めてやる!」
「下手アピールしてた人がよく言うわ」
「お姉ちゃんうるさいぞー。ゴルフ中は静かにしないといけないんだよー」
「一番やかましい人にだけは言われたくなかったわ」
「んじゃ打ちまーす。あ、あれ~。場外に行っちゃったぁ~」
「ドンマイや。ほなわし、もっかいやんで。チャー・シュー・メン!」
「何それ? ってあぁ、惜しい!」
「大川のおっちゃんが言うてたん思い出したんや。これ言うとタイミングが合うようになって良いらしい」
「なるほど……。 桜もそれでやってみるねー。チャー・シュー・メン!」
「あんた、また場外だよ。ゴルフのセンス皆無だね」
「何さ! じゃあお姉ちゃんもやってみなよー」
「えー。私やった事ないし」
「そうやって何でも否定してたら勿体ないよー。もしかしたら、お姉ちゃんにゴルフの才能があるかもしれないじゃん。やってみないと分かんないんだからさ。ほい、パパー」
「だから、パターな。分かったよ、やってみる。笑わないでよ」
「笑わないよー」
「絶対笑うやつじゃん」
「いいから、ほら早くやってみそ」
「……じゃあ、いくよ。それっ」
「お、お、おー!」
玲の放ったゴルフボールは、一直線に直径10.8センチのカップの中へと吸い込まれた。
「えっ、入っちゃった……」
「玲、めっちゃ巧いやんけ! ほんまに初めてか?」
「え、あ、うん。入ったね……」
「ちょちょちょーい、マジか⁈ まさかお姉ちゃんにゴルフの才能があったなんて……。も、もう一回やってみてよ」
「うん。じゃあもう一回いくよ。せーの……あっ」
二打目の行方を見た全員が確信した。ファーストショットは、紛れもなくビギナーズラックであった事を。
「だ、だから嫌だったのよ」
「まぁまぁ玲。さっき桜っこの言ってた通り、何事にも挑戦する事が大切や。わしが会話出来るようになったんも、無理やと初めから決めつけずに頑張ってみた結果や。初めっから挑戦すらせんかったら、その瞬間出来ない事が決まってまう。少しでも可能性を信じてやり続けたら、可能性はゼロでは無くなる。それが一番大事なんやで」
「銀ちゃんが言うと、言葉の重みが違うな」
「そかぁ? よぉ分からんけど。何事も、やってやれないことは無い。やらずに出来る訳が無いんや。自分自身で無理と決めつけるんは一番勿体無いことやで」
「分かった。でも、ゴルフはもうしないかな」
「ありゃ、お気に召さんかったか」
「ううん。私、テスト勉強があるの忘れてたから……」
「あー、それはOBやな」
「OBってどういう意味?」
「お部屋に戻って、勉強せなや」
「はぁい……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます