第8話【人生すごろく】

 土曜日の朝、いつもより遅めの朝食を終えた玲は、英莉子に人生すごろくの在処ありかを聞いた。


「お母さん、うちに人生すごろくがあるってお父さんが言ってたんだけど、どこにあるか分かる?」


「人生すごろくなら、いつかのお正月に遊んで以来、どこかのクローゼットの肥やしになってるはずだけど、どこだったかしら?」


「それなら、桜の部屋にあったと思うよー。上の方にあるから、パパ取ってきてー」


「パパ遣いが荒いなぁ~桜は。分かりましたよ」


「ありがと、パパ」


「いいよーん」


「……やっぱチョロいな」


「あんた、お父さんのこと、チョロいとか言わないの。まぁ事実だけど」


「もぅ、二人ともそんな風に言わないの!」


 そんな会話がなされていたとは露知らず、健志が笑顔で桜の部屋から戻って来た。


「見つけてきたよー! なぁんか、二人がまだ小さい時に買ったからか、改めて手に取ってみると、昔より小さく感じるなぁ」


「ほんとだわねぇ。これ買った時、桜が持つーって聞かなくて、小さな体で一所懸命に抱えて歩いてたから、当時は大きく見えてたのかもしれないわね」


「ふーん、全然覚えてない」


「あんた、いっつも何でも持ちたがってたじゃん。昔スーパーでたけのこ買った時も『桜が持つー』って言い出して『重たいからママが持つね』って言ったら大声で泣き出したじゃん。仕方なく桜に持たせてみたけど、やっぱり重た過ぎて持っていられずにずっと引きって歩くもんだから、帰る頃には少し小さくなってんだよ、筍」


「あったわねぇ、そんなこと。よく覚えてたわね」


「ふーん、桜は全く覚えてない」


 健志は、母娘おやこの会話に顔をほころばせながら、少しほこりの被っていた人生すごろくの外装を開封した。


「おぉ、中はまだ新品みたいだな」


「そりゃそうよ、私の記憶が確かなら、これ一回しかやってないんですもん」


「じゃあ、今日が記念すべき二回目ってことだ」


 初めて見た玩具に興味津々な銀仁朗は、ワクワクを隠し切れない様子で早口で質問をまくしたてた。


「人生すごろく言うたかいな。これは何するゲームなんや? ルールは? 何したら勝ちや? 早よ教えてんか!」


 その勢いに少し引き気味になりつつ、玲は銀仁朗に質問の答えを述べた。


「ちょい落ち着こうか銀ちゃん。人生すごろくはね、所謂いわゆるボードゲームだね。ルーレットを回して、出た目だけ進んで行くの。で、止まったマスに書かれているイベントが発生して、良いことが起きたらお金が貰えて、悪いことが起きたら、お金が減ったり、一回休みになったりするって感じ。最終的に一番のお金持ちになった人が勝ちだよ」


「似たようなんやったら、昔やったことあるなぁ。わしがやったことあるんは、サイコロ振って進んでくやつや」


「そうそう。それのルーレットバージョン」


「なんや楽しそうやのぉ。ほな早よしよ。父上、準備よろしゅう」


「はいはーい。只今」





 健志は、テキパキと準備を進め、ものの数分で用意を整え終えた。


「父上ありがとさん。ほな早速わしから始めさせて貰うでー。とりゃ」


 銀仁朗のサポートを、桜が率先してやってくれた。


「何が出るかなーっと、5だね。1、2、3、4、5っと。ここは何のイベントが起きるでしょうか『アルバイトを始める、1000$もらう』だって」


 玲は、マスに書かれた発生イベントを見るや、あごに手をやり、何やら考えだした。


「銀ちゃんが出来そうなアルバイトってなんだろ?」


「そうねぇ、あれとかいいんじゃない。ベビーシッターとか」


「英莉ちゃん、さすが! 目の付け処が良いね。銀ちゃんなら、どんな赤ちゃんもすぐにあやせられそうだもんなぁ」


「桜も銀ちゃんにトントンして欲しかったなー」


「なるほど。こうやって一つ一つのイベントで話盛り上げていく言う訳やな。ええやん」


「じゃあ次、桜が回しますよーっと。お、桜も5だ」


「玲、他の人と一緒の所に止まっても大丈夫なんか?」


「最初の方はあまり問題ないよ。中盤以降に同じマスに止まると、相手からお金を奪ったり、奪われたりすることもあるけど」


「なんや物騒なイベントが起こる時もあるって事か」


「そんな感じ」


「桜もアルバイトで1000$もらうだけど、桜は何が似合うかな?」


「あんたはガソリンスタンドじゃない」


「何でさ、お姉ちゃん」


「声がデカいからに決まってるでしょ」


「何だよその理由! 桜はテーマパークとかでアルバイトしたいなー」


「桜なら出来そうだわね。明るい性格だし、ああいう所のスタッフさんは、みなさん明るくて元気だものねぇ」


「でしょでしょー。本当にやろうかなぁ、何てね。さ、次はお姉ちゃんの番ね」


「じゃあ回すよ。おぉ、10だ。えっと、ここのマスは『タンスの角に小指をぶつけて骨折する、2000$はらう』だって。しょっぱなからマイナスだしー、めっちゃ痛いやつだしぃ、最悪なスタートじゃん」


「これは、悪い方のイベントやな。なるほどなるほど。次は母上かいな」


「はーい。あ、7だ。このマスは『宝くじの3等が当たる、5000$もらう』だって。せっかく当たるなら1等が良かったなぁ。でも、タンスに小指がよりかはマシか」


「ブーブーブー」


「あはは、可愛い豚さんが居るね。じゃあ次はパパの番だねって、えぇ……1じゃん」


「パパ、安定の引きの悪さだねー」


「桜ぁ~。あ、でもこのマス『迷い猫を拾う。富豪の猫だったので、お礼に10000$もらう』だって! 初めから富豪の道確定じゃないかこれ」


「お父さん昨日大貧民だったから、その道は無いんじゃない」


「玲までぇ~。フッフッフ、娘達よ。今日のパパは昨日とはひと味も、ふた味も違うぜ」


 ドヤ顔で決め台詞を言う健志だったが、見事に全員にスルーされるのだった。


「なんや楽しなってきたなぁ。よっしゃ、次はわいの二巡目やな。そら、次は4か。このマスは『手作りクッキーがご近所で評判に。皆から1000$ずつもらう』やて。こないなパターンもあるんか。おもろいやん。ほな、皆さんお支払い頂きまっか」


「ちぇー。私も稼ぐぞーっと、次は2か。あ、さっきのママと一緒のとこだ。プラス5000$だぜー」


「私は……3かぁ。あっ『万馬券を当てる。7000$もらう』で、今日初プラスだ」


「ママの次は8。『スポーツ選手の異性と出逢いのチャンス! ルーレットを回して奇数が出たらお付き合い開始、偶数が出たら破談』だって」


「玲、これは良いマスなんか?」


「これはね、人生すごろくの特徴で、後々に結婚イベントとか、出産イベントとかが出てくるんだけど、相手がいないと結婚って出来ないでしょ。そういうイベントの為の布石ってやつだね」


「はぁ。よぉ分からんが、相手が居るか居ないかで、将来のイベントが成立するかどうかが変わってくるいうことかいな」


「その通りです。銀ちゃん本当に賢いよね」


「母上、ではルーレットを回してみて下さいな」


「行くよー、それ。あ、7だ! 奇数だからお付き合い開始だ。銀ちゃん、お相手が出来たら、この棒をここに刺すの。後で子どもが出来たりした時も、こうやって増やしていくのよ」


「出逢いのイベントや、出産イベントが起こったら、人に見立てた棒が増えていくっちゅうことか。分かりやすいがな」


「健ちゃんごめんねぇ、彼氏が出来ちゃった」


「うぬぅー。パパもどんどん進んで追いついてやるから待っとけよー、それ。おおー、今度は9。大きい数字だ……って、ここはさっきの玲と同じ、タンスの角に小指ぶつけるマスじゃんかよぉ。トホホ」


「父上、ドンマイ」




 そんなこんなで、ゲームは中盤まで進み、大局を迎えていた。


「あ、やった! ママ、お付き合いしている相手とゴールインだって」


「え、英莉ちゃんが……僕を置いて他の男と結婚するだなんて……」


「ゲームの中の話でしょ。てゆうか健ちゃんだって今、売れないアイドルと付き合ってるってことになってるじゃない」


「いや、今は売れて無いけど、すぐにでもブレイクするはずだし!」


「そもそも〜、アイドルが恋人作っちゃダメでしょ~」


「恋愛禁止の事務所じゃないんだよ、うちは」


「さいですか~。きっとお二人は、茨の道を歩んで行くんでしょうねぇ~。その間、私はプロスポーツ選手と結婚して安泰ですけどねぇ~」


「なーにが安泰ですか。スポーツ選手つったって、みんながみんな年俸高い訳じゃないしぃ~。足やら腰やらに爆弾抱えてるかもんないしぃ~。選手としてのピーク過ぎてるかもだし。めちゃくちゃ厳しい世界って事では、芸能界と大して変わんないしっ!」


「おほほほほ。本当に騒がしい男ざますわね。少し前のイベント、ちゃんと見てなかっのかしら。ここに『異性がスポーツ選手の場合、プロ契約により1000000$もらう』ってちゃんと書いてあるわよ。おほほほほ」


「それ、パパがさっきトイレ行ってた時のイベントだから見てないんだよ」


「うぐっ、現役バリバリ億超えプレーヤーだと……完敗だ畜生! こんなゲーム、もう止めだ、止めー」


 そう言って、健志はリビングから逃げ去ってしまった。


「あーんもう、あの人ったら。本当にこういう所お子ちゃまなんだからぁ。ま、そこも含めて好きなんだけどね。 健ちゃーん、億超えスポーツ選手なんかより、あなたの方が大好きですからねー、機嫌直して下さーい」


 英莉子はそう言い残し、健志の後を追いかけていった。


「……ねぇ、うちら一体何を見させられているの」


「まー、仲が良いことは……悪い事ではないんじゃないかなー」


「全く、人というのは本当に理解が追いつかん生き物やな」


 玲は銀仁朗の言葉に真顔で深く頷き「アグリーです」と言い、桜も「大人ってよく分かんないよねぇ」と応えるのだった。


「人生言うもんは、ルーレットのように、そう上手くは回らんゆうこっちゃな」


「巧いこと言うね、銀ちゃん」


「せやけど、わし人生すごろくあんま好きやないかもやわ」


「お気に召さなかったか、残念」


「いや、楽しいんは楽しいんやで。でも、ゲームとは言え、仲間や家族を蹴落としながらお金の奪い合いとかで勝ち負け競うっちゅうのが少し後味悪いなぁと思ってしまうねん」


「それは言えてるかも。人生すごろくに似たゲームの、金太郎電鉄とか、いただきストーリーとかは、友情破壊ゲームって言われてるらしいし」


「友達と楽しく遊ぶためのゲームで、友情破壊してもうたら本末転倒やないか」


「その通りだね。夫婦生活破壊されたら私たちも困るから、ちょっとお父さんとお母さんの様子見てくるよ」


「あかんかったら呼んでくれ。わしも手伝うから」


「その心配は無いよー。ほら、あそこでイチャついてる」


「あーね。心配して損したわ」


「……まぁ夫婦円満が一番やさかい」


「とはいえ、次の家族崩壊の危機を招かないように、うちの人生ゲームは、またクローゼットの肥やし行き確定だね」


「振り出しに戻る、やな」

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