第7話【トランプ大会】
夕食後、銀仁朗のリクエストに応え、玲、桜、英莉子、そして銀仁朗が参加するトランプ大会が開催された。
「腹も膨れたところで、お楽しみのトランプやりまひょ!」
「銀ちゃん、トランプ遊びで何をやったことある?」
「ババ抜きと、神経衰弱と……あと大富豪もやったことあんで」
英莉子は、銀仁朗の返答に対し、納得がいかないようで、異を唱える。
「ちょっと待って。『大富豪』じゃなくて『大貧民』じゃなかった?」
「え、お母さん、大富豪でしょ。桜もそう言ってるよね?」
「うん。自然学校の時にみんなでやったけど、みんな大富豪って言ってたよ」
「本当に? ママはずっと大貧民って言ってたけどなぁ。そういや、住んでる場所によって呼び方が違うゲームって結構あるって話よね」
「それ、こないだテレビでやってた。『だるまさんがころんだ』も違うって」
「桜それ知ってる。『ぼうさんがへをこいた』って言うんでしょ」
「ママ、逆にそれ知らないわ。『ぼうさんがへをこいた』って面白いわね」
「遊びの名前なんかも、地域によって違うんやな。知らんかったわ。ちなみにルールは一緒なんか?」
「多分一緒だと思うけど。試しに大貧民、じゃなくて大富豪をやってみましょうか」
「せやな。母上の言う大貧民と、わしらがやってた大富豪に違いがあるんか試すんも、また一興やしな」
「じゃあ、ママがトランプ配るわね」
そう言って、英莉子はトランプをシャッフルし、各自にトランプを配った。
「はい、じゃあクラブの3持ってる人は誰かな?」
「お母さん、
「え、そこから違うの?」
「うちらは、いつもクローバーって言ってたけど、銀ちゃんは?」
「どやったかな。そんなん気にしたことなかったさかい……たしかクラブやった気がするけどな」
「桜がスマホで調べてみてあげるねー。えっとねー、これだ。へぇ~。英語ではクラブなんだって。日本ではクローバーって言う人もいるってさ」
「桜、仕事が早いわね。ありがとう。また一つ勉強になったわ」
「母上、ルールのとこで言いたいことがあったんやが、ええか?」
「何? また違う所あった?」
「せやねん。わしがやってた大富豪のルールでは、最初にカード出す人はハートの3を持ってる人やったんやが」
「あ、それ私もそうだ」
「桜もそれでやってたー」
「ま、またマイノリティなのね、私……」
「ほな、今回はわしらのルールを適用して、ハートの3持っとるわしから出すでぇ」
「やるからには、ママが大人の意地で、一位を取っちゃうわよ~」
「桜にはだけは負けたくないから頑張ろっと」
「お姉ちゃんうるさい。負けて泣きべそかかないようにねー」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「キー! ママ、銀ちゃん、お姉ちゃんをギッタンギッタンにしてやろう!」
「母上、わしが知ってる大富豪は個人戦なんやが、チーム戦のルールもあんのんか?」
「無いわ。ただの姉妹(きょうだい)喧嘩(げんか)よ。無視して大人の恐ろしさを見せつけてやりましょ!」
「お、おう(母上は、子ども相手でも容赦なく本気出すタイプの大人のようや。敵に回すと厄介なタイプやな。覚えとこ)」
数分間の白熱した戦いは、思わぬ展開で幕を閉じた。
「な……なんで私が大貧民なの……」
「やーい、ほら見ろお姉ちゃん。桜が大富豪だー」
「悔しい……もう一回やるよ!」
「望む所だよー。でも桜には勝てないだろうけどねー」
再び熱戦の火蓋が切って落とされようとしたその時、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。
「ただいまー」
「あ、パパ帰ってきたみたいね。ママはパパのご飯の支度するから、抜けるわね」
「みんなで集まって何して——あぁ、トランプか。何のゲームしてたんだい?」
健志の質問に桜が応える。
「大富豪だよー。あ、パパは『大富豪』か『大貧民』どっち?」
「うちはどっちでもなく、中流階級かなぁ」
玲は健志のお門違いな回答にツッコミを入れる。
「お父さん、うちの経済状況の話じゃなくて、『大富豪』か『大貧民』どっちで呼んでたかって話だよ」
健志は、自分が筋違いな返答をしたことに気づき、顔を赤らめた。
「あぁ、そういうことね、あははは……。うーん、パパの周りでは、大富豪って言うんじゃないかな。関東の人は大貧民って言うって聞いたことあるけど」
それを聞いて、玲が質問した。
「じゃあ、ママって関東出身なの?」
「そうだよ。中学までは、埼玉とか千葉に住んでたらしいよ」
「へぇ、知らなかった」
「玲に話したことなかったもだね。でも、同じゲームでも、人によって呼び方とか、ルールとかが変わるのって面白いよな」
銀仁朗は健志に近づき、ゲームのお誘いをした。
「仕事終わりでお疲れのところであれやけど、父上も大富豪やりまへんか?」
「いいね。ご飯ができるまで、パパ参戦といこうか!」
「桜が大富豪だからねー。そして、お姉ちゃんが
「強調すな。次は絶対負けないからね!」
言い争う姉妹をよそに、銀仁朗は健志に話しかける。
「わしらは中流階級からの下剋上と参ろうか、父上」
「そうだね、目指せ中流からの脱却だぁ!」
健志の参戦した大富豪の結果は、やはりと言うべきか、健志の惨敗で幕を閉じた。
「健ちゃん、ご飯できたわよ……って、どうしたの? そんなにやさぐれて」
「子ども達が……強ぇんじゃ」
「いや、パパが弱すぎるんだよ」
「桜の言う通りね」
「わしもそう思う」
すっかり意気消沈した健志が、英莉子に嘆願する。
「英莉ちゃん……こんな大貧民でも、ご飯を頂いてもよろしいでしょうか?」
「冗談言ってないで、早く食べなさい。玲と桜は、お風呂入ってきなさいよ」
「ならば、この大富豪の桜が、今宵も一番風呂を頂こうではないかー、わっはっはー」
「はいはい、さっさと行ってきな」
久々に遊んだトランプを眺めながら、銀仁朗は目を輝かせながら言う。
「わし、トランプ遊び大好きや。玲、風呂が空くまで神経衰弱やろや。わし神経衰弱も好きやねん」
「いいよ、付き合ってあげる。こうやって家族みんなでゲームして遊ぶのって、やっぱり楽しいね!」
数十分後——。
「お姉ちゃん、お風呂上がったよー」
「はーい。じゃあ銀ちゃん、私お風呂入ってくるね」
「おう。付き合ってくれてありがとう。……わし、もっと玲達と色んな遊び、やってみたいなぁ」
「色んな遊びって、トランプ以外ってこと?」
「トランプもええけど、もっとほかの遊びも知りたいし、やってみたいねん」
「好奇心旺盛だね」
「楽しいことやってる時が、一番ええがな」
「じゃあ、またみんなで色んな遊びにチャレンジしようか」
「おう、ほな次何する?」
「今日はもうおしまいだよ」
「なんでや~。これからが本番やろがい」
「私、テスト勉強しなくちゃだし」
「そうか……それは残念やが、仕方ないなぁ」
残念そうに肩を落とす銀仁朗を見て、英莉子が声を掛けた。
「銀ちゃん。私でよかったらお相手しましょうか?」
「母上! おう、よろしゅう頼んます!」
「私がトランプ遊びで一番好きなのがあるんだけど、それやってみる?」
「おー、何や何や。教えてくれ!」
「『スピード』って知ってる?」
「初耳やな。それやろ。早よルール教えてくれ!」
「わかったわかった。スピードは……」
健志は、食事をしながらみんなの様子を微笑ましく眺めていた。銀仁朗が加わったことで、家族の団欒に変化が生じていることに気づく。
「なんだか、家の中が賑やかになった気がするなぁ」
玲も同じことを感じていたようで、何だか嬉しくなる。
「私もそう思った! お父さん、お仕事終わりに付き合ってくれてありがとね」
「何⁉ また泣かせにきてる?」
「あ、そういうのいいです」
「本当に泣いちゃうよ、違う意味で」
「はいはい。銀ちゃんが来てから、家の中が明るくなった感じするよね。別に今までが暗かったわけじゃないけど……なんだろうね、言葉では表せないな」
「生命ってのは、そこにあるだけで光り輝いているものなんだよ。それが人間であれ、他の動物であれね。銀ちゃんという生命がうちに来てくれたことで、光が一つ増えたから、前よりも明るく感じるんじゃないかな」
「光が増えた……か。あ、そういえばさっき銀ちゃんがこんなこと言ってたんだ」
「ん? どんなことだい?」
「もっとみんなで楽しく遊びたい。知らない遊びもしてみたいってさ」
毎度ながらに、変わったことを言ってくるコアラだなと感じつつも、健志はその言葉をしっかりと受け止める。
「本当に変わったコアラだなぁ……。でも、銀ちゃんの願いだ。家族として、叶えてあげなくちゃだね!」
「うん、私もそう思う」
「そうだ! うちにいつかのお正月にやったっきりで、どこかにしまってある『人生すごろく』があるはずだよ。明日は土曜で休みだから、久々にみんなでやってみようか!」
「うちに人生すごろくなんてあったっけ?」
「あるんだって……たぶん」
「どこに?」
「うーん。英莉ちゃんに聞いてみないと分からないなぁ」
「もう、お父さんったら」
「面目ない……」
玲は、母と銀ちゃんが楽しそうにスピードに興じている姿を横目で見て微笑んだ。
「ふふっ。今は銀ちゃんとのスピード勝負に夢中みたいだから、また明日聞いとくね」
「ありがとう」
「お父さんも、ありがとう。銀ちゃんのこと、ちゃんと考えてくれて」
「当然だろ。なんてったって、一家の大黒柱だからね!」
「ゲームでは大貧民だけどねー」
「……しゅん」
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