第4話【ショッピング】

 夜も更け、就寝時間に近づいた頃、玲はリビングでテレビを観ている英莉子に話しかけた。


「ねえ、お母さん。明日学校から帰ってきたらリリポートに行かない?」


「いいけど、何か欲しい物でもあるの?」


「うちペット飼ったこと無いからさ、銀ちゃん用のグッズとか全く無いじゃん。ベッドで一緒に寝る訳にも行かないだろうし、トイレだってどこでするのって感じだし」


「言われてみればそうね。何もかもが唐突過ぎて、そこまで頭回ってなかったわ」


「リリポなら、おっきなペットショップがあるし、銀ちゃん用に使えそうなグッズ揃えられるかなって思って」


「桜もリリポ行きたーい」


「桜グッズは買わないよ」


「お姉ちゃんが買ってくれる訳じゃないでしょ」


「そりゃそうだけど」


「はいはい。じゃあ明日は三人で銀ちゃんグッズを買いに行きましょうか」


 すぐ横に居るのに、問答無用で買い出しの輪から外されている健志は、一人浮かない表情を浮かべていた。


「健ちゃん、買ってきておいた方が良さそうな物何か思い当たる?」


「うーん……寝る時用の大木とか?」


「うちには置けませんよ」


「じゃあ、CMでやってる、キリンさんが住める家に引っ越そうか!」


「お、いいねー。桜も賛成ー」


「銀ちゃんの為に真面目に考えてるの。二人ともふざけないで」


 健志と桜は、英莉子の一喝で肩をすくめ、同時に「すみません」と謝った。


「分かったら宜しい。銀ちゃんは、何か欲しい物とかある?」


「せやなぁ。わしらコアラは、布団に横になって寝る習慣が無いさかい、大木とは言わんが、何かに掴まって寝る事ができそうなもんがあれば嬉しいけどなぁ」


「なかなかに難しい注文ね……」


「あ、言い忘れとったけど、わし普通にみんなと同じトイレ使わせて貰えたらええで。ただ、便座までちょっと高さがあるさかい、そこまで届かへんのだけどうにかして貰えたら助かるわ」


 玲は、しれっと銀仁朗が凄いことを言っているのに気付いた。


「トイレにも一人で行けるってことか。やっぱり銀ちゃん凄過ぎじゃない? じゃあ、小さい子用のステップみたいなのがあれば解決するんじゃないかな?」


「あー、昔あたな達が使ってた補助ステップがあったけど、お役御免になったから、捨てちゃったわねぇ。置いておくべきだったわ」


「リリポの中って、ベビちゃん本舗もあったよね?」


「そうだったね。とにかく、明日リリポで色々使えそうなものを探しましょうか」


「うん。何かワクワクするね!」


「パパも一緒に行きたいんですけど……」


「健ちゃん、明日もお仕事よね」


「はい、そうでしたね……しゅん」


「パパは家族が増えたんだし、今よりいーっぱい、お金稼いできて下さーい」


「はぁい」


「父上、諸々宜しゅうお願いします」


「パパ、大好きだよー」


「桜~。よぉし、元気出たぞー。明日も頑張ってきます!」


「ほんとチョロ松さんだね、パパは」


 英莉子は、ポンっと桜の頭を軽く叩き、たしなめた。


「そんな言い方しないの。ちゃんと、普通に、感謝の言葉を言ってあげなさい」


「はーい。パパいつもありがと」


「あ、今日は熱帯夜かな……、目から大量の汗が滲み出てきて止まらないや」


「もう、お父さんったら。でも、いつも本当にありがとう」


「玲まで……。パパを脱水症状にさせるつもりですか⁉ 英莉ちゃん、うちに経口保水液はありますか?」


「もう、冗談はそのくらいにして、健ちゃんは早くお風呂入ってきなさい。顔が涙……じゃなくて汗でしたね。汗でぐちゃぐちゃだよ」


「そう致します」




 翌日の夕方。健志を除いた三人は、リリポートへとやって来た。大原家から自転車で十五分程の距離にある大型商業施設である。


「さて、リリポートに着いたけど、まずはどこへ行きましょうか」


「ここからだと、一番近いのはペットショップかな」


「ワンちゃん見に行こー」


「あんた、今日の目的忘れてないでしょうね」


「わかってますー」


「どうだか」




 三人は、メインエントランスのすぐ側にある大型ペットショップへと向かった。


「着いたわね。ママ、何気にここのペットショップ入るの初めてかも」


「私も初めて。ペット飼ってなかったら用事無いもんね」


「桜は何回か来たことあるよー。お友達とワンちゃんとネコちゃん見に」


「冷やかしは止めなさい。お店の方にご迷惑になるでしょ」


「はーい」


 店内に入ると、子犬と子猫の入ったケージが見え、その近くには、当然ながら犬猫用品がズラッと大量に陳列されていた。それを見て玲が言った。


「やっぱり犬猫用のグッズは種類が多いなぁ。当然だけど、コアラグッズは……無いね」


「ねーねー。あの奥にある木、なかなか良さそうじゃない?」


 桜がなにやら店内の奥を指さしながら言った。そこは、鳥などを飼育する為のグッズが置いてあるコーナーだった。


「結構しっかりしてそうに見えるんだけどなぁー」


 それは、猛禽もうきん類を飼育する際に使われる止まり木のたぐいの様だった。奥まで進み、くだんの木の近くまで到着すると、玲が言った。


「確かに良さそうかも。太さも割とあるね」


「大木じゃないって銀ちゃん怒らない?」


「銀ちゃんは大木を求めてないから。お父さんと桜が言ってただけでしょうが」


「そだっけ? まぁ細かいことは置いといて、あそこの店員さん呼ぶね。すみませーん」


 桜の呼び出し声に気付き、駆けつけてくれたスタッフに、英莉子が質問した。


「あの~すみません、この木って売り物なのでしょうか?」


「はい、販売しておりますよ。フクロウか何かをお飼いになられているのですか?」


「違うよ、コア……んがっ」


 英莉子は桜の口を手で押さえ、強制的に黙らせると、店員に話を合わせにいった。


「そ、そうなんです~。今使ってるやつの枝が折れてしまいまして~、新しいのを探していたんです~」


「なるほど、そうでしたか。フクロウの爪は鋭いので、枝が徐々に削られて、木が折れたり割れたりしてしまうことがあるんですよね」


「で、ですよねー。ちなみにこちらはおいくらなんですか?」


「こちらは以前当店で販売していた、シロフクロウが止まり木として使用していた物だったんですが、売り場改装の為、アウトレット品として販売させて頂いております。定価の七割引きと大変お求め安くなっており、お値段六千円でご提供させて頂いております」


「え、割と安くない? 相場分かんないけど」


「七割で六千円だから……元値は二万円ってことかなぁ?」


「お、桜やるじゃん。合ってる」


「桜、算数めっちゃ得意だから。お姉ちゃんより出来るから」


「言っとけ」


「試すには丁度良さそうね。でも結構重そうよ。今日はパパ居ないし、車じゃなくて自転車で来てるし、どうやって持って帰ろうか……」


「自転車で来られているということは、ご自宅はお近くですか?」


「隣町なので、ここから自転車で十五分くらいですね」


「でしたら、明日のお届けにはなってしまいますが、同一市内であれば無料でお届けするサービスがございますので、そちらをご利用いただけますよ」


「あら、助かるわね。それじゃあ、これ頂けますか? あと、爪研ぎとブラッシング用のブラシも必要になるかもだから買っておこうか」


「はい、ありがとうございます。では、お届け先のご住所等をこちらの用紙にご記入頂けますでしょうか」




 何とか銀仁朗のお眼鏡にかないそうな寝床を見繕みつくろう事ができた三人は、次の目的地へと向かった。


「まずは良好なスタートって感じね」


「桜がまさかの良い仕事したね」


「まさかは余計だ、お姉ちゃん」




「次はベビちゃん本舗ね。あなた達がこんなに大きくなっちゃったもんだから、ここの店にも久しく寄ってなかったわ。子どもの成長は嬉しいもんだけど、同時に小さかった頃の記憶が薄れていくのは、それはそれで寂しいのよね……」


「なぁに、お母さん。急にノスタルジックな雰囲気になっちゃって」


「あんなにちっちゃくて可愛かった玲が、ノスタルジックなんて難しい単語使うようになっちゃったのよ~。嬉しいやら寂しいやら……」


「はいはい。突っ立ってないで、ベビちゃん本舗入るよ」


「トイレのステップなら、あっちじゃない?」


「あんた、今日どうした? グッジョブ続きじゃん」


「お買い物の才能が開花したかも」


「あ、あれ見て! あなた達が使ってたやつの色違いが売ってるわ!」


 玲と桜が幼い頃に使用していた補助ステップの色違い品を発見した英莉子は、懐かしさでテンションが上がった。


「なんか見覚えあるかも」


「桜は覚えてないなー」


「あんたが一番最近まで使ってたはずでしょうに」


「ねぇ、これにしましょうよ! パパもきっと懐かしいって言うはずよ」


「ねぇー、補助便座は要らないの?」


「桜……今日どうした? めっちゃ冴えてんじゃん」


「銀ちゃんがトイレに落ちて流されたら可哀そうじゃん」


「いや、流されはしないでしょ。便器にはまる可能性は……な、無くは、無い……ププッ」


「え、何お姉ちゃん? 急に笑いだして」


「あ、あはっ、あはは、ちょ、ちょっと、銀ちゃんがトイレに嵌ってる姿を思い浮かべたら、めっちゃシュールだなって思って……ツボった」


「それは確かにオモロいなー」


「そうならないようにしてあげないとだし、これも買いましょう。じゃあレジ行こうか」




「玲、全部持ってくれてありがとう」


「いいよ。とりあえず、これで当面は何とかなりそうかな」


「そうね。銀ちゃん待ってるし、そろそろ帰ろっか」


「疲れたー。お腹空いたー。喉渇のどかわいたー」


「うわぁ、でたでた。ほら帰るよ」


「確かにママもちょっと疲れたわ。家帰ってご飯作るの面倒ねぇ」


「だよねー。ママも疲れたよねー」


「そうねぇ……。ハンバーガーでも買って帰ろっか」


「やったー。ポテトポテト~」


「今日のお買い物は桜が大活躍してくれたしね! ご褒美ってことで、テイクアウトして帰りましょう」


「うっしゃー」




「銀ちゃん、たでーまー」


「おう、お帰り。ええもん見つかったか?」


「桜がいっぱい良い物見つけてあげたよー」


「そか。ありがとさん」


「銀ちゃん、桜が良い寝床になりそうなものを見つけてくれたんだけどね、大き過ぎて持って帰って来れなかったの。明日には届けて貰えるようにお願いしてあるから、今晩もソファで寝てくれる?」


「かまへんで。ソファの寝心地も案外悪ないし」


「無理言ってごめんねぇ、ありがと」


「ママ、ポテト食べて良い?」


「そうね、玲も先食べてていいわよ」


「わかった。じゃあ、お先頂きます」


「母上、すまんがお手洗いに連れてってくれるか」


「そうそう、銀ちゃん用のトイレグッズも買ってきたから、ちょっと用意するね。少し待っていてもらえる?」


「そら有難い。トイレ行くだけに手間取らすん悪いなぁと思てたとこや」




 数分後、先ほど買ってきた補助ステップと補助便座をセッティングし終えた英莉子が、銀仁朗を呼ぶ声がトイレから聞こえてきた。


「銀ちゃーん。準備オッケーよ。来て下さーい」


「あいよー。……おお。こりゃええなぁ。ちいちゃい段差に、専用便座か!」


「ちなみに、この補助ステップは玲と桜が使っていたものと同じデザインなの。色違いが売ってたから、これにしたのよ!」


「思い入れのあるやつを選んでくれたんやな」


「そうね。あと、この補助便座は桜が選んでくれたわ」


「こっちもええ感じや。すまんな、色々買うてもろて」


「やーねー。もう私たちは家族なんだから、水臭いこと言わないで」


「水臭いか……ここやしな」


「あら、臭う? 芳香剤切れたかしら」


「冗談やがな、母上」


「もう、銀ちゃんったら!」


 そんな冗談を言い合っていると、タイミング良く健志が帰宅した。


「ただいまー」


「健ちゃんお帰り。丁度良かったわ。ねぇ、これ見て!」


「ん? トイレがどうしたの……あぁ、銀ちゃん用のグッズを買いに行って来てくれたんだったね。うん、いい感じ!」


「これ見て、何か気付くこと無い?」


「気付くこと、ですか? うーん、銀ちゃんっぽい色のチョイスで素敵かと」


「そう……。それだけ?」


「えっ、何? 今のじゃ不正解だった⁈」


「もういいわ。今日はお買い物で疲れたから、ハンバーガーテイクアウトしたの。玲と桜はもう食べてるから、あなたも一緒にどうぞ」


 そう言い残すと、少し機嫌を損ねた様子で英莉子は一人その場を去っていった。


「……銀ちゃん、正解は何だったか分かったりする?」


「このちいちゃい段差が、玲と桜が昔使ってたやつと同じデザインとか何とか言うとったから、その事に気付いて欲しかったんちゃうか、知らんけど」


「あー、言われてみれば確かに……そうだったっけかなぁ?」


「男はそういう細かい所に目がいかんもんやでな、ご愁傷様」


「銀ちゃん……。と、とにかく、リベンジしてくるよ。英莉ちゃーん」


「夫婦言うんも、仲良ぉやっていくんは大変みたいやな。トイレだけに、父上の失態も水に流せたらええんやけどなぁ~」

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