第43話 妖狐の炎と影の鰐
「――くっ」
堪らず大きく下がった。距離にして二十メートル弱。どうやらここまでは影は届かないようだ。
けれど影は届かなくても別の攻撃なら届く。
「隊長を援護しろ!」
「シャドウファング
「シャドウファング
銃弾とマイクロミサイルが飛んでくる。あたしは射線を意識して避け、見切りの心眼に従って危険から遠ざかる。
ドゴォォォォォン!
後ろから飛んできたマイクロミサイルが地面で爆発し、アスファルトの破片が巻き上がった。爆風でわずかに体勢を崩したけど、なんとか銃弾を避け続ける。
(なんて連携よ、これは……!)
近づいたら影鰐で迎撃され、遠ざかったら隊員たちが援護射撃。これじゃジリ貧だ。
「Sランク魔族もこの
鳴宮があたしに接近し、影鰐を繰り出しながらライフルを撃ってくる。
(うっ! 影鰐を避けた直後に撃ってくるって……!?)
それでもなんとか身体を捻って避け、大きく跳躍して距離をとる。
「私はスーツと相性が良くてねぇ。Sランク並みに能力を引き上げてくれるのよ」
「へぇそう。羨ましいわね、あたしはラフな普段着なのに」
へらへらと笑う鳴宮をきりっと睨みながら私は自分の装備に落胆する。
服装は赤いラインが入った黒いパーカーに黒のショートパンツで、特殊な物といえば個人を特定できなくする魔法がかけられた狐のお面だ。これの効果は、私の声と姿を私と認識できなくする効果がある。最後の装備は、撤退用の転移符だけだ。正直こんな装備で戦える相手じゃない。
だけど、怪異連合の装備は、銃火器をのぞけばAランク以下の魔具ばかりだ。
あたしからしたらどれも格下だし、だったら自分の能力を信じて戦った方がマシよ。
だから今の状況になっているわけだけど、本当に苦しい展開になってきた。
「もう古臭い妖怪の時代は終わりよ! これからは九鬼家の時代! 九鬼家がもたらす優れた装備で私たちは強化され、格上のあなたみたいな魔族すら対応できるの。くふふふ……どう
この女、根暗な癖によく喋る。
鳴宮はクズだから自分が優位に立っているときは、態度がめちゃくちゃでかくなるようだ。
(でもこの調子だと油断してるはず!)
(次の一撃で決める……!)
あたしは両手に狐火を溜めつつ駆け出す。銃撃を最小限の動きで避け、影鰐の攻撃範囲に入ると、大口を開けた黒い鰐の頭部が迫ってきた。
「このっ!」
狐火を放つと影鰐が萎み、霧散した。
(これならいける!)
このまま強引に突破すれば鳴宮を消し炭にできる。もう避ける必要なんてない。
けれどその瞬間、ピリリと嫌な予感が脳裏に走った。
見切りの心眼が反応した方向へ視線を向けると影の塊が迫ってきていた。
回避は間に合わない。狐火を使うしかない。
あたしは道路脇の防音フェンスから伸びてきた影鰐に向かって炎を放った。さっきみたいに黒い鰐の頭部が萎み、霧散する。
けれどその瞬間、急接近してきた鳴宮の鋭い拳がみぞおちに突き刺さった。
「うぐ……っ!」
殴られた勢いで吹き飛ばされ、あたしはフェンスにぶち当たって道路に転がる。
がはがはっと変な息が口から漏れ、身体を抉られるような痛みがみぞおちに走り、痛みで視界が霞んできた。
ヤバかった。あたしが魔族じゃなかったら今ので死んでた。
「
「やっぱりシロネは厄介だわ……情報戦じゃいつもこっちが後手に回るし、戦術サポートも的確だしね」
へらへら笑っている鳴宮を睨み、あたしはフェンスに寄り掛かりながら起き上がる。
(誤算だったわ。影鰐が鳴宮の影からだけじゃなくて別の影からも出せるなんて……でも大丈夫よ。この程度のダメージならまだ戦えるわ)
徐々に痛みが引いてくると、あたしは胸の前で両手を合わせた。
こうなったら接近戦をするリスクは冒せない。距離をとりつつ
両手をゆっくり広げ、手と手の間に狐火を圧縮する。
「何かする気だ! 撃て!」
「
銃弾とマイクロミサイルを避け、炎熱線を横薙ぎに放つ。道路にいた隊員たちに直撃すると、シールドが過負荷になって弾ける。けれど鳴宮だけはあたしに攻撃するよりも回避を選び、背面の小型ジェットを噴かせて離脱していた。
(今がチャンスよ!)
あたしは駆け出し、両手を突き出すと前方に広範囲の火炎を放った。
装甲服が焼ける。けれど倒しきれない。全体を焼く攻撃だから、威力が分散している。
「せ、センサーがイカれた!」
「下がれ! アーマーが溶かされるぞ!」
隊員たちが次々と飛び上がる。装甲服が少し溶けたけれど、まだ動けるようだ。
(目的は達成したわ。奴らのセンサーを破壊したし、これなら作戦継続は難しくなるはずよ)
そう思っていると、上空から鳴宮が急降下してくる。
あたしの影と鳴宮の影が重なった。
「ヤバ……!」
咄嗟に足元を狐火で焼きながら後ろに下がると、地面から飛び出した影鰐が霧散した。けれどその直後、正面からも影鰐が伸びてくる。
(ここ……!)
体勢を崩しながらあたしは前に踏み込んだ。狐火で影鰐を牽制し、頭に向けられた銃口をすんでのところで避けながら鳴宮の腕をつかんで焼く。
「このっ!」
「――ぐ……っ!」
鳴宮が着地し、腕を振るってあたしを引きはがした。
けれど腕のデバイスも焼けた。十分すぎる戦果だ。
あたしは両手をかざし、広範囲を焼きながら大きく後ろに下がった。
「逃げたぞ! 追え!」
「待ちなさい! 深追いはダメよ、まずは被害状況を確認しましょう」
隊員たちを制止する鳴宮の声を聞きながらあたしは高架下に飛び降り、矢の如く走っていく。物陰に隠れると、懐から転移符を取り出し、しゃがみ込んでその黄色い符を地面に押し当てた。
光に包まれて一瞬だけ視界が暗転すると、何もない部屋の光景が目の前に広がった。
(次回に続く)
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