第34話 母が残してくれた物

「今のところ順調だな……」


 凪を巻き込まないという条件付きだが恵さんの協力もあるし、学園長の来栖さんもこんな素敵な部屋を用意してくれた。この館なら学生寮より動きやすいし、私有地だからCRATの監視もない。倉持家の旅館ほどの機密性はないが、普通に生活する分には問題ないだろう。

 段ボールから服を出し、収納棚に入れながら俺は考える。


(学園の方を警戒しないといけないな。あそこにはCRAT士官の鳴宮がいるから、美亜の正体がバレないようにしないと。まぁ幸い美夜子と美亜は髪の色が違うし、入学試験でも何も言われなかったから今のところバレた様子はないな)


 妙薬研究所ミョウヤクファクトリーがいつ覚醒するか具体的にはわからないが、これまで覚醒の兆候ちょうこうもないし、一応美夜子は俺が大人になるまでは大丈夫だとも言っていた。その言葉を信じるなら今はそれほど心配することじゃないだろう。


(そうだ。心配といえば、真綸の件だ)


 更衣室でのやり取りを思い出す。


『あたし、ちょうどイケメンの奴隷が欲しかったのよねぇ』


 あの女の勝ち誇った顔を思い出すだけでも腹立たしい。


『嫌ならいいのよ? 先生のロッカーを漁った泥棒さん? これがバレたらどうなるのかしらねぇ。妹さんも悲しむだろうし、経歴にも傷がつくわねぇ』


 いやらしく笑う姿も顔がいいから綺麗だしそれが逆にムカつく。いったいこのあと何を要求されるかわかったもんじゃない。


(これまで真綸からは何も要求もされてないが、連絡先は交換してるし、近いうち何か言ってくるだろうな……CRATや九鬼家という強大な敵に抗わないといけないのにあんなモデルの少女が一番の脅威だなんて、ちょっと泣けてくるな)


 そうこう思いながら段ボールを片付け、荷物整理を終わらせた。

 ベッドに座ってほっと息を吐くと、俺は異空間に手を差し込む。

 美夜子が残してくれた予備の異空間。小さな特殊な空間を生み出し、物体を出し入れできる魔術だ。

 その黒く切り取られた穴から一冊のノートを取り出す。美夜子が残した研究ノートだ。


(こういう行き詰ったときは、自分にできることを改めて認識した方がいいな……)


 ノートに記されている内容は妙薬研究所ミョウヤクラボラトリーで作り出した妙薬や、その薬を利用して作り出した変異魔族にいてだ。

 変異魔族は危険段階ステージワンからファイブまで危険度を区分されている。この異空間には扱いが難しいためか危険段階ステージスリー以上の変異魔族は入っていなかったが、危険段階ステージワン餓鬼変異兵グレイマンのページが目に入ると、胸の奥が少し苦しくなった。


(美夜子が記憶をなくす前にCRATを食い止めてくれていた変異魔族だ……もっと強力なやつもいるのにどうして危険段階ステージワンなんて戦わせたんだ? なんで、あいつらを倒せるやつを出さなかったんだ?)


 いや、と俺は頭を振る。


(たぶんCRATを倒すより俺との最後の時間を優先したんだろうな……やっぱり、美夜子は優しいな。前世の俺を殺した連中のことを憎んでるはずなのに、それでも今の俺のことを想ってここまでしたんだから)


 美夜子が残してくれた異空間があるから俺は戦える。まだ頑張れる。


(変異魔族は使えそうなモノをピックアップしてるけど、妙薬の方は……)


 この中に入っているのは、傷や状態異常を治す治療薬がほとんどだ。もっと特殊な効果、たとえば最後に美夜子が使ったような若返りの妙薬はなかった。


(でもまぁ別に特殊な妙薬は必要ないか。咄嗟に使えるのはいつだって単純なアイテムだし)


 あとは、妖刀・鬼切景光おにきりかげみつが入っている。これは鬼の血を吸って魔力が増すものらしい。前に採取した俺の血を吸わせてみたら確かにパワーアップした。


(しかしあれだな。妖刀なのに妖力じゃなくて魔力が増すって今じゃ言うが、ちょっと違和感があるな。妖力とか霊力とか色々な力は、妖怪が魔族と呼ばれるようになったときから魔力と呼ぶように統一してるからこうなってるけど……妙薬とこの妖刀で美亜を護らなくちゃな)


 護るといえば、シロネさえいなければ美亜を護る計画は格段にやりやすくなるが、今は耐えるときだ。


「シロネの件は置いておくとして、最初の試練は真綸の脅しだな」


 ばたんとベッドに横たわり、俺は間もなく訪れる学園生活にため息をついた。


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