第33話 下宿先がすごい

 バスを降り、俺と美亜が緩やかな丘を上ると、洋風の門がそこにはあった。

 その格子状の門扉からは明るいレンガ道がのび、奥には優しい色合いの外壁と黒い屋根が特徴的な洋館が見えていた。


「元外交官の邸宅らしいけど、やっぱりすごいな。要人が住むようなところだぞ」

「そうだね。こんな立派な洋館が下宿先になるなんて、私たちちょーラッキーじゃない?」

「まったくだな」


 圧巻の光景を前にして、俺と美亜は微笑み合った。

 俺たちは霊妙館学園の入学試験を合格していた。今までは頼沢村らいざわむらから魔族特区がある久遠市くおんしに新幹線で通っていたが、この学園からは本格的な訓練があるから長時間の通学は厳しかった。そこで恵さんの紹介で来栖平蔵くるすへいぞうさんって人の家に下宿することになったわけだ。


(来栖さんって霊妙館学園の学園長らしいけど、一体どんな人なんだろう?)


 俺はそう思いながらインターホンを押した。


『はい、どちら様でしょうか?』


 ピンポーンという音がしてから数秒後、スピーカーから渋い声がした。何となく初老のおじ様を思わせる感じだった。


「今日からお世話になる辻中日向という者です」

『お待ちしておりました。どうぞお入りください』


 門が自動で開くと、俺と美亜は敷地内に入った。両脇に手入れの行き届いた低木を眺めながらレンガ道を通っていると、美亜が感嘆の息を漏らす。


「うわぁー、綺麗なお庭。庭園ってこのことだね」

「そうだな。まぁ俺たちって小さい頃から旅館暮らしで庭園は見慣れてるけど、洋風も悪くないな。貴族の館みたいだ」

「貴族の館かぁ。きっと部屋も素敵なんだろうなぁ。私、ずっと旅館の和室だったから洋室が憧れなんだよね」

「そうか……」


 ちょっと悲しくなる。やっぱり記憶が消えてるから倉持家の旅館で暮らしたことしか覚えてないんだろう。


(美夜子の部屋って行ったことないけど、あのスナックが実家兼店舗だったんだよな……一度くらい行ってみたかったな。彼女の部屋に)


 前世の思い出を懐かしんで小さく微笑むと、俺は階段に足をかけた。

 短い階段を上り切った先に洋館がある。


「よし、入るぞ……」


 そう言いながら扉に手をかけ、俺は玄関ホールに入った。


「お邪魔しまーす……って、玄関ひろっ。お兄ちゃんすごいよ、アンティークなシャンデリアもある……すごーい、廊下みたいに奥まで続いていて、あ、ソファーとか暖炉まであるよ」

「あんまりはしゃぐなよ、みっともないぞー」


 美亜を嗜める俺だが、自然と口元が緩んでいた。

 こんな洋館に下宿できるのは新鮮で嬉しいけど、はしゃいでる美亜を見ているとなんだかこっちまで楽しくなってくる。

 ふふっ、と俺が笑っていると玄関ホール横のドアが開き、そこから老紳士が出てきた。

 黒い燕尾服に身を包んだ銀髪の執事だ。口髭も渋いし、絵にかいたような執事っぷりだった。


「すごいよ、お兄ちゃん。リアル執事だよ……」

「ああ、そうだな。俺もなまで見るのは初めてだ。いたんだな、この日本に……」


 美亜と俺が身を寄せてひそひそ話していると、老執事が一歩横にずれ、壁際に立った。


「旦那様、日向様と美亜様がお見えになりました」

「ありがとう。館の案内は僕がしておくから、内田うちださんは仕事に戻っていいよ」

「かしこまりました。では、わたしはこれで」


 内田さんと呼ばれた執事が廊下に引き返すと、黒いスーツ姿の紳士が俺たちに近づいてきた。

 左目を隠すほど長い前髪は黒く、顔は整っている。見た目は若い。二〇代の青年くらいだ。

 そんな紳士がこちらに歩み寄ってきた。


「ようこそ来栖家へ。日向くん、美亜ちゃん。僕は来栖平蔵くるすへいぞう、この館の主で、君たちがこれから通うことになる霊妙館学園の学園長さ」

「今日からお世話になります」

「ふつつかな兄ですがよろしくお願いします」

「お前もよろしくされるんだよ、ふつつかな妹」

「そうだね。ごめん、私緊張しちゃって」


 苦笑しながら俺がツッコミを入れると、美亜が恥ずかしそうにうつむいた。


「仲のいい兄妹でなによりだね」


 そう言うと俺たちの前を横切り、来栖さんは玄関ホールの奥にある階段の方に歩んでいく。


「挨拶はこのくらいにして。ついておいで、部屋を案内するよ」

「はい、来栖さん」

「お兄ちゃん、楽しみだね。きっと部屋も広いだろうし、窓からの眺めもよさそうだよ」

「庭園もあるしな。確かによさそうだ」


 階段をのぼりながら美亜に言うと、俺は来栖さんについていく。

 広い廊下に入ると、西洋建築特有のエキゾチックな光景が広がっていた。等間隔に並ぶ格子窓からは陽光が差し込み、青い絨毯じゅうたんが敷かれた廊下を明るく照らしている。

 廊下も貴族の館って感じだな……こんな所に住んでるなんて儲けてるんだろうな。

 俺がそう思うと、来栖さんが廊下の角を曲がってすぐの所にあるドアを開けた。


「ここが日向くんの部屋だよ」

「おぉ……」


 かなり広い部屋だった。

 白を基調とした内装は黄色く縁取られ、壁に湖畔が描かれた絵画が飾られている。西洋風の館に相応しい洋室だ。

 革張りのソファーにダブルサイズのベッド、PCデスクに収納棚まで置いても圧迫感がないほど広い。中央に積まれた段ボールが少々部屋の雰囲気を壊しているが、俺は十分感動していた。


「いい部屋ですね。広いし、内装もお洒落だ」

「ふふ、そうだろ? 僕もこの内装が好きでね。庭も広いし、本当いい物件だよ」

「そうですね……一体いくらするんだ? この物件……」


 俺が感心の息を吐いていると、来栖さんは対面の部屋を案内していた。


「で、ここが美亜ちゃんの部屋。必要な家具は揃えているから好きに使ってくれていいよ」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言うと、美亜はひょこっと廊下から俺の部屋に顔を出した。


「すごーい、ねぇお兄ちゃん。部屋が広いよ、私お嬢様になった気分♪」

「俺もだよ。旅館暮らしもよかったけど、ここならもっと羽を伸ばせそうだ」

「僕はこれで失礼するよ。夕食には内田さんが呼びに来ると思うから、引っ越しの荷物整理はやっておくんだよ。じゃあ僕はこれで」

「今日はありがとうございました、来栖さん。またあとで」


 ひらひらと手を振って階段に向かう来栖さんに、俺は微笑み返した。


「じゃあさっさと段ボールを片付けよっと……あ、そうだ。お兄ちゃん、片付け終わったら何する?」

「そうだな……まぁ引っ越しの荷物っていっても大した量じゃないし、すぐ終わるだろうけど……俺は部屋でゆっくりしたいかな」

「そう。じゃあ私は館を散策するね」

「荷物整理が終わってからな」

「わかってるよ」


 自室に戻る美亜の背を見送ると、俺はドアを閉めた。


(次回に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る