第31話 魔族学園の職員室

「失礼します」


 職員室のドアを開けて中に入ってみると、教室の二倍くらいある空間に向かい合って置かれたデスクが並んでいる。


「誰もいないか……好都合だな」


 他の科は試験中で魔族科は今、実技試験の片づけ中だから先生たちは出払っているようだ。

 俺はデスクを見渡す。

 今のうちに鳴宮の私物を調べれば、CRATの情報が得られるかもしれない。だけど、あいつのデスクはどこだ? いつ先生たちが帰ってくるかわからあまり時間はないぞ。

 とりあえず手前から見てみようとしたときだった。


「こんなところで何をしてるんですか?」


 後ろから冷たい声をかけられた。

 反射的に振り向くと、鋭い瞳と目が合った。

 その視線の強さに思わずびくっと驚くが、彼女の端正な顔を見ると俺はほっと息をついた。


「なんだお前か、凪……」


 霊妙館学園の赤と黒を基調とした制服を着ている少女は倉持凪くらもちなぎだった。

 凪は一歳年上だからこの学園にすでに入学していたのは知っていたが、まさか今日会うとは思わなかった。

 凪は面倒そうにやれやれと首を振った。その動きに合わせて一つ結びにした三つ編みの髪が揺れる。相変わらず髪の色はチョコレート色だから甘そうなのに態度は辛口だった。


「なんですか、久しぶりに会ったのに『なんだお前か』って」


 俺の態度が気に食わなかったらしい。凪の軽蔑レベルが上がるにつれて目つきがどんどん鋭くなる。


「じゃあ久しぶりの再会をやり直してみるか?」

「面倒臭いですね」

「あぁ、俺もそう思うよ」


 だるそうな視線を送ってくる凪に、俺は小さく頷いた。


「でもお前、年末も帰省してこなかったし、どうしたんだよ」

「色々忙しかったんです。冬季訓練や実習が重なったりしましたから」


 凪は四年ほど前にCRAT教育訓練学校に入り、一番下っ端のCRAT三士として頑張ってきた。それというのも、凪には美夜子が失踪したと嘘を教えているからだ。

 昔から美夜子のことが大好きだったからな、凪は。たとえCRATに入隊して美夜子を取り締まることになっても一目でいいからまた会いたいんだろう。

 それで今じゃ出世して三曹になってるって前に連絡があった。


(三曹といえば軍曹のことだから、四年で軍曹か……凪って結構優秀なんじゃないか?)


 だが目の前にいる凪は霊妙館学園の制服を着て一年が経とうとしていた。


「お前、CRATに入ってたよな?」

「そうですけど」

「じゃあなんでこの学園に……もしかして左遷させんされたのか? 学生からやり直せって」

「はぁ? 殺しますよ?」

「おいおい、息を吐くように殺意を向けるなよ」


 鋭い目つきに俺が苦笑していると、凪はため息交じりに話し始めた。


「別に左遷じゃありませんよ。鳴宮三佐の補佐として派遣されてるんです。あとは現役CRATの私が学生としての視点から見た意見も欲しいとか」

「へーそうなんだ」

「それで、日向さんはなぜここに?」

「まぁアレだよ。ちょっと見学をだな……先生たちって今いないの?」

「試験の対応中です。この時期は忙しいですから。私が手伝いに狩り出されるくらいには」

「そうか……」


 思った通り先生たちは試験の対応中か……でも凪が邪魔で調べられないな。


「わかった。俺はもうちょっとぶらぶらしてから帰るから」

「では案内します。受験生の案内も私の仕事ですから」

「いや、そうしてほしいんだけど……」


 凪が一緒じゃ動きづらい。こいつは撒くには……いつもの方法でいくか。


「美亜も来てるんだ。中庭近くの廊下に」

「そうですか」

「それでさ。受験で一緒だった子を美亜が好きになって、今その子と二人きりで――」


 ぶわっと風が俺の全身に流れ、思わず目をつぶった。

 風が吹き荒れる勢いで凪が廊下を走った。


「さすが鎌鼬かまいたちだ。こんな風が吹くほど動けるなんて……」


 そう呟くと、俺は職員室をざっと見て小さく首を横に振った。


(やっぱりここを調べるのはやめておこう。時間がかかりそうだし……そういえばこの隣、職員用の更衣室だったよな?)




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