第30話 人気モデル

「二人とも合格できてよかったね、お兄ちゃん」

「当然だろ。あのくらいの相手なんて余裕で倒せないと困る」


 一階の廊下を歩きながら美亜にそう言うと、俺は普段の訓練を思い出す。

 ほとんど美亜との模擬戦ばかりだったが、美亜の方があんな黒鬼とかいう奴よりずっと強かった。パワーもスピードも身のこなしも凄くて、俺だって美亜から学ぶことも多かったくらいだ。


(CRATと戦っていた美夜子だからか、記憶が消えても戦い方は身体が覚えていたらしいな)


 実技試験自体は簡単だったが、鳴宮の存在は意外だった。あいつはCRATの士官らしいから汎用人工知能シロネについて詳しく知っているかもしれない。


 少し探りを入れたいところだな……。


 俺はそう思うと、立ち止まった。


「美亜、中庭で少し待っててくれるか? 寄るところあるからさ」

「いいけど、なにするの?」


 どうしよう。鳴宮を嗅ぎまわるって言えないし、学園を見て回るなんて言ったら絶対美亜はついてくる。だったら……こう言うしかないか。


「トイレだ」

「いや、だったら最初からそう言ってよ。寄るところがあるとか言うから何かと思ったじゃん」


 ちょっと無理があったか。でもこれしか思いつかなかったから仕方ないだろ。


「行ってきなよ。待ってるからさ」

「あぁすまない。じゃあ行ってくる」

「ねぇ、アンタたち」


 俺が踵を返そうとしたとき、後ろから若い女性の声が聞こえてきた。

 振り向くと、九曜さんの姿があった。こっちに歩み寄り、片側だけ赤いリボンで小さく結んだ長い髪が彼女の動きに合わせて揺れている。立ち止まると、ツリ目がちな黄色い瞳でじっと俺を見た。その視線は興味津々というか、ちょっと輝いている。


(何の用だろう? 別に絡まれるような事をした覚えはないが……)


 九曜さんの黄色い瞳が俺と美亜を交互に見た。


「苗字が同じだったけど、もしかして兄妹か親戚?」

「兄妹だ。それがどうかしたか?」

「同じ学年で兄妹ねぇ。じゃあ双子なの?」

「いや、義理の兄妹だ。美亜は養子だから……」

「ふーん、そうなの」


 質問攻めされ、俺は九曜さんの勢いに負けてすっかり受け身になっていた。美亜は俺の後ろに隠れて「ヤバい、真綸ちゃんがこんなに近くに……肌キレイ、まつげ長い……」と言って感激していた。


(ただのファンじゃん。そんなに好きだったのか……?)


 俺が苦笑していると、九曜さんが小さく微笑む。


「かっこいい……日向くんだっけ?」

「あぁそうだけど……」


 こんなに可愛い子に笑顔でかっこいいなんて言われたら、まんざらでもない感じでニヤニヤするところだろう。だが美夜子一筋の俺は微妙な反応をしていた。


「顔もいいし、実技試験では最速タイムで黒鬼を瞬殺。実力は申し分ないわね……決めたわ」


 なんかちょっと嫌な予感がする。


「お友達になりましょう。あたし、アンタに興味があるわ」

「え……」


 不味い。こんな目立つ奴と友達なんて今後の行動に絶対支障が出る。CRATについて色々調べることがあるし、せっかく鳴宮に会えたんだ。だからひっそりと動く必要があるだろう。


(人知れずCRATを調査したいのに……こうなったら)


 俺は振り向き、美亜を突き出す。


「なぁ九曜さん。実は俺の妹がお前のファンなんだ。仲良くしてやってくれ」

「ちょっとお兄ちゃん!? 私心の準備が……!」

「じゃあ俺、トイレ行ってくるから」

「え、ああそう。行ってらっしゃい」

「大丈夫、人気モデルでも同級生になる人だから、大丈夫大丈夫、私は大丈夫……」


 九曜さんに見送られ、俺は廊下を歩いていく。

 美亜のヤツ、あの調子で大丈夫か? 気持ち悪いファンだと思われないといいけど……。

 ちょっと不安に思いながら俺は職員室に向かうのだった。

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