第29話 入学試験

「実技試験の内容を説明します。受験生は前の方に集合してください」


 教師の指示に従って他の受験生と一緒に集まった俺だったが、


「っ……!?」


 遅れてやって来た女性教師を見て息を飲んだ。

 若い男性教師が女性教師に視線を向ける。


「詳しい試験内容は現役CRAT三佐で、演習の戦術顧問兼体育教師をしている鳴宮和奏なりみやわかな先生にお願いします」

「どうもぉ、鳴宮です。本職はCRATシーラットだけど、この学園の生徒に戦闘の指導をするために派遣されてまーす」


 不気味に笑う女性教師に見覚えがあった。

 ミディアムヘアは藍色で、瞳はどんよりと濁っている。顔は冷たそうな印象なのに声は少しねっとりしている。陰湿そうな女だ。


(俺の元教え子じゃないか……こいつ、今先生をしてるのか。すごいな、あの鳴宮が先生か……十六年くらい経ってるもんな。CRATにも入ってるらしいし、鳴宮には警戒しておかないと)


 感心するのもそこそこに、俺はぐっと気を引き締めた。


「さっそく試験の相手を紹介しまーす」


 鳴宮が手で示すと、床がくりぬかれるようにしてせり上がり、そこから黒い人型の機械が現れた。その顔は口や鼻はなく、機械の赤い瞳だけがついており、手にはメタリックなブレードを持っていた。


「今回用意したのは、戦闘訓練用アンドロイドDR‐101黒鬼クロオニ。これから君たちにはこの黒鬼と模擬戦をしてもらいます。CRATの訓練で使われてるものだから性能はいいよ。あ、そうそう。黒鬼が持ってるものは訓練用ブレードだけど当たるとちょー痛いからねぇ」


 ふふっ、と不気味に笑った鳴宮は踵を返し、壁際に歩んでいく。


「わかったら、最初に模擬戦をする二人だけ残ってあとは隅に移動して。二ブロックに分かれて試験するよ」


 そういうわけで俺は残り、五メートルほど離れた位置で黒鬼と対峙した。

 力の出し惜しみはしない。ここでうっかり不合格だなんて笑えないから。だけど俺が美夜子から受け継いだものは見せない。あくまで鬼としての力だけ使う。


「じゃあルールは黒鬼の破壊で、制限時間は三分ね」


 そう説明すると鳴宮が黒鬼に指示を出す。


「はい、スタート」

「……っ!」


 黒鬼が訓練用ブレードを構えようとした瞬間、俺はこめかみの上に白い角を二本生やし、一気に接近した。黒鬼の頭をつかみ、力任せに床に叩きつける。


 バァゴォォォッ!


 派手な音を鳴らしながら黒鬼が床に頭から沈んで大きく跳ねると、黒いボディがだらりと弛緩した。


「黒鬼撃破、タイム〇・六秒。辻中日向、合格」


 鳴宮の声が響く中、周りの受験生がぎょっと目を見開いていた。


(あれ? やり過ぎたか――)


 ブオォォォォォォォォォォォォ!

 俺の左側が突然明るくなった。


「黒鬼撃破、クリアタイム五秒。九曜真綸、合格」


 隣のエリアから聞こえる教師の声に思わず振り向くと、黒いボディが熱で溶けていた。床に転がった黒鬼はぐにゃりと歪み、黒い煙を上げている。

 その炎を冷めた瞳で見つめたまま九曜さんは黒鬼に向けていた手をおろした。


(妖狐らしいから炎系の能力で攻撃したのか……それにしても美人に獣耳っていいな)


 能力を使うために変化を解いたのか、九曜さんの頭に狐耳が生え、腰にはふわふわした尻尾が見てとれる。


「二人ともすげぇな……さすがAランク魔族だぜ」

「あの男が鬼の力でねじ伏せたのも凄いけど、真綸ちゃんの炎はヤバい。まともに食らったら終わりだぞ」

「そうだな。この短時間でドロドロに溶けてるし」


 こっちの様子を見ていた受験生たちが目を見張り、口々に賞賛していた。

 そいつらの方を一瞥すると、九曜さんは変化の術を使って狐耳と尻尾を『ぽんっ』と煙にして消し、壁際に歩いて行った。

 俺も鬼の角を頭に引っ込めるようにして消すと、美亜が待っている壁際に戻った。


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