第28話 地下訓練場

 通路を抜けると、窓のない白い空間が広がっていた。

 かなり広い。縦横二百メートルくらいでメートルくらいで、滑らかな金属の壁に囲まれた広場だ。

 ここは霊妙館学園。日本でも数少ない魔族科がある学園で、ここを卒業すればCRATの幹部や九鬼グループへの就職に有利になれる妖魔ようま防衛大学に進学することができる。そのため商業科も工業科も競争率が高く、魔族科に至っては雑魚魔族お断りと言われるほど完全実力主義なくらいだ。


(これから学園の地下訓練場で試験があるわけだが、どんな実技試験があるんだ?)


 俺は壁沿いを歩きながら受験生を眺めた。ぱっと見ただけじゃみんな人間に見える。

 全員魔族のはずだが、ここは日本だから魔族といっても妖怪ばかりだろう。魔族は国にとって国力に直結する大事な人材だ。単純な戦力としても重要だが、魔族の能力を利用した新素材の開発や技術革新をもたらす。だから各国は人材流出を防いでいるわけで、日本の魔族は妖怪ばかりになっていた。


「あ、お兄ちゃん。こっちだよ」


 訓練場の一角で美亜が手を振ってきた。広場の角に身を寄せ、不敵に笑っている。

 美亜? 何がしたいんだ? 様子がちょっとおかしいな……。

 俺は小さく首をひねりながら歩み寄った。


「お前、どうしたんだ? そんな隅っこで」

「ここならライバルが見渡せるでしょ」

「見てどうするんだ?」

「漫画でいるでしょ。こうやって試験にやってくる人を見て品定めしてる人。補足すると、毎年試験に顔を出してる常連で、お前らとは場数が違うって強者感が出せていればベストだね」

「無駄な行為だな。というか毎年顔を出してるって、ただの浪人生じゃないか」


 バトル漫画の一見強そうなモブキャラになっている美亜に俺は苦笑した。

 お前、この試験相当楽しんでるだろ。まぁ緊張して固まってるよりはいいけどな。

 俺がそう思っていると、美亜は不敵な笑みを消し、何かを思い出したようにはっと眉を上げた。


「そういえば、さっき試験の先生が言ってたんだけど、実技は自分のペースで受けに行っていいらしいよ」

「へーそうなのか。自由でいいな」

「うん。なんかね、自信がない人は今のうちに辞退してとも言ってたし」

「怪我しないうちにさっさと帰れってことだな」

「そうだね。で、お兄ちゃんはどのタイミングで行く?」

「選べるんなら最初かな。俺の場合、筆記は高得点だろうだし、面接も悪くなかったと思うから、実技は平均的でも合格できるからさっさと終わらせたい」

「いいなー、その余裕が羨ましいよ」

「美亜だって大丈夫だろ。筆記はともかく、面接なんて能力審査みたいなものだったから鬼のお前なら問題ないよ」


 そうだといいね、と微笑む美亜を見ながら教師たちのことを思い出す。


『Aランクの鬼だって!? すごい、これは期待できるな』

『能力は空中移動スカイムーブ……空を飛ぶ能力か。装甲服アーマードナノスーツでどんな魔族でも飛べるようになった今じゃ大した能力じゃないが……』

『おい待て。この映像資料によると、空気を蹴って直線的にも移動できるらしいぞ』

『なんだと……だとすると戦術の幅が広がる。鬼の身体能力もあるし、この能力は化けるぞ』


 スーツ姿の男性教師たちはタブレット端末を食い入るように見て感心した。もう面接とか関係なく称賛の嵐だった。これで不合格なんてことはないだろう。

 ちなみに空中移動スカイムーブは美夜子が妙薬研究所ミョウヤクラボラトリーに覚醒する前から持っている能力で、息子の俺にもその能力が受け継がれているというわけだ。美亜も同じ能力があるし、きっと同じように称賛されただろうな。


「おい、見ろよあれ。九曜真綸くようまりんがいるぞ」

「マジかよ。世界で最も美しい魔族百人に選ばれたあの九曜真綸か?」

「ホントだ……当然のように可愛いな。妖狐らしいけど、綺麗な髪だな……空色だ」

「なんでも妖怪の中じゃ五本の指に入るほどの美貌らしいぞ」


 俺たちから少し離れた壁際で騒いでいる男子の一団の視線を追うと、確かに綺麗な少女がそこにいた。

 すごく綺麗な顔だ。腰までのびている髪も青空のように透き通っていて美しいが、その髪を片側だけ赤いリボンで結んでいて可愛らしさもある。

 妖狐らしいけど、狐耳も尻尾も変化の術で隠して見た目は人間と変わらない。


「顔がいい女だな……」


 俺は思わず呟いた。

 まぁとはいえ、俺は美夜子一筋だからどうでもいいけど。

 そう思うと、俺は疑問を口にした。


「でもあいつ、そんなに有名人なのか?」

「え? お兄ちゃん知らないの? 九曜真綸って言ったら、その美貌と希少なルックスで人気上昇中の魔族モデルで有名だよ」

「そうなのか……モデルとか全然興味ないから知らなかった」

「もっとファッション雑誌とか読んだら? このままじゃ何着ていいかわからなくなるよ?」

「服なんて美亜と一緒に選ぶんだから心配ないよ。俺はお前のセンスを信じてるぞ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、デイリーシスコンやめなよ~、気持ち悪いなぁ」


 気持ち悪いと言われてもこればかりは仕方ない。美夜子の記憶がなくなっても俺の気持ちは変わらない。たとえ美亜になったとしてもなるべくそばにいたいから……。

 そんな俺の気持ちを知らない美亜は微笑んでいた。

 兄妹っていっても義理ってことになってるし、こうしたシスコン発言も笑って流されていた。俺的には義理の方がガチな感じがして不味いのではと思うが、前に美亜からは『それでも妹だからセーフだよ。この好きは兄妹の好きだし』と言われたので大丈夫なようだった。


(次回に続く)



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