3章 霊妙館学園

第27話 鬼の兄妹 

 車窓から見える景色は朝の街並みだった。

 朝日に照らされた住宅街の奥にはビル群が並び、見慣れた景色がどこまでも広がっている。

 わずかに聞こえるガコガコという走行音を聞きながら俺――辻中日向つじなかひなたは新幹線に乗っていた。


「…………」


 いつも通学で乗っている新幹線だ。小学校では鬼としての力を使うことは禁止されていて、倉持家の旅館で訓練するとき以外は大人しくしていた。

 だが中学に入ってからはそうはいかない。本格的に身体ができあがるこの時期には、魔族としての力を制御するため、魔族特区がある久遠市くおんしの久遠中学校で学ぶ必要があった。


(俺もずいぶん成長したな……)


 新幹線がトンネルに入り、街並みが無機質な壁になると、俺は自分の身体に視線を移した。

 何の変哲もない黒の学ランだ。服装はぱっとしないが、身長は一七〇センチを超え、足が長くてスタイルもいい。

 今朝も鏡で身だしなみを整えたけど、癖が混じりの黒の短髪は赤みがかっていて、赤い瞳は切れ長で怜悧な印象だった。

 そのときは『美夜子譲りの美形に育ったなぁ……』と我ながら感心したものだ。


(でも……あれから、ずいぶん経ったな……)


 美夜子が子供に戻り、俺との記憶を失って七年。もうCRATに襲撃されないし、美夜子が妙薬研究所ミョウヤクラボラトリーに覚醒することもない日常を送っていた。


「もうすぐ新幹線通学も終わりかぁ、早いねー」


 優しげな声が上がると、俺は隣の座席に顔を向けた。

 見やった先では、少女が座っていた。赤いメッシュが入ったサラサラの金髪で、赤い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だ。こんな子がセーラー服を着ているんだから天使級に可愛い。

 この子は辻中美亜つじなかみあ。俺の義理の妹ということになっているが、その正体は記憶を無くした美夜子だった。


「ちょっと寂しくなるね、お兄ちゃん」

「そうだな」

「でも正直助かるなぁ。毎日片道だけで二時間くらいかかるからちょっとうんざりしてたし」

「まぁな」

「高校からは下宿生活だよね。楽しみだなぁー」

「ああ」

「ちょっとお兄ちゃん聞いてる? さっきから生返事ばかりだけど」

「ちゃんと聞いてるぞ。もうすぐ高校生になるんだから気持ちを切り替えないとな」

「うん。そうだね。これから受験なんだし、気を引き締めないと」


 美亜は頷くと、真面目な顔を作った。

 声も口調も仕草さえ美夜子そのもので、でもちょっと子供っぽくて色気が少ないというか……やっぱり少し美夜子と違うんだよな。ママみが不足してるし。

 俺がそう思っていると、美亜はふふっと微笑んだ。


「気持ちを切り替えるとか言って、寝ぐせついてるよ。後ろ髪がちょっと跳ねてる」

「え? あぁホントだ」

「待ってて、整えてあげるから」

「悪いな」

「全然いいよ。身内が髪の毛跳ねてると私まで恥ずかしいし」


 そう言うと美亜は鞄からヘアワックスを取り出し、俺の髪を整えてくれた。


(いや、やっぱり訂正。美夜子だわ……この優しさが身に染みる)


 美夜子が記憶を無くしたあの日、俺はこいつを護ると誓った。

 CRATに保護されたあと、鬼として種族登録した彼女を俺は美亜と名付けた。最初は自分の名前も忘れてしまった美亜だったが、倉持家の支援によってここまで無事に過ごせた。それに持ち前の明るい性格とマイペースさが合わさって、


『記憶がなくなったんなら、今からどんどん思い出を作っちゃえばいいだけだよ』


 なんて言うんだ、美亜は。今でもこの言葉は俺の心に刻まれていた。


(やっぱりこいつは俺にとっての希望だ。美夜子は美亜になってしまったが、それでも生きていてくれるだけで救いなんだ)


 けれど、その救いもいつか奪われる。美亜が妙薬研究所ミョウヤクラボラトリ―に覚醒するだけでこの日常は終わりを迎えるだろう。

 そうならないために俺は、魔族科がある霊妙館学園に入学し、そこでの経歴を利用してCRATに入隊する。


(まずは汎用人工知能シロネをどうにかするしかないな……)


 何をするにもシロネが監視しているせいで身動きができないのが今の状況なんだ。CRATに入ってシロネを見つけ出し、破壊できて初めて俺の計画は動き出す。


『CRATを内側からぶっ壊し、その上部組織である九鬼グループも瓦解させる!』


 これは、美亜をを護るために俺が子供の頃に決意した言葉だった。

 だがこの計画は非常に難しいだろう。九鬼家は企業としても世界トップで魔族自衛官に対しての指揮権を持つ組織だ。しかも政治家にも九鬼家の人間は多いと聞く。文字通り俺一人で国を相手に戦わないといけないような状況だ。


「なに難しい顔してるの? 入学試験で緊張してるとか?」

「入学試験くらい余裕だ。それより、美亜の方こそどうなんだ? 筆記だけじゃなくて実技もあるようだけど」


 俺が聞き返すと、美亜はふふんと自慢げな顔を向けてきた。


「私だってAランクの魔族だよ? 筆記は……お兄ちゃんと比べるとダメダメだけど、まぁ実技でなんとかなるでしょ」

「魔族科って実力主義だからそうかもな。でも、霊妙館学園は全国の優秀な魔族が集められるらしいから安心できないだろ」

「わかってるよ。もうぉ相変わらず心配性だねぇ」


 そりゃ心配にもなる。

 俺の目の届くところに美亜を置いておかないと、何か起きたとき困るからな。

 そう思いながら俺は、新幹線から見える街並みを再び眺めたのだった。


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