第23話 小学生男子にデートのリードをされる成人女性
夏の日差しの下、じりじりと頭を焼かれながら歩いていく。
俺と美夜子は繁華街を進み、人の流れに沿って店先を眺めていた。
「美夜子、あまり俺から離れるなよ。迷子になるから」
「そうだね。日向、ちゃんと私についてくるんだよ?」
「迷子になるのは美夜子の方だと思うが……まぁいいか」
俺は小さく首を振ると、美夜子についていく。
赤いメッシュが入った黒髪が俺の前で揺れている。あてもなくふらふらとしているようで、午前中は目についた店でショッピングを楽しみ、ハンバーガーショップでもおまけにつられてキッズセットを頼んでいた。なんだか、興味がある物に吸い寄せられる姿が子供っぽくて微笑ましい。
「日向、次はどこ行こうか?」
実際今も、きょろきょろと辺りを見まわして俺に訊いてきている。
こういうちょっと落ち着きがないところも可愛くて仕方ないが、さすがに無計画すぎる。
「ついてきて、次行くとこは俺が選ぶから」
そう言うと、俺は美夜子を追い越した。
「え? どこに行くの?」
「海を見に行こう」
「海かぁ……懐かしいな」
「そうだろうな。あそこは思い出の場所だし」
「うん……私が初めてセンセにちゃんと告白されたのも海が見える場所だったし……って、あれ? この話、日向にしたことあったかな?」
あ、ヤバい。これ、前世の記憶だった。なんとか誤魔化さないと。
「自分で懐かしいって言っただろ。思い出の場所ってわかるよ」
「そっか。うん、そうだよね」
美夜子が頷いたところで、俺はスマホの時計を確認した。
「十三時半か、そろそろ時間だ」
「移動時間でも気にしてるのかな? ふふっ、子供なにしっかりしてるねー」
「大通りに出よう。タクシー呼んでるから」
「本当にしっかりしてる!? いつの間に……」
「ハンバーガーを食べてたときにアプリで呼んだんだよ。まぁ美夜子は一応追われてる身だしさ。電車とかよりタクシーの方がいいだろ」
「すごいね、日向は。まだ小学二年生なのに、そこまで考えられて」
「無計画に繁華街を散策する美夜子とは違うんだよ」
「うっ……私、お母さんなのに……無計画でもお母さんなのに、息子にリードされてる……」
なにやら落ち込んでいるようだが、本当は俺の方が年上なんだ。リードくらいできる。
二五歳の母親といってもまだまだ若い。それに七年も引きこもっていたんだ。気分はまだ女子高生とそんなに変わらないくらいかもしれない。
だったら俺がしっかりしないといけないだろう。中身は大人なんだから。
そう思ってからしばらくすると大通りに出た。
「タクシーは……あ、もう来てるみたいだ」
俺はタクシーアプリを開いて確認すると、路肩に止まった黒い車体を見た。
歩道を歩き、タクシーに近づく。
「最近は便利なもんだよな。わざわざ電話とかしないで、アプリで呼ぶだけで来るんだから」
「…………」
「ん? あれ?」
返事がないから振り向いてみると、美夜子がいなかった。
人混みから美夜子を捜そうとした次の瞬間、
「あぶないっ!」
少し離れたところで美夜子の声が聞こえたかと思うと、車のブレーキ音が響いた。
キュリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュリュ――――――ッ!
音の方へ顔を向けると、車道に小さな子供が出ていた。ふらっと出てきたのか、車に気づいた様子のないその子に美夜子が飛びつく。子供を抱きながら対向車線側の歩道に転がり込むと、さっきまで子供がいたところを車が通り過ぎてようやく止まった。
「危なかったな……美夜子があの子を助けなかったら車に跳ねられてたぞ」
泣きわめく子供を美夜子が「もう大丈夫だよ。怖かったね」と言いながら立たせたところで子供の母親らしき女性が駆け寄り、美夜子に何度も頭を下げた。
「おいおい……美夜子のやつ、無茶するな……」
美夜子は人間じゃなくて鬼だが、それでも車にはねられたら怪我くらいするだろう。
(もうヒヤッとさせるなよ……子供も美夜子も無事だからよかったけど)
ほっとしていると、美夜子が驚異的な脚力で車道を飛び越え、俺の目の前に来た。
「おいちょっと、そんなジャンプしたら人目につくだろ」
「来て、早く……!」
美夜子が俺の手を引っ張ってきた。走りながら俺は困惑の声を上げる。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「さっき子供を助けるときに一瞬だけ鬼の力を使ったの。すぐにCRATが――」
その声を遮るように、ウゥゥゥゥゥぅ、とサイレンが鳴りだした。
まさか、これって……避難指示のサイレンか!?
嫌な予感を感じつつ、俺は美夜子と一緒に繁華街を駆けていった。
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