第22話 ランチデート

 十二時を少し過ぎたお昼時。俺と美夜子はハンバーガーショップに来ていた。

 店内は落ち着いた内装で、清潔感がある印象だ。

 商品を受け取り、壁際の席に座ると、美夜子はご機嫌な調子でフライドポテトを頬張った。


「むぐむぐ……ふふっ」

「ずいぶん機嫌がいいな」

「そりゃね、もう七年ぶりのお出掛けだもん。楽しくてしょうがないよぉ」

「で、浮かれすぎてその歳でキッズセットまで頼んでしまったと?」

「うっ……はい……」


 しょんぼりと肩を落とすと、美夜子はちびちびとフライドポテトをかじった。

 反省しているようだが、キッズセットのオマケが目当てで買ったんだから後悔はないらしい。シールセットをつまみ上げ、俺に見せてきた。


「チワッチのシールセットが欲しかったの。今だけの限定だから」

「そうか……」


 おのれチワッチ……俺と美夜子のデートを邪魔しやがって。まさかここでコラボしてたなんて意外だが、そろそろご退場願いたいところだ。このままじゃ二人の素敵な思い出に、ギョロ目のゆるキャラがフラッシュバックすることになる。

 ハンバーガーをかじりながらそう思っていると、美夜子がほっと息を吐いた。


「でも日向がいて良かったよ。私ひとりじゃ大人がキッズセット買ったと思われちゃうから。でも日向がいれば子供が頼んだことにできるね」


 俺が頼んだことにされていた。

 くそ、初のショッピングデートでキッズセットとか最悪だ。俺、身体は子供でも、中身は大人なのに……ん?

 ふと美夜子の左手の薬指にはめている指輪が気になった。


「その指輪……今日はつけてるんだな」

「うん……センセが……日向のパパがくれたものだから……普段は大事に仕舞ってるけど、今日はせっかくのお出掛けだし、つけてきちゃった」

「……七年も経ってるのに、大事にしてるんだな……そんな安物の指輪」

「いいの。この指輪の価値は私が決めることだから。他人から見たら安物でも私にとっては、かけがえのない宝物なの」


 三日月の模様が彫られた指輪を美夜子は愛おしそうに見つめた。

 なんていじらしいんだ……死んだ俺を想って何年も。やっぱり俺にはこいつしかいない。美夜子は俺の運命の人だ。

 感動して目から涙がこぼれそうだ。でも泣かない。せっかくのデートだから泣いちゃいけない。

 俺がぐっと堪えていると、美夜子は懐かしむように目をつぶった。


「あのときは嬉しかったな……お前以外何もいらないって言ってもらえて。全部捨ててでもお前を選ぶって言ってもらえて……本当だったら家も職も何もかも捨てて、センセも私と日向と一緒にあの旅館で平和に暮らしてたはずなんだよ?」

「そうか……」


 きっと素敵な暮らしだったと思う。永守真昼として美夜子と過ごせたら幸せだ。たとえ旅館の敷地から出れなくても、隠居生活を満喫していただろう。

 隠居生活か……旅館で提供する野菜を美夜子と一緒に育てたりするんだろうな。良いスローライフだな。それに子供までいて旅館暮らしとか夢のような生活だろ。

 だがその生活は、CRATと九鬼家のせいで実現しなかった。

 俺は美夜子の子供に転生し、辻中日向として暮らしているわけだが、


「辛いな……せめてもう少し、美夜子と思い出を作りたかったな……」


 思わず前世での心残りを呟いてしまった。

 その俺の言葉をどう受け取ったのか、美夜子はシールセットを真ん中から半分にちぎった。


「はいこれ、日向の分」

「ああ、うん……ありがとう」


 シールセットの片割れを貰った。いろんなポーズをしたチワッチのシールが長方形の紙の中に並んでいる。


「でもいいのか? 半分貰って。このグッズを集めてるんじゃないのか?」

「いいの。これは日向と初めてお出かけできた記念だから、思い出としてとっておいて」

「ああ……」


 心の奥が温かくなるのを感じる。美夜子の優しさが身に染みてきた。

 俺が思い出を作りたいと言ったからか……そうだよな。もう真昼はいないんだ。日向として思い出を作っていかなくちゃな。

 俺はそう思いながらハンバーガーを平らげたのだった。

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