第15話 SSSランク魔族

「ここにいたのね、美夜子」

「ん?」


 声がした方へ美夜子が振り向くと、着物姿の美女がこちらに歩み寄ってきていた。

 艶やかなチョコレート色のミディアムロングの髪を風になびかせ、歩く姿はとても優雅だ。緑色の着物もよく似合っている。

 彼女は倉持恵くらもちめぐみ。俺と美夜子をかくまってくれている青岸旅館あおぎしりょかんの女将だ。


「あ、恵さんちょうどいいところに。聞いてよぉ、うちの日向ったら喋るようになったの」

「また親バカが始まったわね……いい? 美夜子、あなたは今CRATシーラットに狙われてるの。勝手に出歩いてもらっては困るわ」


 それは目下の課題だった。

 どうやら俺は危機偵察および強襲部隊CRATに始末され、美夜子は粛清対象として命を狙われているらしい。CRATといえば異種族同士の交配を取り締まったり、魔族が引き起こすテロに対応する特殊部隊だが、奴らに狙われているということは、美夜子は人間じゃなかったんだろう。


(そういえば、美夜子を初めて抱いたとき、異常に疲れたけど……あれってもしかして生命力的なものを吸われていたのか?)


 人間と異種族の性交は危険を伴う。それは人間の生命力を吸って、人間の特性を持つ魔族を生む行為だからだ。人間とのハーフ魔族は、大抵の魔族と交われるからより強い魔族を生める。

 そういうこともあってCRATが取り締まっているんだが、美夜子が魔族とは全然思えない。今だって可愛らしく小首をかしげているんだから。


「お散歩もダメかな?」

「ダメよ。他のお客さんに正体がバレでもしたら不味いでしょう。同じ魔族でも九鬼家の傘下の者は多いから」

「大丈夫だよ、そのときは変装するから」


 美夜子は得意げに言うと、スカートのポケットからサングラスを取り出した。そのまま黒いサングラスをかけ、素顔を隠した。


(似合うな、サングラス。服装も合わさって人気モデルの休日って感じの見た目――いや、俺もいるから避暑地で赤ちゃんと散歩する若妻ってところか)


 美夜子の格好を見ながら恵さんは気難しげに唸る。


「それでシロネの監視を誤魔化せればいいけれど……」

頼沢村らいざわむらみたいな田舎だったらそうそう見つからないよ」

「確かにそうね。この辺りに監視に使えそうな先進的な機械もないし、昔は妖怪の秘境って言われていた場所だから、偵察衛星でもまず見つからないしねぇ」


 なにやら恵さんと美夜子が不穏な会話をしていた。

 シロネに関してはニュースで聞いたことがある。九鬼家が運用している汎用人工知能だ。

 確か……並外れた処理能力で先進的な機器を管理運用するAIでCRATをサポートしているらしいが、だからあんなに早く襲撃されたのかもな。美夜子を抱いてすぐに来るなんてヤバすぎだろ。街中の防犯カメラでリアルタイムに監視しているらしいし、油断ならない相手だ。


「でもまぁ……もし見つかって、日向まで殺されるようなことがあったら、私、なにするかわかんないよ?」


 口調は柔らかい。だがその言葉を口にした美夜子の視線は鋭かった。


「そんなに睨まなくても大丈夫よ。私たち倉持家はCRATに奉公しているって言っても完全に九鬼家の傘下じゃないし、あなたを売ったりしないわよ」

「そう……私もここを戦場にしたくないから、そう言ってもらえて嬉しいよ」

「私だってSSSトリプルエスランクの鬼を暴れさせたくないからね」


 皮肉げに笑い合う美夜子と恵さん。物騒な雰囲気だ。

 えっ、美夜子って鬼だったの? それに、SSSランクって最上級の化け物じゃないか……。

 腕の中で瞠目する俺を揺すってあやしながら、美夜子は優しく微笑みかけてくる。


「待っててね、日向。今はCRATに追われてるけど、いつか必ず平和に暮らせるから……私の能力、妙薬研究所ミョウヤクラボラトリーなら、絶対大丈夫だから……」


 言っていることはよくわからない。

 だが美夜子の優しい眼差しに安心すると、俺は微笑み返した。


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