第14話 最高に癒される散歩

 人里離れた旅館。その敷地内にある庭園はひっそりとした空間だ。

 石畳の道の両脇に生えているカエデの木はまだ九月だから紅葉こそ見られないが、青々とした葉の隙間から差し込む陽光に照らされて凄く綺麗だった。

 そんな庭園を歩いていると、美夜子が俺を抱っこしたまま話しかけてくる。


「やっぱり外は空気が綺麗だね、日向ひなた


 日向は転生後の俺の名前だ。美夜子の子供だから辻中日向というらしいが、真昼から日向ってなんだか似たような感じがして親近感がわいてくるな……いい名前じゃないか。

 俺がそう思っている間も、美夜子は話し続けていた。


「あ、小鳥さんがいるよー。何の鳥なんだろー?」


 木に止まった鳥を指差したかと思うと、


「草も花も綺麗だねー。ああそうだ、聞いて聞いて、草といえば昨日昼食で出た山菜の天ぷらが美味しかったんだよ」


 今度は声を弾ませて微笑みかけてくる。

 ばぶばぶしか返事ができない俺に向かって話す美夜子の姿はとても可愛らしい。口調もずっと優しくて、ママ感がすごい。


「ばぶー、ばぶばぶばぶぅ(あー、癒されるなぁ)」


 しかも美夜子の格好は、頭に黒いレディースキャップを被っていて、ゆったりとした半袖のカットソーも黒で統一し、ベージュのロングスカートを合わせたカジュアルコーデだ。

 ああ、俺好みの格好だ。特に赤いメッシュが入った黒髪をキャップに収めてる姿が可愛い。


「ばぶっぶー! ううしーしみおお! (もうっ好き! 愛してるぞ美夜子!)」

「うふふっ、抱き着こうとしてるー、可愛いなぁもうぉ」


 だが悲しいことに、俺の想いは伝わらなかった。

 短い腕を精一杯のばしても美夜子の胸に引っ付くことしかできない。

 いや、そもそも想いが伝わっても絶望的だろ……だって親子なわけだし。恋愛に発展のしようがないじゃないか……呪いだろ、これ。好きな相手と絶対結ばれない呪いだ。

 そう思うと、ウキウキしていた心がどんどん冷めていった。


「ばばぶぅ……ああ、ほんおまーまばばぶぅああ……(泣るなぁ……ああ、ホントマジで泣けてくるな……)」

「ありゃりゃ、さっきまで元気だったのに急に落ち込んだね……よしよーし、大丈夫大丈夫、私がついてるからねー」


 失意の底に沈んだ俺を抱きしめ、美夜子が背中をぽんぽんと叩いてくれた。


「あぁ、このやさしゃがしみりゅ……」

「え……? 今喋らなかった?」


 美夜子が不思議そうな顔をすると、俺は驚いて唇を震わせた。


「しゃべ、れりゅ?」


 まだふにゃふにゃした声だが、なんとか聞き取れるくらいには喋れていた。

 そんな俺を見て、美夜子が興奮して声を弾ませる。


「ねぇ呼んでみてよ、私のこと……!」

「み、みゃーこ……」

「すごい! さすが私の子、もう喋れるようになるなんて……!」


 驚きの表情を浮かべた美夜子だが、すぐにその表情は崩れ、デレデレしたものに変わった。


「でもママって呼んでほしいなぁ。今までのはノーカンってことで。やっぱり赤ちゃんが最初に喋るのってママかパパだと思うから」


 スカートのポケットからスマホを取り出すと、美夜子はカメラレンズをこちらに向けながら高く掲げた。


「今度はスマホで動画を撮るから……はい、あらためてどうぞ!」


 まさかのリテイクだった。

 赤ちゃん相手にすることじゃないだろ……というか、美夜子をママって呼ぶなんて。そういうプレイならいいけど、この場合ガチのママだ。ぐっ……無理だ、言えない。愛した女をママだと認めたら、俺のこの思いは一体どこへやればいいんだ。


(次回に続く)





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