第9話 初めてのデート
レストランで夕食を終えたあと、俺と辻中は通りを歩いていた。
「料理、美味しかったな」
「はい……」
俺の隣を歩いている辻中はよそよそしいし、レストランでもあまり会話が弾まなかった。
もしかして辻中は、楽しくなかったのかな? 俺との食事は……。
そう思っていると無言のまま
不味い。告白するって決めたのにもう終わりが見えてきた――いや、いっそのこともうここで告白するか? いやでも、こんな駐車場で告白じゃムードの欠片も……。
俺が立ち止まって葛藤していると、辻中が口を開いた。
「車ってここに止めてるんですか?」
「ああ、そうだけど……」
「じゃあ、もしセンセがよかったら、これからドライブしません?」
「それって……」
「まだ私、帰りたくない気分なの」
これは行くしかない。
俺は強く頷くと、辻中と一緒に車に乗り込んだ。
海沿いの街道を車で走っていた。
もう十分くらいはこうして夜のドライブを楽しんでいるが、俺の脳はフル回転していた。
告白のプランを考えないと。まずはそうだな……夜景の見える高台とかで、星を眺めながら愛を囁くとか? それか、あえて普通に公園とかで? いやどれもしっくりこないな……くそ、こんなんだったらレストランで告白してるんだった……俺の馬鹿!
「あそこは……」
ハンドルを握りながら自分を叱りつけていた俺だったが、電灯に照らされた広場が目に入ったところではっと眉毛を上げた。
人気のない駐車場だ。少しだけ小高いところにあってあそこからなら海が見えているし、遠くの方で輝く街灯りも見えるだろうし、ロマンチックな場所じゃないか?
そう思うと、俺はウインカーを出して右折し、駐車場に入った。
「あの、センセ?」
「どうした?」
「なんでここに来たんですか? 何もないよ、ここ」
「いや、海が綺麗だなって、思ってな」
「ホントだ……綺麗だね、センセ」
電灯に薄っすらと照らされた辻中の横顔は息を飲むほど綺麗だった。
月明かりの下で輝く海や、遠くに見える夜景ですら今の辻中の前では見劣りする。
「…………っ」
思わず見とれそうになって俺は小さく首を横に振った。
こんなんじゃだめだ。言うんだ、辻中に。
俺はそう決心すると、車のエンジンを切った。
「辻中、大事な話があるんだ」
「なんですか? あらたまったりして」
「いや、もういい加減素直になろうかと思ってな」
「それって……」
辻中と視線を交わす。薄暗い車内の中で、赤みがかった瞳が揺れていた。
やっぱり綺麗な目だな……。
そう思いながら俺は微笑んだ。
「本当は三年間ずっとお前のことが好きだった。最初は生徒としての好きだったけど、一緒に準備室で過ごすうちにどんどんお前のことを知って、お前の魅力にひかれていったよ」
三年間の想いを言葉に乗せて、俺は懐かしむように続ける。
「俺のこと優男みたいだって笑うし、体幹がザコだとか挑発もするし、そのくせママみたいに優しいときもあるし、素直になれとかこっちの気持ちを見透かしてるし……ホント、お前には
「じゃあなんで、私が告白したときにOKしてくれなかったんですか? そしたら、あんな気持ちにだってならなかったのに……」
結果的に辻中を振ったみたいになったからな……あのときは、俺が臆病だったから、辻中を傷つけたんだ。
そう思うと胸が張り裂けそうになって、俺はぎゅっと拳を固めた。
「ごめん」
「軽い謝罪ですね」
「……あのときは、まだ教師と生徒だったから、世間体とかモラルとかで辻中に迷惑かけたくなかったんだ……」
「センセ……そんなに私を想って」
「あのときは勇気がなかった、臆病だった。でも今はお前が一番だ。お前以外何もいらない」
「ふふっ、そんなこと言って私がちゃんと卒業して大学生になってから口説きに来てますけどね」
「うっ」
痛いところを突かれた。
「あれれ、センセ? 世間体もモラルも守ってますねぇ、お前以外何もいらないとか言いながら」
「ちょっとはカッコつけさせてくれませんかね!?」
悪戯っぽく笑う辻中に、俺は抗議の声を上げた。
そんな俺に向かって辻中はくすくすくと笑い続ける。
あぁ……ロマンチックが消えていく。これ一生ネタにされるぞ。自己防衛先生とか言われるだろ。そんなの、なんか嫌だ。だって俺は……。
「本気なんだぞ……本気で、全部捨ててでも、お前を選ぶ覚悟で言ったんだからな」
「……っ!」
辻中は小さく息を飲むと、
「じゃあ、証拠……証拠を見せてくださいよ」
静かに目を閉じた。
小さな顎が少しだけ上に向くと、首筋に長い黒髪が流れる。唇はリップグロスを塗っているのか、
(ほんとに綺麗だな……)
電灯に照らされた薄暗い車内でも辻中の美しさは俺の目に焼き付いていた。
「わかったよ……」
こんな綺麗な顔でキス待ちされたからか、俺に迷いはなかった。唇に吸い寄せられていく。
「じゃあ、するぞ……」
「ん……ちゅ……」
唇が重なる。そっと触れるような優しいキスだった。
「どう、かな? 俺の気持ちは伝わったか?」
三年間の本当の気持ちを乗せてした三秒のキスを終えると、俺は恐る恐る尋ねた。
だが辻中は目をそらし、うつむいてしまった。
「…………」
なんだろう? もしかして、俺のキス、下手だった? 俺、大人なのに……ヤバい、めっちゃ恥ずかしいんだが。
ちょっと不安になってくる。でもここで臆病になっても仕方ない。
俺は勇気を振り絞ってもう一度尋ねる。
「辻中、どうなんだ?」
「――って、呼んで」
「え?」
「美夜子って呼んでよ。もう、彼女なんだし」
「そうか、彼女か……ふふっ」
ヤバい。笑顔が止まらない。俺今、人生で一番幸せだ。
「今から、センセの家行かない?」
「俺の家に?」
「うん、せっかく彼女になったんだから……」
「えっと、それって……」
「キスの続きに、興味ありませんか?」
「……ッ!?」
俺の心はその一言で見事に撃ち抜かれた。
なんて破壊力だ。辻中は――いや、美夜子は完璧に俺の転がし方を知ってるな。
俺は素直に頷くと、美夜子に言われるがまま車を走らせたのだった。
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