第3話 校舎裏で……

 ある日の放課後、いつものようにHRホームルームを終え、職員室に向かおうとしていたら料理部の子たちに次の活動について相談を受けていた。

 その相談自体はいい。むしろ生徒に頼られて嬉しいくらいだ。

 だが相談のあと職員室への道中に三階の廊下を歩いていると、校舎裏に面した窓から密会する男女が目に入った。


「辻中と……木村か?」


 ひとりは、光の加減で赤みがかって見える長い黒髪が特徴的な少女。もうひとりは、イケメンで女子から人気が高い三年の男子生徒だ。

 放課後にこっそり校舎裏で会ってるって……まさか告白か……? ってどっちから告白するんだ? まさか、この前俺にあれだけ言っておいてもう他の男と……。


「いや、もう俺には関係ないことだ」


 あいつが誰と付き合おうと辻中の勝手だし……でも、ああもうっ、なんか胸がモヤモヤするし、なんなんだよ。二十代後半にもなって、なんで学生の恋愛に悩んでんだよ……!

 校舎裏を覗きながら俺が葛藤していると、ふいに後ろから暗い声音が聞こえた。


永守ながもり先生」


 振り向くと、澱んだ瞳と目が合った。

 死んだ魚のように生気がない藍色の瞳。髪型もふんわりとした藍色のミディアムヘアで可愛らしいが、うっすらと浮かべた笑みは不気味だ。

 鳴宮和奏なりみやわかな、俺が受け持っている三年の女子生徒だ。

 辻中と鳴宮は休み時間によく一緒にいるのを見るが、どうやら放課後はフリーなようだ。


「ダメだよ、先生」

「何が……?」

「教え子にそんな熱い視線を送っちゃ、美夜子ちゃんを狙ってるのがバレバレだから」

「いや、別に狙ってないが……」

「その割には立ち止まってこっそり覗いてるけど?」


 俺の隣に立って鳴宮が窓から覗き込む。相変わらず辻中と木村が話している。ここからじゃ何を話してるかよく聞こえないが、あんな人気のない場所で話すことなんて決まってるだろ。大体想像がつく。


「あいつら青春してるなーって思ってただけだよ」

「あっそ。そんなこと言うんだぁ」

「うお……っ!?」


 腕を引っ張られた。身体が傾き、屈んだ俺の耳元に鳴宮が口を近づけてくる。


「本当は『俺の女に手を出すなよ』って言いたいのに立場上何も言えないもんねぇ。可哀想な先生。あぁでも、これってセルフでお預けプレイしてるってことよねぇ? くふふっ、なんでこんなにマゾ気質なんでしょうねぇ」

「ホントにコイツ……っ」


 性悪女め! わざわざこんなことを言うために呼び止めやがって……!

 ねちねちと陰湿に責め、痛いところを的確に突いてくる。こいつはそういう奴だ。俺と辻中が仲良くしているのが疎ましいのか、俺のことを定期的にいびってくる。ホント苦手だ、この女。


「まぁそれはそれとして……」


 そう言ってぱっと俺の腕を放すと、鳴宮は薄ら笑いを消して真面目な顔を作った。


「私からひとつ忠告があります」

「なんだよ、あらたまって」

「美夜子ちゃんとこれ以上親密になったら、先生には必ず不幸が訪れますよ」


 鳴宮の言葉がぐさりと胸に突き刺さる。

 そんなのわかってる。これ以上はダメだ。教え子に手を出すなんてダメなのはわかってるから、俺は諦観の息を漏らしながら答える。


「脅しのつもりか? 言っとくが俺は――」

「それじゃあね。サヨナラ、先生」

「おいお前、言うだけ言ってさらっと帰るなよ……」


 鳴宮の背を見送りながら俺は呟いた。


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