第19話 人生を変えた人


 私は、明るい社会に馴染むことが出来ませんでした。



 どうしても納得いかなかったので、飛び込みました。いや、騙されたと思って自分から飛び込んでみました。



 みなみは若い頃、町中にある商店(八百屋中心の店)で働いていたことがありました。




社長の奥さん「あっみなみくーん、そのダンボール取ってー」




みなみ「はーい・・・・・うわっ!!」



 ゴロン!バタバタバタ!!・・・・






 積んであった野菜のダンボールは一斉に崩れ落ちました。慌てて社長夫人が走ってきます。



奥さん「みなみくん!大丈夫?!」



みなみ「だ、大丈夫です!・・・それよりもホントすいませーん、思ったより重くて・・・。」



お客さん「ちょっとみなみくん、若いんだからしっかりしないと(笑)」



みなみ「そうですよね、このお店で一番若い俺がしっかりしないといけませんよね。」



お客さん「私はあなたのファンなんだから、しっかりしてよね!(笑)」



奥さん「あらー、〇〇さんったらみなみくんといい感じになって浮気しようとしてません??(笑)」


 はははははははは!!!!



 常連のお客さんと笑いあう風景・・・・。そういう人生・・・・・。



 良い人、優しい上司、優しそうな常連のお客さん・・・・。とても職場環境は恵まれていました。実際仕事をやっていて楽しかったです。苦労する事もありましたが、それはそれでこの商店での仕事を覚える為、お客さんの笑顔やこのお店の売り上げの為にやっていたので苦には感じませんでした。



 社長の指示で名札をつけていましたので、心やすい常連さんからは名字で呼ばれることがありました。



 給料は安かったですが、休みもそれなりにあり、職場は楽しく、やりがいもありました。



 休憩時間は他の従業員さんとお茶をしたり、お菓子を食べてTVを見て団欒を過ごしていました。



奥さん「寒いねー。」



みなみ「コタツが一番ですよ。」



 勤めている職員の中で一番若い私は、将来を見据えて店番は当然ながら、配達や流通の事も社長に教えて貰っていました。期待されていました。



 普通でした・・・・毎日が平凡でした・・・・・・。このまま私の若い時期の大事な時間はどんどん過ぎて行ってしまうのでしょうか・・・。




奥様「あらー・・・今月もダメだわ・・・・・。はぁー・・・こうなったらバッグでも売ろうかしら・・・・。」



 ・・・・・・ネット社会・・・・。この店はそれに打ち勝つことはできなかったのです。



 ある日を境に毎日、借金取りが来るようになったのです・・・・・。スーツを着た、体格の良いいかつい男性と眼鏡の陰湿そうな男性が2人で事務室にやってくるのです・・・・。



借金取り「電話に出ないって・・・・それは俺達に対する最大の煽りですよ、社長・・・・。煽ってるんですよ社長は、我々の事そして我々の会社を」



社長「ですから・・・来月の支払日までに利息含めて必ず払いますから。」



借金取り「せめて電話に出て、そうやって嘘でも何でもいいからなんか言い訳の一つでも言えばいいじゃないですか。電話に出ない人間を信用するほど・・・・俺達は馬鹿じゃねぇんだよ。」



社長「・・・・・・」




借金取り「電話に出ねぇから、俺がこうやって足を運んで、どこの馬の骨だかわからない、今まで会った事の無いような人間から、『この野郎』って・・・文句言われるんだよ。こっちは年上のあんたに対して、『この野郎』って言わなくちゃいけなくなるんだよ。・・・・この意味はわかってる??」



 壁の向こうでみなみが聞いていました。



みなみ「・・・声こそ荒げてないけど、あなた達はなんだか恐ろしいこと言ってますね。じゃあ・・・この時計持って行けばどうですか??今月の利息分くらいにはなるでしょ。毎日来られて他のお客さんが怖がってるし、評判が悪くなって実際客足が少なくなってきてる。・・・これで今日は帰って貰えない?」



 みなみはつけていた腕時計を外しました。・・・これは就職祝いで父から買って貰った少し高い腕時計でした。



社長「みなみくん、それは・・・大事にしてた物じゃないか・・・」



借金取り「・・・・・・」



 無言でその借金取りは腕時計を受け取りました。・・が、すぐにみなみの腕にそれを返しました。



 カチャ・・・・・



みなみ「は?なんだよ、持って帰ればいいじゃん。何故持って帰らない?金が要るんだろ??」



 凛とした態度で言い放つみなみ。



借金取り「お前店の従業員か?・・・・言っとくけどな、今日の話は社長が個人で借りてる金の件だ。俺がお前の腕時計を貰って帰った後、・・・・お前はそのまま警察に通報するんだろう。大事にしていた腕時計を俺達に盗られましたと。」



みなみ「・・・・・・・」



借金取り「君はとても堂々としてるな。その目が気に入った。なるほどな・・・名前は・・・・みなみな、覚えとこう。・・・俺達をハメようとするなんて、大した度胸じゃねぇか。」


みなみ「ハメ??まだ何もされてないのに・・被害妄想ですか??本当にお2人には帰って貰わないと、お客さん来なくて返せるもんも返せなくなりますけど。」



借金取り「おい・・・大人を舐めてんのか?・・・今すぐ返さないとヤバいからこうして来てやってんのに、この件の繋がりを無視する気か?」



後ろの男「チュンさん、まだガキですよ。大学生みたいな顔してやがる。こんな奴はほっときましょう。」


チュン「ハツモト、お前は黙ってろ。ガキと言うのなら・・・・大人が自分の時間を使って社会のルールを子どもに教えないといけないんだ。それが大人のつとめってもんだろうが。」



 この人達は今まで私が出会った大人達とは違います・・・。怒り方、キレ方が普通の大人と違うのです。私は別の人種と今話しているのでしょうか・・・・・。



ハツモト「はい、まぁそりゃあ・・・・そうですけど・・この子にその・・・教える価値があればいいですけどね・・・。」



 当時オーラス興業の子会社であるオーラス金融に所属していた、若い頃のチュンさんとハツモトさんがみなみの勤めている商店に借金を取り立てに来たのです。



チュン「1つクイズを出したい。お前は生活の為に働いてんだろ?」




みなみ「そうですよ?」




チュン「金が要るよな?給料いくらだ?」




みなみ「13万円。」




チュン「住んでいる風呂無し1Rボロアパートの家賃や電気、ガス、水道滞納分も併せて5万でした。払わなければライフラインが止まります。奮発して買った車のローンが5万でした。過去に一度滞納しており、次滞納するとブラックリストに載り、信用が無くなりあらゆる借金が出来なくなります。保険代が1万円でした。食費が生きていくのに最低限2万必要でした。でも残念な事に、その月は貧乏な親が調子を崩して入院費を肩代わりしなくてはいけなくなりました。10万円がどうしても必要でした。生活苦・・・・元々首が回らないような安月給、ボーナスがたまに出て少しの贅沢でもジリ貧。口座の貯金は常に底をついていて、もう一切のお金はありませんでした・・・・どうするんだ?その10万。」



 みなみは・・・即答しました。




みなみ「自分の臓器を売る」



ハツモト「・・・・・・」



チュン「はっはっはっはっはっはっは!!!!わかってんじゃねぇか!!!女性じゃないからな・・・・そうかそうか!!その辺を加味して大正解だ!!!・・・ということにしとこうか」




 ハツモトさんはその答えを聞いて少し考えていましたが、チュンさんは腹を抱えて笑っていました。



チュン「車を売ってローンをチャラにしても、5万足りなくて意味が無い。退職金も無い零細企業勤め。保険辞めても1万円。久々に良い答えを持つ若い人間と会ったわ。・・・・来い、俺達と一緒に来い。気に入ったぞ。なんたってその面構えがいい・・・冗談だと思わせない表情だ・・・・。アリスや順子さんに似てるその目つき・・・・。」



みなみ「はぁ?何を訳の分からない事を言ってるんだ?俺はこの商店で・・・・・。」



チュン「ハツモト・・・まだわかってない部分があるな・・・後は任せた。」



 チュンさんは椅子に座り、煙草に火を付けました。




 ハツモトが近寄ってきます。神妙な面持ちで話しかけてきました。



ハツモト「・・・もうじき無くなるぞ、この店。お前さっき臓器と言ったな?良い答えだ。覚えておくぞその言葉。・・・思いついた言葉が世間の常識ではない?いいかい?・・・・・そんなものは他人が作ったものだ。大多数の人間は他人が作ったものに振り回されて生きているんだぞ。コケにされてんだぞ。・・・・お前はこのままでいいんだな?コケにされ続けて、一家団欒?アットホームな職場?それでいい人間は・・・それでいいんだと思う。ただ・・・若いお前はそれ以外のものを見ずに死んでいくのか?何もない人生、そんなものを求めて死を待ち、生きているのかい?このチャンスを逃して、時代と共に消えていってしまっていい?」



みなみ「何もない人生・・・・・。」



チュン「とりあえず、俺がBMWを買えるくらいまでにしてやる。俺達をハメようとしてきたんだから、直ぐにその位にはなれるだろう。学歴も職歴もうちは関係ない。・・・・来いみなみ、俺が高みを見せてやる。」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・




 ・・・・・・・・・・・・・・・・




 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 ・・・・・・・・・・・・・・・・




 アリスの店『Fan』のカウンターの隅っこで一人でウイスキーを飲んでいるみなみ・・・・。




みなみ(買えちまったなぁ・・・・チュンさんが言ってたBMW・・・しかも・・・3でも5でもない、7シリーズを・・・・・。)



アリス「なんか今日のみなみ、随分と考え事してない?・・・・」




にしま「ほんとですね・・・みんなで来てるのに1人で端っこで飲んでる・・・・。おいみなみ!大丈夫か?!・・・生きてますか?!(笑)・・・・反応なし・・・人形かよお前は・・・・。先輩の店に飲みに来てんだ。もっと張り切れよ(笑)」



 見かねたにしまが椅子から立ち上がります。



ハク「いいよにしま!!ほっとこうよ!あいつたまーにあんな感じになるから!!根っこがナイーブなんだよきっと!」



チー「そうなの??へぇー、みなみくんも悩み事あるんだねぇ・・・・」



にしま「1番よく知ってる俺が教えとく、ナイーブ?・・・・絶対にそんなことはない。オーラス興業でナイーブな部分と言えば、俺の肌くらいなもんだ。デリケートなのは、唯一俺のお肌だけ」



 私のサービスジョークでひとしきり笑ったところで、ハクが思い出したかのように話しだします。



ハク「それよりそれより!!みなみの事なんてどうでもいいわ!!・・・・チーさんとリューの話を聞きたいんだけど!!」



にしま「あっ!!そういえばリューもこの間チラッと言ってたぞ!・・・チーさん、リューとお付き合いされてるんですか??」



チー「はぁ?!ちょっと何?何なのいきなり!!私の事なんて誰が興味あるの?!興味なんかないでしょう?(笑)」



にしま・ハク「決してそんな事はございません!!先輩の話ですから興味あります!!」

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