第7話 生業


みなみ「それじゃあ、公務員と一般の仕事のどこが違うのですか?」








 天井がさほど高く無い、古めかしいオーラス興業の事務所で初老男性に、仕事内容について説明しているスーツ姿のみなみの姿がありました。








初老男性「いや・・・ほら、出所が違うじゃない?給料の・・だからさ・・・。」








 みなみは「なんだそれは」を言わんばかりに、手を大きく振ります。








みなみ「お父さん・・・給与の出所は関係ないですよ。公務員だから副収入を我慢しないといけないんですか?逆に一般の我々のような仕事をしている人が我慢してないって事ですか?そう言う事になりませんか?お父さんの言い方であれば」








 オーラス興業の説明を聞きに来た初老男性の言っている事が全く分からない様子でした。








 ギャンブルで借金が出来てしまい、返済の為に日払い仕事の説明会に来てくれていました。








初老男性「副業は当然公務員は禁止されてますし、やはりバレた時がね・・・・。」








みなみ「え?それなら何故ここにお話を聞きに来られたんでしょうか(笑)それならここに日雇いの話を聞きに来ないでしょう。というか俺から言わせれば・・・・そんな馬鹿な話はない・・・。だって同じ人間じゃないですか。そんな区別はおかしいですって。大体本業で苦しくて生活が出来ないから副業やってますって人を止めること自体がおかしい世界だよなぁ・・・会社は社員の生活を守らないといけないものなのに・・・・。だってそうしないと、生活が・・・・要は首が回らないんですよ?死ねって言っているようなものじゃないですか。何故それを赤の他人が駄目というのだろう・・・。」








 ガチャ・・・・。








にしま「失礼します。お父さん、どの仕事やられますか?今なら一杯来てますよ。」








 にしまは印刷した書類を初老男性に見せる。








にしま「プラスチックのバリ取り作業や、部品や商品の検品。更には在宅で内職の案件も来てますよ。」








 現場の写真や、その現場に本当に居るかどうか分からない明るそうな若手社員たちが集まってピースをしている写真を見せました。








初老男性「え?・・・・この仕事なら出来そうだな・・・・。」








みなみ「普段と違う仕事すれば、気も紛れて本業にもいい影響出るかもしれませんね。」








にしま「その・・・・さっき印刷をしている時に、顔バレが怖いと言う話をチラッと聞きましたが、それなら人とほぼ接っする事のない仕事もたくさんありますよ。マスクや帽子を被ってする仕事もありますし。」








初老男性「そう!顔バレが怖いんだよ!・・・そんなのあるの?!それを聞きたい!!」






 生活に相当困っているのでしょう・・・・顔バレしない可能性がある仕事に対して凄い勢いで食いついてきました。








みなみ「保険になるか分からんですが、もしもね、仮にバレたとしましょう。もうその時は仕方がない!!・・・でもね、お父さんが頑張って借金を返そうとしてるのは事実。人間同士話し合えばわかると思いますけどね俺は。今まで国の為に頑張って何年も尽くしてくれたんだ、クビには絶対になりませんよ。規則がそうだからと言ってそうはさせません。人間対人間で話しているんだから、確率0%という事は絶対無いんでね。その時は俺にも話聞かせて下さいよ。こっちだって守りますよ」








 男性は悩みます。初対面の俺達に説明会に来ていきなり、借金のことまで話してくれる人はなかなか居ません。相当切羽詰まっている可能性が極めて高いです。奥さんや子どもにまで内緒にしてこのギャンブル借金を返済しようとしていました。












 ・・・・・・・・








 ・・・・・・・・








 こんな毎日が続いていました・・・。








 このような説明会の話や、取引先の工場に出かけて書類のやり取りをしたり、保険や税金の話をしたり、シフトを組んだり、様々な仕事をみなみや他の社員から教えて貰いました。








 みなみは仕事中は真面目でした。何よりも金がかかっているからです。それは俺も分かっていました。自分の生活の為、そしてもう半分は会社の為。












おばさん「にしまくん、最近慣れてきたんじゃない?」








 オーラスの女性事務員制服を着た50代の女性が話しかけてきます。胸元の「O」のマークが光ります。これは女性用のオーラス興業の制服です。男性はスーツにラペルピン、女性には制服がありました。ハクのように外勤であれば制服を着る事はほとんどありませんが、内勤の場合制服着用が義務付けられています。








にしま「順子さん、全然ですよ。皆さんにおんぶに抱っこです。」








 事務・経理担当の順子じゅんこさんです。この事務所で最年長者で、誰よりも会社の事を分かっている方でした。大先輩です。








 正社員の若い時はバリバリやっており、『鬼』と呼ばれていたそうですが、最近孫が出来た事ですっかり丸くなってしまい、面倒を見るという事で、パートでの短時間勤務について貰っています。昔は滅茶苦茶綺麗だったんだろうなぁ・・・。昔の写真を見せて欲しい・・・。








順子「ハクちゃんは相当筋が良かったのよ。私が今やってる仕事なんか直ぐに覚えちゃってね。私の後継者にしたかったんだけどねぇ。難しいよねぇ。これでいつでも会社辞めれるわぁなんて思ってたんだけどねぇ。若くて可愛いし、受付に私みたいなおばちゃんが居るよりハクちゃんが居た方がよっぽど会社の為にもなるわよそりゃ。」








にしま「そうだったんですねぇ。いやでも・・・俺は順子さんが受付に居てくれたら・・・安心しますけどね。」








順子「はっきり言いなさいよ!(笑)・・・本当に息子の奥さんになって欲しいわぁハクちゃんは・・・。」








にしま「どうも、すいません。」








 弁当を並んで食べながら2人で話していましたが、








 順子さんはとにかくハクの事を気に入っていました。以前ハクが1ヵ月間内勤の仕事をここでしていた時に、彼女につきっきりで仕事を教えていたそうでした。








 ハクはとにかく、先入観や差別心、出来ない事の羞恥心が一切ない人間だと順子さんは声を大にして言っていました。物事の先読みも出来て目上に対しての気遣いも出来る、そういう人間こそが抵抗なく吸収し抜群に伸び、どこの部署に行っても重宝されると言っていました。








 ガチャ!・・








男性「お疲れみんな!!」








みなみ「・・・ハツモトさん、お疲れ様です。あの案件どうでした?」








 1人の男性が帰ってきます。








ハツモト「ああなんとかな、でもな後30人レギュラーで投入しなきゃならなくなった。」








 お弁当を食べ終わった順子さんが声を掛けます。








順子「ハツモト君、20なら今のキャパでどうにかなるはずよ。」








ハツモト「20ですよねぇ・・・・うーん・・・・」








 この男性は事務所のナンバー2、幹部のハツモトさん。俺やみなみの直近の上司にあたる人でした。いつもストライプのスーツを着ており、赤渕の眼鏡が似合うこの会社のカラーに一番合ってない非常に爽やかな男性です。








 あともう一人、遠方担当というポジションが有り、この事務所では抱え込めない遠い地域を受け持っている先輩がいるそうでした。遠方担当はほぼ事務所に居らず、まだ私が入社してから一度も会った事がありません。








 このオーラス興業の事務所は












 所長(責任者):チュンさん




 幹部(営業責任者):ハツモトさん




 事務・経理パート:順子さん




 営業:みなみ




 営業:にしま


 


 外勤:ハク 








 この6人に遠方担当の先輩を加えた7人の部署でした。








 本当は事務方にハクを加えた7、8人位の新体制でやりたかったと、チュンさんは昨日の会議で言っておられました。








ハツモト「20ってことは、あと10人かぁ・・・チュンさんにも相談するけどさ、みなみのとこでどうにかならないか?こっち正直カツカツなんだよ。」








みなみ「ちょっと待ってくださいねぇ・・・・・」








 PCで登録者のリストを確認します・・・・・。








 ・・・・・・・・








みなみ「性別、年齢指定無ければ・・・・なんとか・・・・いけます。」








ハツモト「ちょっと大型案件になるからチュンさんに相談してからにするわ。恐らく受けてもいいと言われるんだが・・・・。」








にしま「お疲れ様です、ハツモトさん。」








ハツモト「おっ♪新入りのにしま!仕事は慣れたか?」








にしま「みなみと順子さんのおかげで今日1件だけですが、決まりました。日払いで工場に入るそうです♪」








 急に笑顔になるハツモト・・・・。








ハツモト「・・・おぉそうか!よかったじゃないか!今日行くか一杯!!最近忙しくて、歓迎会もしてなかったしな!!」








にしま「はい!ありがとうございます!!」








ハツモト「みなみも来い!お前店決めといてくれよ!!」








みなみ「はい!分かりました!肉嫌いでしたよね?ハツモトさんの好きな刺身の店に行きましょう!」












 今日の夕飯にありつけました・・・・。実はまだ給料を貰っていませんでした・・・・。








 PCで順子さんに教えて貰いながらシフト割り当ての仕事をしていると、奥の席でチュンさんとハツモトさんが話していました。








 神妙な顔でハツモトと話している所長室のチュンさん・・・・。








チュン「ハツモト、それもう先方にやるって言ったんだろ?」








ハツモト「はい。事前に調べて行ったのですが20人は確保できそうでしたので、あとはみなみんとこでもう10人入れて貰おうと思っています。投入の期限もまだ先ですし、これから動いてもどうにかなるレベルです。」








チュン「うーん・・・そうだな・・・・。・・みなみ居るか??!!ちょっと来い。」








みなみ「はい!」








 ガチャ・・・。








チュン「下話は聞いてるかもしれないが、今ハツモトから大口の話が入った。女性の働き手を10人探してくれ。」








みなみ「じょ・・・・女性ですか??・・性別関係無しなら10人はいける予定だったんですが。」












チュン「赤ちゃんの商品を作る工場だからな。足りない10人のレギュラーは全員女性の方が向こうにとってもいいだろう。あとの細かい振り分けとシフトはこっちでやるから、にしまと今日午後から来る新人を使って探してこい。にしまも内勤が多くて退屈だろう、たまには外で仕事させなきゃつまらんはずだ。新人もお前経由で入社してんだから責任もってやらせろ。当然俺もハツモトも動かないとは言ってないからな。今日の仕事終わりからハツモトに活動報告してくれ。ハツモトは最終的に上手く纏まる様に自分とみなみのネットワーク使ってしっかり人数揃えろよ。」








ハツモト「はい、わかりました。・・・すまんなみなみ、急な話で。にしまと一緒に頼む。俺も今からアテがある所に片っ端に電話かけるから。」








みなみ「いえ、大丈夫ですよ任せて下さいよ!」








 今日は大口の仕事が入ってきました。一気に30人の人材が必要になりました。こっちが抱えている登録者を入れても足りない人間は一体どのようにして補充するのでしょうか・・・。








 午後になり、上司のハツモトさんは再び電話しながら出ていきました。








順子「みなみくん、〇〇工場の書類どうなってる?」








みなみ「すいません、今やってます。」








 みなみもハツモトさんも相変わらず忙しそうでした。それぞれの受け持ちの事で手いっぱいの様子でした。


 俺も何かを手伝いたいのですが、今の自分では出来ることが本当に限られており手伝うと、逆に二人に迷惑がかかりそうです。








 自分はお客さんの来店を待つ、待つのみの仕事でした。








 最低でも今空きがある派遣先と、優先的に入れないといけない派遣先は常に頭の中に入れておかないといけないので、とにかく暇があればPCで取引先情報を確認していました。








 ガチャ!!








にしま「いらっしゃいませ!」








 扉が開く音に反射的に立ち上がり、向かいます。
















男「こっこっこっこ・・・こんにちわ!!」








 ・・ニワトリ?かよ・・・・・。








 坊主で黒縁眼鏡をかけた黒スーツの青年が事務所に入ってきました。スーツの『O』のラペルピンが付いています。








にしま「・・・いっいらしゃいませ!!お仕事お探しですか?・・・・・じゃなくて・・・社員の方??」








男「はぁーい!!今日からお世話になります!!」








 え?・・・・なんかこの雰囲気・・・会ったことあるような気がするけど・・・気のせいか・・・。












順子「あら、ポンちゃんじゃない♪」








 順子さんとみなみが笑顔で事務所から出てきます。








みなみ「よぉ、待ってたぞポン。また今日から一緒に仕事出来るな!!」








ポン「はぁーい!!みなみさんと順子さんお久しぶりです!!」








みなみ「こちらはにしま。ポンより1ヵ月先輩になるから。」








ポン「よろしくお願いします!!にしまさん!!」








にしま「あ・・・そうか1ヵ月経ったら先輩になるって言われてたな!!にしまです!!よろしく・・・えーっと・・・・」
















順子「ポンちゃんよ」
















 えぇ・・・・・・ポン?・・・・












みなみ「アンポンタンだから俺がポンと名付けた。」












 ・・・いよいよこのみなみの『悪ノリあだ名シリーズ』も怒られるレベルになってきた気がするのだが・・・・・。












 滅茶苦茶失礼なあだ名をみなみからつけられていましたが、みんながそう呼ぶのであれば、自分もそのように呼ぶことにしました。








 声が聞こえたのでしょう、チュンさんが奥の所長室から出てきました。








チュン「おっポン来たか。先日はすまんかったな。」








ポン「はぁーい!!チュンさん大丈夫です!!またこの会社に戻れるのが分かっていたんで!!それが僕のモチベーションになりました!!・・・今日からまたお願いします!!」








 このポンという男は、丁度半年前にオーラス興業に入社予定だったそうでした。本来であれば俺よりも先輩になる予定でした。






 入社前インターンという制度で、1週間ほどこの事務所で仕事をしていました。


 しかし、インターン中に取引先の工場作業に急遽行くことになってしまい、今日ようやく正式入社が決まったそうでした。








チュン「うちの会社も滅茶苦茶だからな、インターン中の失敗に目を付けてそれで工場に入れる。せっかく才能があってもそこは見てくれない。失敗した事しか見ない、厳しい会社だ。」








にしま「え・・・何かあったんですか?」








みなみ「元々ポンは順子さんと同じ事務方志望だったんだが、その日俺もチュンさんもハツモトさんも全員忙しくてな・・・・・」








 みなみは神妙な顔で昔話を話し始めました・・・・・・・・・。

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