第8話 立ち直る男


 その日、みなみは書類提出の為取引先の工場に行かなければならなかったのですが、どうしても外せない用事が出来てしまい、その書類を入社前インターン中のまだパート社員の身であるポンに託しました。






 ポンは他人(初対面の人間)と話すのがとても苦手でしたので、あくまで書類を先方担当者に提出し、サインを貰うだけで帰るという『小さいサイズの仕事』を選んで任せていました。みなみは当日どうしてもそれだけ行く事が出来ないスケジュールで動いていました。





 町はずれにある工業地帯の一画にその取引先の工場はありました。




 工場の入り口にオーラス興業の社用車が停まっていました・・・・。



ポン「はぁーい!!オーラス興業ですぅ!!書類持ってきました!!」



 工場入り口の受付の守衛と話をしているポン。



守衛「はいはいオーラスさんね・・・それじゃあ、ここの入場者票にサインして、行き先は奥の総務課ね・・・。」



 運転してきた自動車で工場内に入りました。



 敷地が広すぎて、総務課の場所が全く分からず工場内でドライブをしている状況になるポン・・・・。




 ブーーン・・・・




 ・・・・・・・・





 ブーーン・・・・




 ・・・・・・・・






ポン「・・・・・総務課ってどこだろう?!大きい工場だなあぁ!!・・・・あ?!あああああ!!!!」







 ガリガリガリ!!!・・バキッ!!!・・・・





 よそ見をしていたポンは、たまたま客先駐車場に停まっていた車に擦ってぶつけてしまいました・・・・・。



ポン「あああああああ!!しまったぁ!!みなみさんに怒られる!!」




運転手「おっおい!!何してんだよ!」




 車に乗っていた運転手が慌てて飛び出してきます。




ポン「あああ!!ごめんなさー--い!!!」




 慌ててハンドルを切った方向にあったコーンを車で踏み潰し、花壇に思い切り車に突っ込んでしまいました。




 ガシャーン!!バキバキ・・・・。





運転手「ちょっと!!・・・・おい!!警備員呼んで!!!」





ポン「あああ!!!」




 ポンはギアをドライブに入れたまま車を降りてしまった為、そのまま車は更に花壇を壊して進んでいきます。




 バキバキバキ・・・・・




運転手「・・・・くっそ!!!」



 運転手は慌ててポンが乗っていた車に飛び込み、ギアをパーキングに入れました。





運転手「・・・ちょっと!!あんたどこの会社なんだよ!困るんだよ!これから役員乗せて取引先へ行かなきゃならないのに!!車に傷が入っちゃったよ!!花壇もさぁ・・・・どうしてくれんの?!」




 運転手は詰め寄ります。




ポン「ああああああああああ!!!!」




 ポンは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまいました・・・・。






 それから・・・チュンさんとみなみがその工場に到着したのは、1時間後のことでした・・・。




チュン・みなみ「大変申し訳ありません!!」




担当「いや、所長さん・・・・。うちの車や花壇を壊してしまった事を言っているわけではないんですよ。・・・あの社員さんは一体・・・なんなんですか?」



チュン「・・・先日入ったうちの新人です。申しわけありませんでした!!私の教育が行き届いておりませんでした!!」




担当「いやね・・・・事故は仕方ないんですよ。そりゃあ少なからずありますし、人間がする事なのでね。・・・でもね、直ぐに彼がうちの役員に対して謝罪しなかったのはどういう事でしょうか?・・・・・」





みなみ「・・・・・・」







 事務所にて・・・・



みなみ「こらポン!!お前今自分がパートだから責任が無いとかそういう風に思ってんじゃねぇだろうな!!」






 みなみは事務所内でポンに怒鳴り上げます!!






ポン「はぁーい!!すいませんみなみさん!」





みなみ「確かにこんな事を任せた俺が悪いよ!でも人間的な部分でお前は間違ってるって向こうの担当に言われたんだぞ?!何故役員の顔が見えた時に直ぐに走って行って謝らなかったんだ!!」




 自分の会社の人間を否定されたことが許せませんでした・・・。




みなみ「もう一回自動車学校行って練習してこい!!このアンポンタン!!」






ポン「はぁーい!!」






 電話が鳴ります。






順子「・・・・みなみくん、電話。」






 順子さんは嫌な顔でこちらを向きます。






みなみ「誰からですか?」





順子「・・・総務の・・・草水(そうず)さん・・・。」





 草水からの電話でした。既に本社までこの客先との事故話が回ってしまっていました。





みなみ「・・・もしもし。」




草水「・・・・・どういう教育してんだお前んとこは・・・・。」





みなみ「・・・・警察は呼んで事故証明とりましたので、先ずはあの車の対物保険使って車と花壇を直して弁償します・・・。当然ポンには暫く車の運転はさせません。」





草水「・・・そういう事じゃねぇんだ・・・・。お前経由で雇ったんだよな、あのクソガキを・・・。何故あんなのを雇ったんだか・・・。理由が知りたい・・・。」





 口調は冷静ではありましたが、先方の担当者から状況を先に聞いたようで、決して心中は穏やかではありませんでした。




みなみ「どうしても事務方の職員が必要でしたので、チュンさんやハツモトさん達の了承を得て、本社への稟議通した上でパートで雇っていました・・・。あいつは今回このような状態になりましたが、とても真面目で優秀な人材です。元々の派遣先である病院の事務局では正社員で働いて欲しいと言われた所を断って貰って、こっちに来てもらいました。元々あいつの才能を俺は分かっていたのでずっと前から目を付けていたんですが、このたった1週間のうちにこの営業所の社内LAN構築と、売上金の計算ソフトを作らせていました。現状ポンが作ったものに1つの狂いもなく、完璧な物に仕上がっています。」





草水「そうか、・・・・・それじゃあ立派な社会人だな・・・。そうであれば・・・責任取らせろ。」






みなみ「え?でも・・・まだパートですので、外での仕事をやらせた俺の責任です。」






草水「大口工場の役員の車ぶっ壊してるのは知ってるな・・・・パートとかそういう雇用形態の事を言っているわけじゃなく、大人なんだよ・・・・。大人なのかどうかを俺達は考えないといけないんだ。・・・みなみ、お前は良くも悪くもあそこの工場の営業担当だ。あそこにかなりの人数を入れているとチュンから聞いてる。・・・・これからも先方と気まずくならないように、俺が手を回しておいてやったから、・・・・あの事故った馬鹿をこの会社から切り離せ・・・。」





 草水はかけていた自動車保険を使う事も許しませんでした・・・・。結局ポンがその工場の下請け会社で半年もの間長時間働いて、返済する事になりました。当然みなみとチュンさんは猛反発しましたが、またこの事務所にポンが帰ってくる事を引き合いに出してきたため、泣く泣くその条件を飲むしかありませんでした。




 たった1週間でしたが功績は大きく、ポンが在籍時に作った『スーパー社内メールマン』、『ウルトラ会計ソフトマン』は今でもこの営業所内でメイン使用しており、とても重宝しておりました。ちょっと・・・・ソフト名が幼稚な気がしますが・・・・そこを取り払えば大きな貢献をしていました。




 確かにアンポンタンで話す事は苦手でしたが、優秀な部分が異様に突出しているタイプの人間であり、営業所内で面白がられていただけで、決して周りから馬鹿にはされてはいませんでした。ポンと言うのは、名字がややこしいのでみなみが無理矢理つけたあだ名という事が分かりました。





 休憩室でコーヒーを飲みながら話すにしまとポン・・・・・。




にしま「大変だったんだなポン・・・。しかし・・・・仕事中に起きた損害を社員に払わすなんてとんでもない会社だな・・・・オーラス興業って会社は・・・・・。その持って行く書類を後日にさせて下さいとかみなみはなんで先方に言えなかったんだろう・・・。」




 この会社は決して失敗した者を守ってくれません。反故にし、会社から切り離しにかかります。もしもの時は社員を守ってくれない会社だという事がわかりました・・・。





ポン「はぁーい!!でもにしまさん、僕はまだこの会社でやりたい事がありますし、みなみさんやチュンさんにもまだまだ恩返ししないといけないので、まだここにいまーす!!」





 とても前向きなポン。声も話し方もなんだか頭が悪そうな感じですが、顔つきはいつも大真面目で、返事だけはいっちょ前のとても分かりやすい人間でした。もう誰もポンの事を攻める人間は居らず、後はもう健康な体と強い気持ちだけです。





みなみ「にしま、ポン。早速だけど仕事だ。3人で出るぞ。ポンは本来事務員だけど今日から暫く営業の俺達について貰う。チュンさんに他の部署の仕事も学ばせるように言われてるから。」




ポン「はぁーい!!僕は何でもやりますよ!!せっかく戻ってきたんですから!!」




にしま「みなみ、外に行くのか?」





みなみ「そうだ、これから人材獲得しに行く。」





 今まで書類持参や受付ばかりでしたが、初めての人材獲得の仕事・・・・。やはりこれが無くては営業ではありません。自分で歩いて獲得してこそ営業なのです。





ポン「出かけるのであれば、僕が運転します!!」




みなみ「はぁ??だめだよお前は!!にしまが運転してくれ!!」





 少し怒り口調のみなみ・・・・。




にしま「分かってるよ。俺が運転するから。」




ポン「え?!・・・いいんですか?!・・・せっかく2種免許取ったのに・・・・・」





・・・・・・・




・・・・・・・








 顔を見合わせるにしまとみなみ・・・。








 に・・・2種ぅ?!・・・・・・普通自動車第二種免許だとぉ?!





みなみ「お、お前それ・・・いつ取ったんだ?・・・・」





ポン「この半年間の工場勤務の休日、早く終わった日や夜勤明けを使って取りました!みなみさんに自動車学校行けって言われたから行ってみたら、そこの職員さんに薦められました!タクシー会社に勤める事が出来るとも言われました!まぁこれも自己啓発だと思って取りました!あと、国家資格も一つだけ習得しましたよ!せっかく時間があるのに、勿体ないですからね!!」






みなみ「・・・お前・・・自動車学校なんてどうでも・・・・・・冗談に決まってんだろ・・・・真に受けやがって!(笑)このっ!(笑)」





にしま「じゃあ・・・・」




 みなみの顔がみるみるうちに晴れていきます・・・・。



みなみ「・・・当然ポンに運転して貰う!!今日から正社員なんだから!!・・・頼もしくなって帰ってきやがって!!顔も雰囲気もは変わってないけど、中身は頼もしい!!それが伝わってくる!!」






 みなみはポンの肩を叩きました。




みなみ「お前って奴は!!」




 バシッ!




ポン「はぁー-い!!!!」






みなみ「熱心な奴だ!!2種取ったからってタクシー会社に転職するなよ!」




 バシッ!




ポン「はぁーーい!!!!」






みなみ「また頼むぞ!内務的な話は特に!」




 バシッ!




ポン「はぁーーい!!!!」





 いやいや、その肩はボタンじゃないんだから・・・。






 頼もしいか?・・・いや、様々な意味でかなり強力な仲間が私達に加わりました。

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