第3話 人間の渦



 カツ・・・カツ・・・・




 カツ・・・カツ・・・・・




 ・・・・・
















「助けて下さいじゃねぇだろこの野郎ぉ!!!」








 ドンガラガッシャーン!!!!








 螺旋階段を登り、4Fに差し掛かった頃、物凄い大きな怒鳴り声と大きな物音が聞こえました。












にしま「え?!ビックリしたぁ・・・なんだ今の!!・・・・」








 あまりにも突然の出来事でしたので、背中が思いっきり丸まってしまいました。








みなみ「またか・・・・・・・・」












 みなみは4Fテナントの出入り口を見てピクリともしません。








にしま「え?・・・まぁ・・・いいか・・・」








 少し立ち止まり、再び壊れそうな螺旋階段を登り始めます。








みなみ「おう、緊張してる?」








にしま「ほんの少しな(笑)上司になる人だろ?少しは緊張するよ。」








 これからいよいよ、初めての就職先に挨拶に行きます。








 5Fに差し掛かった時、階段で作業着を着ている業者とすれ違いました。どうやらエレベーターの修繕作業に取り掛かっているようです。一つ上の階にも作業員の姿が見えました。








業者「み、みなみさん!こんにちわ!!」








みなみ「・・・おお、また修理?」








業者「・・・はい、すいませんいつも。」








みなみ「いつも・・・・・これ・・・何回目の作業だっけ?・・・」








業者「・・・申し訳ありません。」








みなみ「・・・わかったよ。まぁオーナーから言われててやるしかないんだから、やってよ。」








 このビルのメンテナンス業者の選定もみなみの会社がやっていると言っていました。








にしま「なんか、よくわからんけどさっきの作業員の感じだと直ぐにはエレベーターは直りそうにない感じだな。」








みなみ「申し訳ないという言葉を言われたら、もうこちら側も何も言えなくなる。あの言葉って卑怯だろ。俺が聞きたいのはこの部品が壊れていましたので交換して直しますからって言葉なんだけどな。」








にしま「そうだなぁ・・・確かに・・・。金払ってんだから故障原因の特定して貰わないとなぁ・・・・。テナントさんに迷惑がかかっちまう・・・。」












 このエレベーターの修理に結構な額が既にかかっているという事が分かりました。もう古いビルなので新調した方が良いような気がするのですが、いずれ来る建て壊しの為にもそんなことは出来ないそうなのです。今ある設備は直して使う、それ一択だそうです。








 6Fに到着しました。








 みなみの会社は
















 『(有)オーラス興業』
















 ガチャ・・・








 みなみ「チュンさん、新入社員のにしま連れてきました。」








 一番奥の席に座る黒いスーツ姿の男が椅子から立ち上がりました。








 さっきの色白のハクとは打って変わって、色黒で大きなガッチリした体格の強面男でした。








男「・・・・おお、よく来たね。」








 大男から握手を求められます。








 ガシッ!!
















にしま「今日からお世話になります。よろしくお願いします。」








男「私はこの事務所を任されてる、忠海ちゅうかいだ。よろしく。名字が長くてあんまり好きじゃなくてな、みなみみたくチュンさんとでも呼んでくれや。うちの会社は相手が不快と思わなければあだ名は全然OK。・・・・まぁ座って座って・・・。」








にしま「失礼します。」








 事務所内一室の応接室に座る3人。








チュン「今日はみんな出払っててな。本当は全員を紹介したかったんだが、また今度だな。」








にしま「いえ、ありがとうございます。また他の先輩方にお会いしたら私の方から挨拶させて頂きます。」








みなみ「実は、近々もう一人入社予定。来月には早速先輩になるな。うちの会社もデカくなったよ。」








 ここで左手につけている高そうな腕時計を見るチュンさん。








チュン「みなみ。」








みなみ「はい。」








チュン「これから一つ取引先と用事があってな、にしまへの会社説明はお前に任せていいか?」








みなみ「はい、分かりました。」








チュンさんは立ち上がり、財布から札束を取り出し、机に置きました。








 ポンッ・・バサッ!・・・・・・








にしま「えっ・・・・」








チュン「にしま、これから色々金が要るだろう。・・・就職祝いだ。受け取れ。」








 は?・・・・マジで?・・・・・












 あまりにもビックリしてしまい、上手くしゃべる事ができませんでした。なんでいきなりお金・・・・。しかも1万円や2万円の額ではありません・・・。












にしま「え・・・・も、貰えませんよ・・・初対面でこんなにたくさん・・・・」








チュン「いいよ、良いに決まってんだろ。持ってけ・・・・いつか稼いで倍にして返せよ(笑)」








 そう言うと、チュンさんは笑っていました。








みなみ「うちの福利厚生・・・みたいなもんだ。貰っとけ。な、にしま。」








 マジかよ・・・。受け取らないと・・・怒られそうな雰囲気だな・・・。仕方ない、ここは頂いとくか・・・。








にしま「・・・・ありがとうございます!チュンさんから頂いたので、これで何か買わせて頂きます!」








 なんと、入社していきなり上司から小遣い(大金)を貰ってしまいました。








 チュンさんは応接室から出た後、そのまま事務所から出ていきました。
















みなみ「怖かっただろ?(笑)」








にしま「怖いなんてもんじゃねーよ。初対面でこんな大金・・・普通受け取れねぇだろ・・。あの方が怖いというか行動が怖い。」








 みなみは立ち上がり、会社の冊子を持ってくる。








 このオーラス興業の求人募集の冊子でした。福利厚生の欄に「就職お祝い金」と書いてありました。












にしま「・・・この祝い金のことか・・・。振り込みで貰えるかと思ったら、実弾(現ナマ)で・・・。」








みなみ「まぁな、でもこれだけの大金を置いていったって事はかなり期待されてるぞ。頑張れよにしま。この金で身支度しよう。チュンさんの志ってことにしとこう。」








 しかしみなみよ・・・・俺はこれから一体何の仕事をやればいいの?・・・












 仕事内容について一切聞かされずここまで来たため、不安でしょうがありませんでした。












 丁度2か月前・・・・・。




 オーラス興業の入社面接を受ける為にみなみと駅前のファミレスで待ち合わせていました。








みなみ「おい!(笑)お前馬鹿か!(笑)スーツはどうした?!」








にしま「持ってないんだ・・・・。」








みなみ「・・・まぁ無いなら仕方ねぇな(笑)もう人事担当が来てるからこのまま行っちゃおうぜ。」












 ファミレスに行くと、痩せ型オールバック色眼鏡のスーツ姿の男性が待っていました。








 本社総務課の人事担当者さんでした。








 みなみ「草水さん、昨日お話したにしまを連れてきました。」








 椅子から立ち上がり、こちらに向かってお辞儀する人間が居ました。」








 草水「初めまして。私本社で総務をやっております、草水そうずと申します。本日は宜しくお願いいたします。・・・あの、堅苦しい会にならないようにと上司に言われていますので、今日はコーヒーでも飲みながらゆったりと・・・・心の内を話しましょうか。」








 一般の会社の面接ではあり得ない、コーヒーを飲みながら、軽食を食べながらの面接でした。結局自分は一口も口をつけませんでしたがみなみの言う通り、本当にこの面接は形式だけのものなのでしょうか・・・。本当にこの食卓に並んでいる飲み物や食べ物でくつろいでいては、ただのバカだと思ったのです。向こうもこちらの人間性を知りたいはずです。これもテストの一つなのです。








にしま「本日はお忙しい中、時間作って頂きありがとうございます。よろしくお願いします。」








草水「・・・どうぞ、お座り下さい。」








 自己紹介をして、みなみを交えて3人で今までの経歴、そして雑談を交えながらの会話が1時間ほど続きました。








 草水さんからは俺がスーツを着ていない事に対して、一切触れられませんでした。






 面接なのに半袖半パンで来ていました・・・。












 みなみは昔話で笑ってくれていましたが、草水さんは一切の笑顔を見せず、淡々と仕事の話、今までの話、そして未来の話をしてくれました。








草水「うちの会社は学歴は不問ですし、基本的には出来高制ですからね。当然、やればやるほど返って来ますよ。みなみの友人ってことですから、直ぐにでも入社して貰っても、私としては構わないんですけどね・・・。」








 ・・・・・




 ・・・・・




 え?・・・・












みなみ「え?・・・草水さん、何かにしまの入社に関して問題があるんですか?」








 草水は少し考えながら・・・・答えました。








 草水「・・・要は信頼関係・・・なんですよねぇ・・・。・・・・会社と自分自身、自分自身と会社。お互いが相思相愛でないといけないと・・・そう思ってるんですよねぇ・・・。そうでないと続けることが非常に難しいお仕事なんですよ・・・。」








にしま「・・・・はい、確かにそれはどの仕事に就いてもとても大事なことだと思います。」








草水「ですので・・・・2か月間、提携先の工場作業と運送屋の仕分け作業をして頂きます。」








 え?・・・工場?・・・








 みなみが慌てて会話に割って入ります。








みなみ「え?・・・にしまにそれをやらせるんですか?」








草水「今こうやってお話させて貰って、このみなみの補佐役としても、自分一人でもやっていく器量はあるように感じます。・・・しかしうちの部長がね、どうしても会社に対して誠意を見せて貰わないと困ると言うんですよね。分かりますか?」








・・・・・・・








にしま「それは分かりますよ。一番下っ端なわけですから、なんでもやらなければいけません。・・・もしここでやらないと言ったら、間に入って貰ったみなみの顔が立ちません。」








 頭を抱えるみなみ・・・。








みなみ「マジかよ・・・・いきなり一緒にやれるかと思ってたのに・・。草水さん・・・どうにかならないですかね?・・・工場で働くような人間じゃないんですよこいつは。」








 キリっとした顔でみなみを見る・・・。草水さんは色眼鏡越しの目がとても鋭い男でした・・・。
















 草水「おいみなみ、・・・・・・お前がどういう人間を連れてきたのか、俺達が分からねぇだろ。伝わってないんだよ。お前が部長や上司から信用されてないのが悪いんじゃねぇのか?・・・最初は1年やらせると言われたんだぞ。」








 首を傾げます・・・。








みなみ「・・・ん?にしまと今日初めて話した草水さんが、部長に頼んで1年から2か月に縮ませたってことですか?」








 やれやれという顔をする・・・・。








 この人は・・・・この総務の草水さんは・・・・・俺と話している時とみなみと話している時、全く人間が違いました。別人でした。真後ろに鎌を持った悪魔が潜んでいるような、とてつもなく恐ろしい雰囲気を持った人間でした・・・・。








草水「頼んではない。お前んとこのチュンから昨晩電話かかってきてな。その10か月分についてはどうにかするそうだ。意味分かるよな?、みなみ。」








 一体この人達は何の話をしているのでしょうか・・・・・。自分の事なのでズバリ真相を聞きたかったのですが、先程話していた草水さんとは別人の草水さんが話している間に、割って入る隙間が一切ありませんでした・・・・。








 お前は話に入ってくるなと抑えつけられたような気がしたのです・・・。












 みなみ「なるほどね・・・・。俺に圧力かけようってのかい・・・・。了解いたしました。にしま、すまんな。いきなり俺と一緒にとはいかないらしいわ。すまんが草水さんに言われた通り2ヵ月間、地元の工場と配送センターで働いてもらう。その間なんとか上手いこと行くようにしとくわ。俺がなんとかしてやるから。心配無用。」




















 要は・・・要するに・・・・・。








 チュンさんと別れて事務所内の応接室で2人で真剣に話している、にしまとみなみ。












みなみ「俺達のメインの仕事は、人材派遣だ。」








にしま「じ・・・・人材派遣?」








みなみ「そうだ。他にも様々な事業をやってるが、契約先(仕事先)を見つけて、そこに自分が知っている人を当てていく。それがこの会社の中での俺達の仕事だ。」








にしま「・・・・・・・」








 そういう事か・・・・。ここの事務所に来る前に2か月間働いた工場や配送センターはこのオーラス興業の契約先になるわけか・・・。








 徐々に点と点が線になっていきます・・・・・・。








にしま「でもそれでどうやって儲けるんだ?」








みなみ「白々しいな(笑)働いてもらった分の何%かが会社に、そして担当の俺達の懐に入ってくる。」








にしま「おい、それはピンハネじゃねぇか。」








みなみ「おい、人聞きの悪い事を言うなよ。そういう契約のもと働いて貰ってるんだから。大体まず、俺達がみんなが働く仕事先を見つけてるんだ。少しくらい貰っても別におかしい話じゃねぇだろ。・・・でなければどうやって会社が儲かるんだ?どうやって運営していけるんだ?どうやって俺達は飯を食うんだ?・・・逆に知りたい。・・・ボランティアや社会慈善活動じゃなぇからなうちは。それがしたければ、俺はきっと他の仕事やってるよ。・・・まぁちょっと、煙草でも吸いながらくつろいで話そうぜ。ここに草水は居ねぇ、味方だけだから。」








 煙草に火をつける2人。これでなんだか少し落ち着くことが出来ました・・・・。












にしま「まぁ、まぁわかったよ。でも・・・・自分で仕事を見つければアガリを抜かれる事も無いのにな(笑)」








みなみ「おぉそりゃそうだ。しかしここで登録している人間はきっとそれ以上のメリットを感じているんだろうな・・・。・・・もしも明日、とある人間が働いている会社が倒産して無くなったとしよう。その人は仕事が無くなって収入を失うだろう。しかし・・・・俺達を信用してついて来てくれる人間には常に有る契約先のお仕事を紹介する。仕事も繋がる。これで未来永劫勤労は成り立って行き、食いっぱぐれは無くなる。・・・あのハクもそうだ。」








にしま「そうなの?!ハクもなん?!あのオセローの仕事もか?!」








みなみ「ハクは、俺の事を信用してくれてる。一番の働き手だ。外勤係という俺達とは違うポジションだ」








 さっき喫茶オセローで話していた際、ハクの口から「どっち側?」という謎のワードが飛び出した理由がその時少し分かった気がしました。








 オセローでハクが働けば、そのうちの何パーセントかはみなみに入ってくるという事になりそうです・・・・。








 なるほどな・・・・。みなみは獲得してくる仕事内容だけでなく、自分自身も売り込んでる・・・。自分と契約したらこれだけのメリットがあると・・・。先程会ったチュンさんという男にかなり鍛え上げられているような気がしました。












 しかし一方、先日会った総務の草水からのみなみへの当たりはかなり厳しいものがありました。この会社の人間関係に薄暗い闇が、潜んでいるような気がしてなりませんでした・・・・。

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