第2話 夜に啼くコヨーテ

 森の中の小さな家。それが我が家です。


 この辺りは起伏のある土地なので、建物を建てるのも一苦労です。

 まずは平らな場所を確保しなければなりません。

 おまけに、地面を掘れば石(岩?)にガキン! と当たるので、家を建てるのも大変だろうなあ、と想像します。


 家の基礎工事、大事ですけれど、先日、隣町の歯医者さんに行った時に「今日は大雨ですねえ〜。床の下を水がざーっと流れる音が聞こえますよ!」と歯科衛生士さんに言われて。


 水は大雨の雨水ですね。

 町中も結構起伏があったりして、駐車場や道路を雨水が流れたりはしていますが、床下の水音……。

「それって大丈夫!?」となりました。


 我が家の床下がしっかりしていることを祈ります。


 さて、我が家の話に戻りますと、中古の家ですが、家の周囲だけが平らで、坂道の途中にあるという、不思議なロケーションに建っているんですよ。

 ちょうど小さな谷の中に家があるというか。


 家のドアは二重になっています。

 外側のスクリーンドアには犬用のドアが付いていて、内側のドアだけ開けておけば、うちの愛犬は自由自在に出たり入ったりすることができます。


 自分だけで遠くに行ったりはしませんが、何か動物の気配を感じると、吠えながら飛び出すので、ちょっと心配になります。


***


 ある夜のこと。

 突然、森の方から、何か犬の遠吠えのような声が聞こえてきました。

 キャッキャッ、というような、まるでサルの鳴き声のようなものも混じっています。


 その音が、森の中を移動して行くのがわかるのです。

 ちょっと気味が悪いかも……。

 コスタリカで聞いた、森の中を移動しながら、けたたましく鳴く、ハウラーモンキー(ホエザル)の声を思い出しました。


「コヨーテ。群れになって、移動しているんだ」


 夫が珍しくまじめな顔になると、玄関のドアを両方とも閉めました。

 これで愛犬は外に出られません。


「犬も自分でわかっていると思うけど、夜にコヨーテのく声を聞いたら、外に出さないでね」


「わかった」


 夫は犬を外に出さないでと言いつつ、自分はドアを開けて、外に出てしまいました。

 えっ? と思って後を追うと、玄関前のウッドデッキに立って、夜の森を見ながら、コヨーテの遠吠えに耳を傾ける夫の姿がありました。


「だから田舎が好きなんだ」


 夫の顔は暗くて見えません。

 それでも、きっと満足そうな表情をしているんだろうな、と想像がつきました。


 満天の星空を見上げながら、夏は陸生ホタルが飛び交うのを見ながら、誰にも邪魔されない自由を味わう、夫はそんな人です。


「うん、そうだね」


 私達はコヨーテが甲高くきながら、夜の森を移動して、やがてその声が聞こえなくなるまで、耳を澄ませたのでした。


 すっぽりと闇に包まれる夜の森。


 その一方で、まったく別な森の表情を見ることもあります。

 それは、満月の森。


 月明かりだけで、外を歩ける経験をしたことはありますか?

 それはどこか現実離れした、不思議な体験です。


 頭上の満月の光が、森の木々を照らして、地面には大きな影が伸びています。

 いつもは真っ暗なのに、今は家の中の方が暗いくらい、外は月明かりで照らし出されています。


 森の中へ続く小道も、くっきりと見えます。

 ただ、太陽の光と違い、月の下では、すべては薄青い色調に染まっています。


 ついつい、月明かりのお散歩、と洒落込みたくなりますが、ぼうっと青白い小道を見ていると、この先、どこか別な世界に続いてしまいそうな、そんな怪しさもまた、感じるのでした。


 真夏の夜の森も美しい。

 陸生ホテルが闇の中をふわふわと飛ぶさまは、まるで小さな妖精さんが動いているかのようです。


 真っ暗な森は怖いから、そ〜っと家の前に立って、夜の景色を楽しみます。


 そんな景色を目の当たりにすると、家が不思議なロケーションにあることや、平らな場所の少ない、ちょっぴり不便な土地柄であることなどは、すっかり頭から消えて、自然の作り出す美に言葉を失うのです。


 そんな時にもし、コヨーテの声が聞こえたら?

 はっと現実に目覚めますね。

 ……もちろん、大慌てで家の中に飛び込みますよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コヨーテの啼く夜に 櫻井金貨 @sakuraikinka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画