第54話 「悪党たちのランウェイ・前編」

 ことを決めてからは早かった。

 ゾゾルも俺の突飛な発言に興味が出たのだろう、レモネットがナイフを抜いてやっても俺たちを殺そうとはしなかった。


 まあ向こうが暴れたらこっちも対抗するしかない、という覚悟で解放したんだが。

 けれど彼の目を見るに、ファッションショーの方に気を取られているのは明白だった。

 何度も言うが、人を見る目には自信があるのだ。


 まずゾゾルが、俺のことを部下に紹介した。

 「今度『ファッションショー』なるイベントを行うことになったから、興行師を連れてきた。一旦俺様のランゴを渡したから、俺様の代わりだと思って言うことを聞くように」と。

 もちろん俺の仕込みである。


 それから丸二日、ゾゾルの部下たちと一緒にステージを用意したり、アジトを漁って面白そうな服を探したり、服を着るモデルを探したりと駆け回った。

 もちろん一度ニュトとシューシュカが待つ宿に帰り、状況報告をしてからだ。

 レモネットの顔合わせをし、たまにニュトの面倒を見てもらうのもお願いしたから、ニュトについてはだいぶ安心出来るようになった。

 シューシュカよりはレモネットの方がはるかに常識人だし、何より腕が立つ。

 最悪シューシュカが裏切っても、レモネットには勝てないだろうしな。


「お、俺がモデルっすか?」


 俺がゾゾルの部下たちの中からモデルに選んだのは、例のウジウジモヒカンとスキンヘッド、それに暗殺のお仕事をやっていたブロンド美女と肌の浅黒いエキゾチックな美女の四人だ。


「ああ、そうだ。男から二人、女から二人、ランウェイを歩いてもらう」


「ら……ランウェイ?」

 モヒカンは相変わらず頭にはてなマークを浮かべている。

 正しくはイシカンという名前らしい。


「ショーのステージだよ。劇とかと違い、ファッションショーは縦に細長い舞台が発表のステージになるんだ」


「しっかし、ツキトのダンナ……俺たちゃそういう華やかなところ、ガラじゃないんすよ……」


 スキンヘッドの方が頭をゾリゾリ撫でながら困った顔をする。

 名前はキヌエドというらしい。


「男どもは数が足りてないんだから出てくれよ。このとおり」


 俺が頭を下げるとイシカンとキヌエドはアワアワと慌てふためいた。


「いやいや、頭上げてくださいよ。おかしらが選んだ人に気ぃ遣わせちゃこっちが申し訳ねぇや」


「分かりやした。出やす、出やすから」


「そいつは良かった。アンタたちは背も高いしどんな服でも似合いそうだ。あっちの二人はもうオーケーみたいだしな」


 ブロンド美女の「フロル」とエキゾチック美女「アスクラ」は、キャッキャとはしゃぎながらすでに服の試着をしている。


 部屋を出た俺にゾゾルが声をかけてきた。


「──ヘッ、まぁったく驚きですぜ。イシカンやキヌエドまで巻き込んで馬鹿げたパーティーを開こうってんですから……」


 この二日間、ずっと小難しい顔をしている。


「……こんなことやって何になるってんです? ツキトさんの目的はレモネットを連れて行くことだったんでしょう? 俺様たちに乱痴気騒ぎさせることじゃねぇはずでさぁ……」


「そう言いながらも従ってくれているじゃないか」


「そりゃあ上位ランゴのアンタに命令されちゃ、逆らうわけにも行かねぇですよ」


「気に入らないなら下克上を起こせばいいんだ。今なら俺を殺せるかもしれないぞ?」


 だがゾゾルは口をへの字に曲げて首を振った。


「やれやれ……俺がアンタの力の秘密も分からねぇうちに手を出すような、大胆な性格じゃねぇのは分かってるはずです」


「それだけが理由じゃないだろ? お前も新しい自分を知りたがっているんだよ」


「まったく……本当にアンタは一体何者なんです?」


 俺はニコリと微笑む。


「もちろん──ただの特使さ」


***


 そんなこんなで、あっという間にショーの当日が来た。

 俺がゾゾルのアジトに忍び込んでから三日後のことだ。


 たった三日。

 三日でステージができ、モデルが着るための服ができ、ゾゾル一味全員を集めることが出来た。


 俺が痛感したのは、とにかく「数は正義」ってことだ。


 ゾゾル一味は全員で百人にもなるという。

 その全員が手伝ってくれたわけじゃない。彼らにも仕事がある。

 それなのに、出来てしまったのだ。


 やはり──我らがツキト団にも、数が必要だ。



「ちょっとちょーっとご主人様ぁ、間抜けヅラでぼんやりしてないでチェックしてくださいよぉ〜。こんな感じでどうですぅ?」


 いちいち余計な一言を混ぜながら訊いてきたのはシューシュカだった。


 俺はいま楽屋というか、アジトの一室にいる。

 ショーを行う大部屋の奥にある部屋だ。

 ここにいるのは俺とシューシュカ、ニュト、レモネット──そしてゾゾルの四人だけである。


 なぜゾゾル以外は全員「ツキト団」のメンバーなのか。

 それはもちろん、ゾゾルのこの姿を、ヤツの部下が最初に見るのは、ランウェイでだと決まっているからだ。


「ああ、いいじゃないか。さすがシューシュカ、器用だな」


「三日三晩も裁縫させられるなんて思わなかったですよ……。約束、忘れてないですよね? このご主人様の気まぐれが終わったら一日付き合ってもらいますからねぇ〜」


「分かってるって」


 そう。ゾゾルは今まさに、フリルいっぱいのドレスを着ていた。


「本当にご主人様ってばビックリですよぅ。レモちゃんだけじゃなく、あのゾゾルまでそそのかして帰って来ちゃうんですから……」


「つうかコレ、本当にゾゾルの部下に見せんのか? 卒倒しねぇかなぁ」


 ボヤきながら、レモネットもなんだかんだ流されてショーの手伝いをしてくれている。

 まだツキト団には仮入団の形だ。詳しい話し合いは、ショーが終わってからにする。


「まあ色んな感想が出るだろうが、そんなの気にすることないだろ。──どうだ、ゾゾル。念願の可愛い服に身を包んだ感想は?」


 かなりインパクトが強いことは否定できない。

 とにかくヒゲ面、ムキムキ、強面とフリルの相性は悪すぎる。

 だが、ヒゲを三つ編みにしてリボンをつけ、ゴワゴワだった腕毛やすね毛もくしけずり、体格に合わせたピンクのドレスを着せたゾゾルは、決して無理やり感があるわけじゃなかった。

 俺は結構好きだ。


「……どうもこうも……まあ可愛くはねぇですね」


 そうだろうな。


「でも──……なんつうか、悪かねぇです」


 ゾゾルは気付いただろうか。


 今、すごくいい顔をしたことに。


「そりゃ──いきなり可愛くなってたまるかよ。可愛いに種類も限界も無いんだから、これから自分に合った可愛いを見つけていけばいいじゃないか。今日はそのスタートラインだよ」


「……マジでこの格好をアイツらに見せなきゃならねぇんですかい?」


「今さら何だよ。こそこそ後ろ暗い欲望の発散をしているより、よっぽど健康的だろ。覚悟を決めろよ」


「ったく、何でこんなことに……」


「ニュトはいいと思う!」


 俺にぴったりとくっついたニュトがゾゾルに笑顔を向ける。

 エンジェルスマイルである。

 もっともニュトの場合、ちょいちょいゲテモノ好きなとこあるから参考にならないけど。


 ゾゾルはじーっとニュトを見つめている。


「……おい、あんまりニュトを見るんじゃねぇ。ヒゲモジャが感染うつったらどうすんだ」


「いやいや感染うつるはずねぇでしょう。……いやぁー……ほんと天使みたいな嬢ちゃんだと思いやして。……ツキトさん、何度もお願いしてやすが、ちょいとニュトちゃんに俺様イチ押しのドレスを着せてみちゃ……」


「ダメでーす。コンプライアンス違反でーす」


 ゾゾルは残念そうな顔で「こんぷら……?」と首をひねった。



 ──コンコン、とドアがノックされ、イシカンの声が聞こえてきた。


「おかしらお頭! すげぇっすよ! マジでみんな大受けで大成功っす! いやー、俺ってばモデル? の才能あったんすかね!? さあ後はお頭だけですよ!」


 大はしゃぎである。

 イシカンやキヌエド、フロル、アスクラのショーがそれぞれ成功していたことは、楽屋にいてもよく分かった。

 向こうの部屋じゃ、いつもと違う装いに変えた仲間たちの姿に、皆が拍手喝采を浴びせていたのだ。


「……分かった、今出るからお前らも客席で待ってろ」


「どんなカッコイイ姿で出てくるか、みんな楽しみにしてますからね!」


 タタタ……とイシカンが走り去る音がする。


「……カッコイイ姿……だそうですぜ」


「らしいな」


 最後までぐずっていたが、いよいよゾゾルも重い腰を上げて立ち上がった。


「……ま、ここまで来たらしょうがねぇ。腹くくるしかねぇか」


 俺はしたり顔で言ってやる。


「どうだ? いくらお前でもこんな修羅場は初めてだろ?」


「……当たり前でしょうが」


 ゾゾルは眉を上げながら、苦笑いした──。

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